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文科省の有識者会議が、部活動における指導名目の体罰を防ぐためのガイドラインを策定されたそうです。
記事抜粋------------------------------------------------------------
■ガイドラインでは、運動部活動が学校教育の一環として行われるもので、勝利や技能向上だけを目指すのではなく、豊かな学校生活を送るために重要だと定義。 ■「体罰に当たる事例」として、「長時間にわたる無意味な正座」や「水を飲ませず長時間ランニングさせる」など ■一方で「認められる指導」の具体例として、「生徒に練習の意味を理解させたうえで、バレーボールで反復してレシーブをさせること」など。---------------------- そもそも「勝利や技能向上」を追求するがゆえに、「体罰」が起きるのか?
そうだとすれば、学校スポーツよりプロスポーツの方が、体罰問題が深刻化しても良さそうなものですが。記事だけでは納得し難いところがあります。 たとえば「長時間にわたる無意味な正座」や「水を飲ませず長時間のランニング」といった行為は「技能向上」の観点からすれば、マイナスでしかありません。
一方「認められる指導」にある、「生徒に練習の意味を理解させたうえで、レシーブの反復練習をさせる」は、まさに「技能向上」に乗っ取った練習と言えます。 このように、「技能向上」を追求するほど練習メニューが洗練され、無意味な「体罰」が減っていくと考えた方が自然ではないでしょうか。 よって記事にある、「(部活動で体罰を減らすには)勝利や技能向上だけを目指すものでははい」とするのは視点が違うように思えます。 逆に「体罰を減らし、豊かな学校生活を送るには、スポーツ競技の「技能向上」に重点を置き、洗練された練習をしろ!」とした方がしっくりきます。 そして、これは言うまでもありませんが、選手達が指導者に求める最も重要な部分でもあります。下手な指導は誰だって受けたくありませんから。
では、「体罰」を誘発しているものは何か?
大きくは2つ考えられます。 1つめは、プレイヤーズ・ファースト(選手優先)の意識で、指導していない・してこなかったこと。 どうやって指導すれば子供達が理解してくれるかを常に考えている指導者や、子供達の個性を受け入れられる指導者は、子供達に合わせて練習を工夫したり、対応を変えたりするのは普通なことです。 一方、自分のやり方に子供達を合わせようとする指導者は、どんな特徴・どんな性格の子が入って来ても、自分に子供達を合わせようとします。「プレイヤーズ・ファースト(選手優先)」に対して、「コーチャーズ・ファースト、ティーチャーズ・ファースト(指導者優先)」とでも言うのでしょうか。 言い方を変えると、プレーのミスを、教え方が悪かったととらえるか、選手達のせいにするか、どちらの傾向が強いかです。 体罰禁止が叫ばれる今、問題となっているのは後者の方だと思われます。
前者からすれば、「体罰」は指導法の一つに過ぎず、その一つが禁止されても、他の方法でいくらでも対処できると考えるでしょうが、後者は選手達を自分のスタイルに合わせようとするため、どうしても修正や否定の言動が多くなりがちです。 そこでは体罰や暴言・威圧・しごき・罰といった手段が有効な場合も多く、これらを日常的に使ってきた指導者にとって、体罰が禁止されることは指導の崩壊を意味してしまいます。
これらが使えなければ、今までのキャリアもまったく役に立ちません。 よって「体罰必要論」を説かざるを得なくなります。
体罰が禁止になった今、彼らは指導がしづらくなったと感じていることでしょう。 しかし考え方を変えない限り、体罰はしなくなっても「悪いのは、できない選手の方で、私ではない(指導者優先)」という姿勢は変わりません。 これではいつまでたっても選手達は不毛です。 2つめは部活動で、礼儀や規律・しつけをやり過ぎてしまうこと。「行き過ぎた挨拶・礼儀・規律・しつけ・罰」といった、いわゆる生徒指導・生活指導の横行。
「長時間にわたる無意味な正座」や「水を飲ませず長時間ランニングさせる」といった行為は、「スポーツ技能向上」より、「規律・しつけ・罰」といった意味合いが強いと感じます。 多かれ少なかれこれらを選手に課そうとするのは、個々の指導者の性格にほかなりません。 日本人全体に言えることですが、このような性格形成には日本古来から続く「儒教の教え」や「家父長制」の誤った解釈や悪しき慣習、さらには「親からの厳しいしつけの連鎖」などの影響が背景にあると思われます。 「年長者を敬え」という意識は日本人なら誰にでもありますが、だからと言って年長者は後輩を軽んじて良いと言うことにはなりません。 この後輩(選手)に対してのリスペクト(敬意)が、スポーツ環境下では希薄になってしまう事が大きな要因ではないかと考えます。 「年長者だから偉い」という意識の下で指導が行なわれていることに「体罰」を誘発する土壌があるように思います。 また指導者の高過ぎる(偏った)プライドが、時に必要以上の規律やしつけを選手達に強いているようにも思えます。
ネット上でよく目にするのが、生徒が宿題を忘れるとか部活を休むなどしたことに顧問が腹を立て、連帯責任で部活が何日も休みになったり、その子に対して長期にわたり暴言を浴びせるなど、結果として生徒が部活を辞めるもしくは辞めたいと考えるようになる。このようなことが全国で頻繁に起きているようです。ちょっとしたミス(罪)が部活を辞めるにまで発展してしまうのが極端すぎて違和感を感じずにはいられません。こんなことで大切な部活動という経験や思い出を子供達から奪っているのです。これは文科省が推奨する豊かな学校生活の実現からも添わないように思います。日本は法治国家なのですから、もう少し罪と罰のバランスを考えて欲しいものです。
さらに「師弟関係・上下関係とはこうあるべきだ」・「挨拶はしっかりすべきだ」・「規律を持って行動すべきだ」・「指導者に対して敬意を払え」・「スポーツを通じて礼儀作法を教えるのは当然だ」などの意識が強過ぎるのも問題です。苦しいと思っていた練習が、実は指導者の規律やしつけ的言動が辛かっただけで、練習自体は普通だったなんてことになり兼ねません。 これではスポーツ本来の楽しみを味わうこともできません。 スポーツは、ゲーム性という遊び的要素を含んでおり、規律や礼儀だけでは、部活動を通して豊かな学校生活は営めません。
いつも挨拶や礼儀に厳しい指導者が、試合中に突然、「もっと楽しめ!」なんて言われて戸惑うのはこのためです。
「規律や礼儀」に偏っている部活指導では、楽しもうにも楽しめないのです。
【まとめ】
あまり「礼や挨拶・規律」などにこだわらず(こだわり過ぎず)、スポーツ本来の理にかなった練習に重点を置いて、かつ選手達へのリスペクト(敬意)を忘れず、プレーヤーズ・ファースト(選手優先)の意識で指導することが、部活動を通して子供達が体罰のない豊かな学校生活を送るための最良の接し方ではないでしょうか。
「無意味な正座」は体罰=部活動指導ガイドライン策定―文科省 学校の運動部活動の指導方法について検討してきた文部科学省の有識者会議は27日、指導名目の体罰を防ぐためのガイドラインを策定した。体罰に当たる事例として、「長時間にわたる無意味な正座」や「水を飲ませず長時間ランニングさせる」などを例示している。文科省は6月にも全国に配布する。 ガイドラインは、まず運動部活動が学校教育の一環として行われるもので、勝利や技能向上だけを目指すのではなく、豊かな学校生活を送るために重要だと定義。外部指導者らと連携して適切な指導体制・計画をつくるよう求めた。 その上で、体罰に当たる行為として、殴る蹴るやパワーハラスメントに当たる発言のほかに、限度を超えて肉体的、精神的負荷を課すことなどを列挙。正座やランニングに加えて「受け身ができないように投げる」などを例示し、「指導者と生徒との間で信頼関係があれば許されるとの認識は誤り」と指摘した。 ガイドラインは、大阪市立桜宮高校の体罰自殺問題を受け、3月から弁護士やスポーツ界の有識者9人で検討してきた。座長の友添秀則早大教授から受け取った下村博文文科相は「各学校で活用してもらい、部活動現場から体罰が根絶されるように努力してまいりたい」と述べた。 時事通信 5月27日 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130527-00000029-jij-pol 部活動指導でガイドライン
文部科学省の有識者会議は、体罰を巡る問題が相次いだことを受けて、「勝つことのみを重視し過重な練習を強いることがないよう求める」などとする部活動指導のガイドラインを取りまとめました。 文部科学省で開かれた有識者会議で、下村文部科学大臣は、「体罰によらなくても世界に通用する人材は育成できる。ガイドラインによって、現場で、これまでより積極的、効果的な指導が行えるようにしたい」と述べました。
このあと、座長を務める早稲田大学の友添秀則教授が、部活動指導のガイドラインの最終案を示し、了承されました。 それによりますと、部活動について、「勝利を目指すことは自然なことであり、それを学校が支援すること自体が問題とされるものではない」とする一方で、「勝つことのみを重視し、過重な練習を強いることがないよう、バランスの取れた指導が求められる」としています。 そして「許されない指導」の具体例として、熱中症になることが予想されるような状況で水を飲ませずに長時間ランニングをさせることや、特定の生徒に対して、独善的に、執ようかつ過度に負荷を与えることなどを挙げています。 一方で、「認められる指導」の具体例として、生徒に練習の意味を理解させたうえで、バレーボールで反復してレシーブをさせることなどを挙げています。 文部科学省は近く、このガイドラインを、各都道府県の教育委員会などを通じて全国の学校に通知することにしています。 NHKWEB 5月27日 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130527/k10014863681000.html |
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私は、目線の問題だと思っています。
「勝たせてやる、上手くしてやるから、俺の言うことを聞け」
そこには、リスペクトのかけらもありません。
「俺のやってることは、絶対正しいのだから、言った通りにすればいいんだ」
「私がルールなんだから、従わないものには罰を与える」
「私に従えば、いい目を見せてやるぞ、ワッハッハッ」
てな所でしょうか。
2013/5/27(月) 午後 10:22 [ post ]
postさん いつもありがとうございます。
同感です。上から目線の謙虚さのない指導者というのは、見ていて本当に嫌なものですね。
2013/5/28(火) 午後 4:25 [ 真摯って? ]
はじめまして
今、高校の部活で監督の指導方法に悩んでました。
本当に傷つく暴言と怒っている時間が長い
子供達に反論は許さない
自分の実績を自慢ばかりする。
子供達が可哀想だ
父母会が、動くのを知っていきなり優しい指導に変えてきたし
恐ろしい指導者です
2013/9/4(水) 午後 11:37 [ カッツ ]
カッツさん コメントありがとうございます。そして遅くなって済みませんでした。
ただスポーツが上達したいだけなのに、指導者の態度で悩んでいる選手が全国にたくさんいることが残念でなりません。
地域のスポーツ教室だったら移ることも出来ますが、学校の部活動では、「退部=(イコール)その競技ができなくなる」になってしまいます。
東京オリンピック開催も決まったことですし、早く子ども達のため(プレーヤーズ・ファースト)の、部活動になってほしいと切に思います。
2013/9/11(水) 午後 4:30 [ 真摯って? ]