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いま世間を騒がしている体罰の問題について、ネット上でも様々な意見が飛び交っています。
その中で、いちばん目に付いた疑問を2つ、ご紹介します。 (あくまでも主観であり、証明されたものではありませんので、考慮の上ご覧ください。
また内容のほとんどが以前のブログで語ったことの繰り返しになりますが、ご了承ください。)
①熱血指導と体罰の違いは?
②体罰を禁止したら、スポーツは弱くなる?
①熱血指導と体罰の違いは?
スポーツ指導において、体罰を容認する多くの方は、指導者が振るう暴力は「指導の一環だ」という立場で語っていますが、わたしは暴力を振るうその一瞬、カッとなり、怒りをコントロールできなくなって怒っているケースがほとんどだと思っています。
よく「今日、先生機嫌悪いぞ!」などと話したことがあると思いますが、これは正に戦略ではなく、感情で怒っている証だといえます。 よってスポーツ指導における体罰の問題とは、「選手達のためと言いつつ、実は自分の怒りをコントロールできずに怒っている」事に、周りはもちろんのこと、指導者自身も気付いていない事にあります。主語が選手ではなく、指導者になっているのです。
その考え方から言うと、「暴力」でなくても、「暴言」や「グラウンド100周」などの罰も、選手の上達のためでなく、自分の感情や怒りから命じてしまったのなら、「指導」ではなく「体罰の一部」と言えるでしょう。
しかるに「愛のムチ」・「愛があれば殴ってもいい」・「信頼関係ができていれば殴ってもいい」・「殴った数」・「殴った強さ」・「殴った場所」・「殴った後の効果」・「社会に出てから役に立つ」等の言葉は、怒ってしまった行為を、後から正当化しているだけにしか感じられません。
しかし体罰が公になった指導者達のほとんどは、「指導の一環だった。子供達のためにやった」と口をそろえたように言います。
「カッとなってやった」と言う方は、ほとんどいません。 残念ですがこれはDV加害者達の言い訳と同じです。 実際、「指導の一環」で子供達が死傷したりするでしょうか。
怒りに支配され、感情的になってしまったから、子供達が傷つくまで怒ってしまうのだと考えると、今まで指導者が起こしてきた「なぜそこまでやってしまったのか」という事件のつじつまが合うように思います。 【まとめ】
※スポーツ指導における本当の体罰問題とは、一部の指導者が怒りながら指導する傾向にあることで、これは指導者の性格にほかなりません。平たく言えば、ただの怒りっぽい人・キレやすい人と言えるでしょう。
感情で怒っている以上、「体罰は指導の一環ではなく、性格の問題」としてとらえ、対処するのが、指導の場から暴力をなくす手段だと思います。(例えば、DV加害者のカウンセリングと同じように) 【例】
●柔道全日本女子監督の園田隆二氏の体罰問題でも、彼が試合直前の柔ちゃんの背中を叩くシーンと、練習中に選手達を蹴ったり小突いたりするシーンが繰り返し放送されています。
前者はまさに監督として選手を送り出す気持ちが伝わってきます。一方、後者は顔に怒りと不愉快さがにじんでおり、感情的になっているのが感じ取れます。テレビ越しの我々でもそう感じるくらいですから、対峙している選手達はもっと強烈に感じていたことでしょう。 ●昨年の日本シリーズで、巨人の阿部慎之助捕手が沢村拓一投手をポカリと叩いた有名なシーンがありました。
沢村投手が大事な場面で、サインを見落としたことに阿部捕手が怒ったのです。 彼らは同じ大学の先輩後輩でもあります。 多くの方は、あの場面で叩いた行為を、結果として沢村投手をはじめ、守備陣が引き締まり、勝利を呼び寄せたと論じています。 確かに、後から見れば、あの「暴力」にそのような効果があったかもしれませんが、叩いた瞬間、ただカッとなってやってしまったのなら、それは「指導」より「ただの暴力」だったと言えるでしょう。 ●「アントニオ猪木氏の闘魂注入ビンタ」や「お坊さんが座禅でペシッと叩く警策」は、感情的になって叩いている訳ではありませんので「体罰」ではないと解釈できます。
●武道の鍛錬で、滝に打たれる行為は、感情的になってやらせているのではないので「体罰」ではないと言えます。
また、「スポーツの練習」と「修行」の違いもあります。「修行」は技術の上達より、行に耐えること自体に主眼が置かれていますから。 ②体罰を禁止したら、スポーツは弱くなる? 「スポーツ指導」において、厳しい指導と言ったとき、わたしは下記の二つに分けて考えています。
①練習量や練習メニューが厳しい ②指導者の言動が厳しい
日本では、厳しければ何にでも「スパルタ」という言葉を使っていますが、スポーツにおいて、厳しいトレーニングをしたことのないトップ選手など、いる訳もありません。
そして「①練習量や練習メニューが厳しい」は、ある意味当たり前ですが、
「②指導者の言動が厳しい」は、注意しなければいけません。
実際には、スポーツの上達に関係ない厳しさが、学校スポーツには存在するのも事実です。 そもそも練習とはつらいのです。練習の主な目的は競技技術の習得ですから、良い指導とは、つらい練習を少しでも楽にこなせるように工夫することにあります。練習は修行ではありません。つらいからと言って、技術が上達するわけでもありませんし、怪我などのリスクも伴います。
欧米などの、スポーツ指導が洗練されている国では、そう言ったプレーヤーズファースト(選手優先)の考え方が浸透しているので、選手達にとってリスクの高い体罰を行わずに選手達を育てているのではないでしょうか。
一方、日本の学校で行う「スポーツ指導」は、どうしても「生徒指導」になってしまう場合が多く、競技の上達より、挨拶や礼儀といった規律が重んじられる場合も少なくありません。 暴力を振るう指導者達は、「時間を無駄にするな!」と、よく口にしますが、「やり過ぎる挨拶や礼儀」の時間こそ、スポーツにとって無駄だと言わざるを得ません。
世界のプロ選手達は、練習中に挨拶や礼儀のことなど考えてプレーしていないと思います。それよりも競技自体が上手くなることを常に考えてプレーしていると思います。 暴力指導を受けていない欧米の選手達を弱いなどと思う人はいないはずです。
既に欧米の指導者達が実践しているのですから、日本でも体罰をしなくてもスポーツは強くなれると思います。 「体罰をなくせば弱くなる」と言う方も大勢いらっしゃいますが、わたしは、世界と戦うためには、逆に欧米のように、「習熟度に合った指導」や「技術指導」中心の練習が不可欠だと思っています。そうしないと世界とのレベルの差は広がる一方ではないでしょうか。
【いまこそ、プレーヤーズファースト(選手優先)の実現を】
スポーツは、選手達が主語です。指導者ではありません。殴った時の指導者の気持ちより、選手達の気持ちが優先します。常に選手達のためにどうすれば良いかを考えるのが本来の姿だと思います。
「体罰問題」がクローズアップされている今こそ、今までの悪しき慣習を捨て、「生徒指導やしつけ」は学校や家庭に任せ、本当の意味での「スポーツのためのスポーツ指導」・「選手優先のスポーツ指導(プレイヤーズファースト)」を実現する時ではないでしょうか。
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指導者です。では、あなたが実際に指導者の立場になってその理論が正しいか証明してください。
是非ともやって証明してくれたらありがたいですね。楽しみにしています。
2013/2/2(土) 午後 9:48 [ へい ]
へいさんへ コメントありがとうございます。
私はフィールドを持っておりません。
しかしブログにも書きましたが、欧米をはじめ、日本でも体罰をしないで実績を上げている指導者やチームはごまんといますので、すでに証明はされていると理解しています。
昨日のNHK「週刊ニュース深読み」の番組内でも、体罰を行わずに指導する仕組みを作り上げた「和光中学」の取り組みを紹介していましたが、素晴らしいものでした。
後は、教育法やスポーツ倫理規定で明確に禁止され、なおかつ現場の校長にも止めろと言われているにもかかわらず従わない指導者が、変わるだけだと思っています。
自分の慣れ親しんだ「体罰」を使うやり方で指導できなくなるという、心の問題ではないでしょうか。
2013/2/3(日) 午前 10:27 [ 真摯って? ]
フィールドを持ったことのない人間に何がわかるのでしょうか?体罰は慣れ親しめるものではありません。厳しい指導の一環であり、同じように成果もあるのも事実です。成果があっても否定される。
一度、あなたに現場に立っていただきたい。指導者はもう厳しい指導はできません。それは腹をくくっています。しかし、現場を知らない関わったことのないあなたに指導を語る筋合いはないと思います。
現場に立って、子どもたちと関わってから厳しい指導をする指導者をこういった公の場で、否定してください。
2013/2/3(日) 午後 9:03 [ へい ]
へいさんへ
■貴兄は「体罰」を厳しい指導と解釈しているようですが、スポーツ界では「暴力」という認識です。なので禁止になっています。
また「体罰」は成果があることを強調されていますが、百害あって一利なしです。「スポーツ指導」を何かと勘違いされているのではないでしょうか。
■貴兄は「指導において体罰はできないと腹をくくっているが、指導者でない者に言われたくない」とのコメントですが、それは排他的・閉鎖的な考え方だと思います。
スポーツはすでに、選手をはじめ保護者・ファン・地域・人権・政府の方々・運動生理学や整形外科医など、多くの方が関わっています。
それを「指導経験者でなければ言われる筋合いはない」と言うのはどうかと思います。
立場を超えて様々な人が議論しても良いではありませんか。ブログとはそういうものだと認識しています。
2013/2/4(月) 午前 10:27 [ 真摯って? ]
> へいさん
それは違うんじゃないかな?
2016/6/9(木) 午後 11:13 [ far***** ]
> へいさん
もう、何年も前のページに返信しても仕方ないですが、ストレス解消です。
あなたの言っているスポーツ指導は指導ではないと思います。なので、スポーツ指導をしたことのない人がフィールドに入ってものを言うなと言うのは傲慢そのもの。
相手があってはじめて指導ができるのです。相手→客観を否定する人に人の指導はできません。ひとりでやってなさい。
2016/6/9(木) 午後 11:24 [ far***** ]