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暴力的指導にしろ、ほかの指導法にしろ、指導自体は目的達成のための手段であって、目的ではない。
もし指導自体が目的ならば、「私は暴力指導を受けたくてこの学校に入りました」ということになり、そんな人はいないだろう。
“暴力的指導”を数ある手段の一つと考えた時、ほかの指導法と比べて、理にかなったものなのだろうか。
新薬の開発では、その作用(効果)と副作用を必ず臨床等で確認する。
たとえば、がんの薬について考えてみよう。
目的は言わずもなが、がんの治癒。
開発者は、がん細胞を死滅させるという効果を最大限に引き出そうとする反面、吐き気や頭髪が抜けるなどの副作用を抑えようとする。
患者は薬の作用と副作用を比較して判断を下す。
では“スパルタ指導、暴言・暴力指導”の作用副作用はどうなのか。
スパルタ指導の効果はさて置き、副作用は傷害事件・死亡事故・精神的ダメージ・退部・勝つ以外の目的を許さない(たとえば「楽しく」や「健康づくり」) など。
これらの副作用は、指導法として致命的な欠点ではないだろうか。
弱めにしてやればいいという小手先の問題ではないし、人によって加減が違うので万人向けの指導法というものでもない。
まさに欠点だらけ。
治そうと思って飲んだ薬で、悪化してしまったみたいなも。
人を育てるどころかつぶしてしまう可能性が大きい。
その点、ほかの指導法では、作用(効果)は小さいかもしれないが、副作用がこんなに問題視されたのを聞いたことがない。
もし指導者が本当に選手の行く末を考えているのなら、潔くこの“スパルタ的暴言・暴力指導法”を捨て、多くの選手達に効果が大きく、副作用の少ない指導法を模索してほしい。
前にも述べたが、すでにスイミングクラブなどでは、ハードな練習をしているにもかかわらず、“スパルタ的暴言・暴力指導法”は行われていない。
ほかにもそういった指導をしている競技や指導者はいくらでもいる。
指導者の多くは、新しい練習法や、運動生理学的理論などは、すぐに取り入れようとするのに対し、選手への物言いやコミュニケーションの取り方など、選手との接し方については少し無関心。
どちらも目的達成のためには欠かせない要素だということを忘れてはいけない。
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