特定非営利活動法人 文明亜細亜 電脳触書

馬で野を駆け、帆走・漕艇で海を渡り、野に稔りを得るNPO

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280203/09:00 西鉄太宰府駅集合
御題「幕末維新の太宰府天満宮参道

【街歩き】10:00〜 
 太宰府天満宮参道、松屋・大野屋・泉屋など

【座学】なし


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    国史跡・水城跡碑

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水城跡遠景。

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水城跡に鎮座の小祠。

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雲を抱く、遠のミカド。太宰府政庁跡。

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太宰府政庁跡・都督府碑

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     太宰府天満宮門前。雨。

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    五卿太宰府遷座最中。志士が使った事で知られている甘木

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     太宰府延寿王院に建つ五卿碑

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日清戦争黄海海戦で帝国海軍の猛攻を受けた末に自沈した、その強大さを恐れられた清国北洋艦隊艦・定遠の艦材を使い建てられた定遠館。定遠館が建つ地は安楽寺天満宮(神仏分離令前の太宰府天満宮の旧名称)の社家・三文人家の一、小野加賀家旧家。日清戦争当時の当主・小野隆助が私財を投げ打ち建設した。

なお、隆助は真木和泉守の甥。戊辰戦争時には三条実美の密使を勤めるなどした。中国特命全権公使・山座円次郎の進学を助けた。玄洋社・頭山満が福陵新報(九州日報)設立に際し資金援助を求めた

太宰府天満宮神官、筑紫中学校校長、第十七銀行取締役、筑紫、那珂、宗像などの郡長を経て、1890年(明治23年)の第1回衆議院議員総選挙では福岡県第二区から出馬し衆議院議員に玄洋社系として香月恕経(同選挙区)、権藤貫一(第三区)とともに初当選。第2回、第5回総選挙で当選し通算3期務める。

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定遠艦内手すり(修復)と思われる定遠館玄関の飾り。

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定遠館艦内の金属を使用し定遠館梁の飾り。

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     定遠館門扉。被弾した定遠の甲板が使われている。

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