スパルタ指導・暴力指導

スパルタ指導・暴力・暴言指導について考える

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
やはり、指導の一環ではなく、先生の機嫌で怒っていた事実が、第三者委員会の報告で明らかになりました。(前回のブログ参照
 
選手達にとっては、練習と関係のないストレスが、常にのしかかっていたことになります。見方を変えれば指導者自身が気づかないうちに、選手達の足を引っ張っていたことになります。「選手達のため・指導の一環だった」と言っていた元監督の言葉が空しく甦ります。
 
前にも言いましたが、スポーツには「プレーヤーズファースト(選手優先)」と言う言葉があります。
スポーツは、選手達が主語です。指導者ではありません。指導者のやり方に選手を合わせることよりも、選手達の気持ちが優先します。常に選手達のためにどうすれば良いかを考えるのが本来の姿だと思います。
その考え方から行くと、選手達のやる気をこんなにも無くしてしまうと言うことは、指導の失敗と受け取れます。
 
そんな状況下でも、日本代表として戦っていた選手達に、心から敬意を払わずにはいられません。
 
日本のトップチームで、このような指導が継続され、自助作用も働かなかったと言うことは、これからスポーツをやろうと言う子供達にとって、柔道は魅力を感じないものに映ることでしょう。
すでに本家である日本よりフランスの方が競技人口が多いそうですが、柔道連盟もまた、自分達で気付かないうちに、競技人口を減らしていたのかも知れませんね。
 
体罰容認派の人達も、「自分には体罰OKでも、後進の指導には使わないでくれ」と、発言してくれると嬉しいのですが。




【柔道】第三者委報告で選手肉声「先生の機嫌が悪いとたたかれる」
 
柔道女子日本代表ら15選手への暴力問題を検証した全日本柔道連盟の第三者委員会は12日、問題点と今後の提言を盛り込んだ報告書を全柔連の上村春樹会長(62)に提出した。同委員会の調査では、複数の選手が恒常的に暴力を受けていたことなど女子選手の肉声が初めて明らかになった。
女子選手へヒアリングを行った委員は、「先生(指導者)の機嫌が悪いと仲間がたたかれる。生きていくために慣れ、順応していくしかないと、自分たちで解決していた」と代表合宿での異様な雰囲気を告白された。香山委員も「『死ね』は、あいさつがわりだったと聞いている」と明かした。
今回の訴えに関し、高橋委員は「暴力問題はその一部。暴力を認める人が(現場指導者の)上にいたことなど、組織に多くの問題があった」と語った。選手はシグナルを送っていたが、全柔連に聞き入れられず、日本オリンピック委員会(JOC)への告発という行動に踏み切ったという。
第三者委は原稿用紙60枚分の報告書で「幹部にすら、指導過程上の暴力は許されると考える者が存在した疑いがある」と旧態依然とした組織を批判。女性理事の登用や法曹界など外部有識者の執行部入りを提言した。笠間委員長は「柔道界は自分たちで培ってきた伝統に頭の中が支配されている。外の風を入れることが大切だ」と批判。さらに「大きな不祥事が起きた場合、組織のトップは調査、解明を行い、自らの責任も含めた対応をとる必要がある」と上村会長の責任にも言及した。
2013.3.13 スポーツ報知 http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/etc/news/20130312-OHT1T00263.htm



いま世間を騒がしている体罰の問題について、ネット上でも様々な意見が飛び交っています。
その中で、いちばん目に付いた疑問を2つ、ご紹介します。
(あくまでも主観であり、証明されたものではありませんので、考慮の上ご覧ください。
また内容のほとんどが以前のブログで語ったことの繰り返しになりますが、ご了承ください。)
 
①熱血指導と体罰の違いは?
②体罰を禁止したら、スポーツは弱くなる?

 
①熱血指導と体罰の違いは?
スポーツ指導において、体罰を容認する多くの方は、指導者が振るう暴力は「指導の一環だ」という立場で語っていますが、わたしは暴力を振るうその一瞬、カッとなり、怒りをコントロールできなくなって怒っているケースがほとんどだと思っています。
よく「今日、先生機嫌悪いぞ!」などと話したことがあると思いますが、これは正に戦略ではなく、感情で怒っている証だといえます。
 
よってスポーツ指導における体罰の問題とは、「選手達のためと言いつつ、実は自分の怒りをコントロールできずに怒っている」事に、周りはもちろんのこと、指導者自身も気付いていない事にあります。主語が選手ではなく、指導者になっているのです。
その考え方から言うと、「暴力」でなくても、「暴言」や「グラウンド100周」などの罰も、選手の上達のためでなく、自分の感情や怒りから命じてしまったのなら、「指導」ではなく「体罰の一部」と言えるでしょう。
 
しかるに「愛のムチ」・「愛があれば殴ってもいい」・「信頼関係ができていれば殴ってもいい」・「殴った数」・「殴った強さ」・「殴った場所」・「殴った後の効果」・「社会に出てから役に立つ」等の言葉は、怒ってしまった行為を、後から正当化しているだけにしか感じられません。
 
しかし体罰が公になった指導者達のほとんどは、「指導の一環だった。子供達のためにやった」と口をそろえたように言います。
「カッとなってやった」と言う方は、ほとんどいません。
残念ですがこれはDV加害者達の言い訳と同じです。
 
実際、「指導の一環」で子供達が死傷したりするでしょうか。
怒りに支配され、感情的になってしまったから、子供達が傷つくまで怒ってしまうのだと考えると、今まで指導者が起こしてきた「なぜそこまでやってしまったのか」という事件のつじつまが合うように思います。
 
【まとめ】
※スポーツ指導における本当の体罰問題とは、一部の指導者が怒りながら指導する傾向にあることで、これは指導者の性格にほかなりません。平たく言えば、ただの怒りっぽい人・キレやすい人と言えるでしょう。
感情で怒っている以上、「体罰は指導の一環ではなく、性格の問題」としてとらえ、対処するのが、指導の場から暴力をなくす手段だと思います。(例えば、DV加害者のカウンセリングと同じように)
 
【例】 
●柔道全日本女子監督の園田隆二氏の体罰問題でも、彼が試合直前の柔ちゃんの背中を叩くシーンと、練習中に選手達を蹴ったり小突いたりするシーンが繰り返し放送されています。
前者はまさに監督として選手を送り出す気持ちが伝わってきます。一方、後者は顔に怒りと不愉快さがにじんでおり、感情的になっているのが感じ取れます。テレビ越しの我々でもそう感じるくらいですから、対峙している選手達はもっと強烈に感じていたことでしょう。
●昨年の日本シリーズで、巨人の阿部慎之助捕手が沢村拓一投手をポカリと叩いた有名なシーンがありました。
沢村投手が大事な場面で、サインを見落としたことに阿部捕手が怒ったのです。
彼らは同じ大学の先輩後輩でもあります。
多くの方は、あの場面で叩いた行為を、結果として沢村投手をはじめ、守備陣が引き締まり、勝利を呼び寄せたと論じています。
確かに、後から見れば、あの「暴力」にそのような効果があったかもしれませんが、叩いた瞬間、ただカッとなってやってしまったのなら、それは「指導」より「ただの暴力」だったと言えるでしょう。
●「アントニオ猪木氏の闘魂注入ビンタ」や「お坊さんが座禅でペシッと叩く警策」は、感情的になって叩いている訳ではありませんので「体罰」ではないと解釈できます。
●武道の鍛錬で、滝に打たれる行為は、感情的になってやらせているのではないので「体罰」ではないと言えます。
また、「スポーツの練習」と「修行」の違いもあります。「修行」は技術の上達より、行に耐えること自体に主眼が置かれていますから。
 

②体罰を禁止したら、スポーツは弱くなる?
「スポーツ指導」において、厳しい指導と言ったとき、わたしは下記の二つに分けて考えています。
 ①練習量や練習メニューが厳しい
 ②指導者の言動が厳しい
 
日本では、厳しければ何にでも「スパルタ」という言葉を使っていますが、スポーツにおいて、厳しいトレーニングをしたことのないトップ選手など、いる訳もありません。
そして「①練習量や練習メニューが厳しい」は、ある意味当たり前ですが、
「②指導者の言動が厳しい」は、注意しなければいけません。
実際には、スポーツの上達に関係ない厳しさが、学校スポーツには存在するのも事実です。
そもそも練習とはつらいのです。練習の主な目的は競技技術の習得ですから、良い指導とは、つらい練習を少しでも楽にこなせるように工夫することにあります。練習は修行ではありません。つらいからと言って、技術が上達するわけでもありませんし、怪我などのリスクも伴います。 
欧米などの、スポーツ指導が洗練されている国では、そう言ったプレーヤーズファースト(選手優先)の考え方が浸透しているので、選手達にとってリスクの高い体罰を行わずに選手達を育てているのではないでしょうか。

一方、日本の学校で行う「スポーツ指導」は、どうしても「生徒指導」になってしまう場合が多く、競技の上達より、挨拶や礼儀といった規律が重んじられる場合も少なくありません。
暴力を振るう指導者達は、「時間を無駄にするな!」と、よく口にしますが、「やり過ぎる挨拶や礼儀」の時間こそ、スポーツにとって無駄だと言わざるを得ません。
世界のプロ選手達は、練習中に挨拶や礼儀のことなど考えてプレーしていないと思います。それよりも競技自体が上手くなることを常に考えてプレーしていると思います。
 
暴力指導を受けていない欧米の選手達を弱いなどと思う人はいないはずです。
既に欧米の指導者達が実践しているのですから、日本でも体罰をしなくてもスポーツは強くなれると思います。
 
「体罰をなくせば弱くなる」と言う方も大勢いらっしゃいますが、わたしは、世界と戦うためには、逆に欧米のように、「習熟度に合った指導」や「技術指導」中心の練習が不可欠だと思っています。そうしないと世界とのレベルの差は広がる一方ではないでしょうか。
 
 
【いまこそ、プレーヤーズファースト(選手優先)の実現を】
スポーツは、選手達が主語です。指導者ではありません。殴った時の指導者の気持ちより、選手達の気持ちが優先します。常に選手達のためにどうすれば良いかを考えるのが本来の姿だと思います。
「体罰問題」がクローズアップされている今こそ、今までの悪しき慣習を捨て、「生徒指導やしつけ」は学校や家庭に任せ、本当の意味での「スポーツのためのスポーツ指導」・「選手優先のスポーツ指導(プレイヤーズファースト)」を実現する時ではないでしょうか。
同じ指導者が、処罰を受けたにもかかわらず、体罰を繰り返す現状が、いたるところで表面化してきました。
体罰は、教育法やスポーツ倫理規定で明確に禁止され、なおかつ現場の校長からも、体罰はするなとお達しが出ているにも関わらず、再犯をしてしまう指導者は、もはや「毎回、子供達のため・指導のため」という言葉では、誰も納得しなくなっています。
 
以前より、暴力は性格に因るところが大きいので、やめるのは容易なことではないと申し上げてきました。
よって指導者を二人に増やしたからと言って止まるものではありません。またこれは監視を付けての指導と言うことですので、監視を付けなければいけない指導者を早急に現場復帰させるのも考えものです。そんなに急く必要があるのでしょうか。
さらに暴力が無くなった代わりに、暴言が増えたのでは意味がありません。
 
マネジメントからすれば、どんなに子供達にせがまれても、治っていない指導者を指導の場へ戻すことは、大変リスクが高いことだと言うことを、経営者は理解しなくてはいけません。それは過去の事例が如実に語っています。
復帰させれば、またいつか大なり小なり、子供達・親・そして学校も被害をこうむる可能性があります。
 
どんなに上手い指導をする方でも、このリスクからは逃れられません。
最低限、怒りを抑える更生プログラムに参加して、カウンセラーからお墨付きをいただいた者でないと、現場への復帰は見送るべきだと思います。
 




二度と行わない…監督、誓約書半年後にまた体罰
愛知県立豊川工業高校陸上部の監督を務める男性教諭(50)が複数の部員に体罰を繰り返していた問題で、この教諭が2009年1月、体罰を受けた別の部員の保護者からの要望で「二度と行き過ぎた指導を行わない」とする誓約書を校長に提出していたことが分かった。
同校によると、当時の部員の父親から「息子が体罰を受けている」との訴えが学校にあり、父親の要望で教諭が校長宛ての誓約書を書いた。行き過ぎた指導を認めた上で「二度とこのような指導はしない」とする内容で、この部員は間もなく退部したという。
ところが、その半年後には別の部員にデッキブラシを使って体罰を行ったことが発覚。同校は県教委に報告し、教諭は訓告処分を受けたが、その後も部員への体罰は続いていた。 
読売新聞 2013.1.28 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130128-00000657-yom-soci
 
花山中バスケ部で体罰 「校長判断」で報告遅れ 京都
■条件付き 部活指導復帰も
男子バスケットボール部顧問の男性教諭(29)の部員10人に対する体罰が発覚した京都市立花山中学(山科区)。学校側は昨年8月の段階で、体罰を把握していたものの、「校内で対応できるという校長判断」で市教委に報告したのは今月22日になってからだった。沢田清人校長は28日、「本人の反省の弁を信じていた。申し訳ない」と謝罪した。
一方、「生徒も希望している」として、将来的には部活の指導に復帰させる意向も示した。体罰発覚後の教諭の処遇も含め、体罰問題にどのように学校が対応すべきなのか、教育現場の重い課題になっている。
同校では、体罰を受けた生徒に対し、先週末より謝罪を進めており、体罰がなかった部員についても順次家庭訪問をして説明を行う。部員以外の生徒に対しても、全校集会などで事情を説明するとしている。
一方、教諭は現在、部活の指導から外しているが、担任業務などは通常通り行っている。
同校では、将来的には、複数の教諭で指導することなどを条件に、男性教諭を部活の指導に復帰させる意向で、沢田校長は「花山中バスケットボール部が変わったところを見せるのが、最大の反省。生徒も先生に教えてもらいたいと言っている」としている。
市教委は「状況をよく把握し厳正に対処する」としている。 産経新聞 2013.1.29 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130129-00000018-san-l26
 
京都 中学バスケ部顧問が体罰
京都市の市立中学校で、バスケットボール部の顧問をしている教師が去年、部員の足を蹴ってけがを負わせていたことが分かりました。顧問は「今後、体罰はしない」と約束しましたが、その後も別の2人の部員に体罰を繰り返していたということです。
体罰を行っていたのは、京都市山科区にある市立花山中学校のバスケットボール部の顧問をしていた29歳の男性教師です。
学校によりますと、この教師は去年8月、練習試合の際に2年生の男子部員の足を蹴り、全治2週間のけがを負わせたということです。
保護者からの連絡を受け学校側が調べたところ、この教師は、事実関係を認めたうえで、すべての部員の保護者の前で「今後、体罰はしない」と約束したということです。
ところが、その後も1年生の部員2人に対し、顔を平手でたたいたり蹴るなどの体罰を繰り返していたということです。
学校側の調査に対して、この教師は「部員が反抗的な態度をとったのでかっとなってしまった」などと話したということす。
さらに、学校側が2年半前までにさかのぼって調査したところ、合わせて10人の部員が体罰を受けていたことも分かり、学校はこの教師を顧問から外す措置をとっているということです。
花山中学校の澤田清人校長は「あってはならない事態で申し訳ない。指導を徹底し、信頼される学校を取り戻したい」と話しています。 
NHK 2013.1.28 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130128/k10015120201000.html



「学校」と「スポーツ」は、距離を置くべき
■以前、「学校では、高度なスポーツ指導をしない方がよいのではないか」・「学校は初心者指導に留める、インフォメーション的な指導でよいのではないか」と書いたことがありました。学校から部活動を切り離す (1)  学校から部活動を切り離す (2)
 
今回の桜宮高の事件を受け、さらに「学校に進学する」と言う問題と「スポーツ指導を受けたい」と言う問題が、学校内で同居し続けるには、子供達にとってリスクが高いように思いました。
今回の桜宮高のケースのように、部活の指導者を兼ねている教諭が問題を起こした場合、指導者の責任が生徒達に及ぶことは避けられません。
記事にもありましたが、それは子供達の進路にも大きく影響してくる問題です。
 
■下記の記事の、桜宮高校のバスケ部指導者と松徳学院の空手部指導者で大きく異なるのは、その立ち場です。
桜宮高校の指導者は学校の教諭であり、部活の指導者。一方、松徳学院の指導者は外部からの派遣です。
指導者が問題を起こした場合、外部の者であれば、解雇するのも比較的楽であろうと推測されます。
また、外部指導者であれば、比較的早く部活動の再開も可能です。
しかし、自分の学校の教諭の場合はそうはいきません。
多くの方が仰っているように、問題は指導者であり学校の認識の甘さのはずなのに、被害者である子供達は長い間、部活動の停止を余儀なくされ、選手として大切な時期に練習ができないと言うことになってしまいます。
これらを解消するためにも、「学校」と「スポーツ」は、距離を置くべきと考えます。

■勝手に解決策を思案!
いっその事、「教諭は、自分の学校の部活指導はできない」としたらどうでしょうか?
隣接する学校の指導者になるのです。
指導者が問題を起こしたとしても、外部指導者と同じ扱いにすれば、子供達は早い段階で部活再開ができるでしょう。少なくとも長期間の部活停止にはならないと思います。
後は当事者同士、教諭個人の問題として、議論すれば良いことですから。
また、校長先生にとっても、指導者に問題があれば、自分の学校の先生でない分、傷が大きくなる前に、注意がしやすいのではないでしょうか。
 
生徒からしてもプラスだと思います。
部活中、指導者から暴力まがいの指導を受けている子供達にとって、部活以外でその先生と関わりたくない子もたくさんいるでしょう。
それらを解消できるのですから。
また、スポーツ基本法に新たに記載された、地域の指導者を雇用することの促進にもつながると思います。
 
システムを変えることで、今より子供達にとってプラスに働くのであれば、やってみる価値はあると思うのですが。わたしの勝手な意見でした。
 
 



大人の失敗、背負わせて良いのか…橋下市長の対応に疑問 桜宮高2自殺
橋下徹・大阪市長の市立桜宮高の入試をめぐる対応には疑問を感じざるを得ない。
責めを負うべきは自殺した生徒を指導したバスケ部の顧問であり、事後の対応を誤った学校や市教委だろう。大人の失敗の責任を子供に背負わせるようなやり方はいかがなものか。
本番を目前にした今、桜宮高の入試を中止し、合わせて他校の定数をいじるようなことは混乱を招くだけだろう。特に体育科を志願する生徒は学校の特色をみて志望校を選んでいる。
いきなり志望校変更を強いられる生徒たちの困惑ぶりが目に浮かぶ。入試は例年どおり実施すべきだ。新年度までに調査を終え、人事も刷新して新入生を新生桜宮に迎える。それこそが目指すべき方向と考える。
市教委が決めたバスケ、バレー両部の無期限活動停止も同様だ。そもそも部活は体育科にとって必須。2年生で来年度に大学推薦入試を受ける生徒への影響は決して少なくない。大学進学を視野に入れて桜宮に入学し、日々努力してきた生徒も多いはずだ。
スポーツにかけた生徒たちの夢を壊していいわけがない。現在の顧問を外し、後任を決めて一日も早く活動を再開させる、生徒の教育を受ける権利を守ることに為政者や行政は全力を注ぐべきではないか。
橋下市長の「生徒、保護者の意識を変えないと再生できない」「校風、体質を一回ゼロにする」といった発言にも引っかかるものがあった。
「ゼロ」というキーワードを聞くと、橋下市長が労働組合や文楽協会など“敵”を明確にさせて進めてきた市政改革を思い出す。今回の問題をきっかけに、学校現場、教育行政の病巣にメスを入れるという狙いは理解できる。が、そこに生徒を巻き込んでいいものだろうか。今、守るべきものは何か、考えてほしい。(社会部長 安東義隆)
産経新聞 2013.01.17 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/education/622678/


松江私立校で平手打ちの体罰 松徳学院の空手部講師
松江市の私立松徳学院中高は23日までに、空手道部の30代の男性講師が部員を平手打ちするなどの体罰を3回にわたって行っていたと明らかにした。部員の保護者には既に説明した。同校は男性講師の解雇を決めた。
同校によると、男性講師は昨年6月、高校女子部員に対し、頬に平手打ちをする体罰を加えた。女子部員は鼻血を出すけがをし、体罰をきっかけに部活動をやめた。島根県の指摘で発覚、8月末に口頭で厳重注意した。
その後も同月、中学男子部員らに対しても、複数回の平手打ちをしたほか、9月にも複数の中学女子部員を1時間以上正座させる体罰があったことが分かった。講師は「指導の一環だった」と説明したという。
記者会見した河上隆一校長は「指導、監督が不十分だったと深く反省している」と謝罪した。
空手道部は中学、高校とも全国大会に出場したことがある強豪。〔共同〕
日経新聞 2013.01.23 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2301K_T20C13A1CC0000/



■「スポーツ指導(生徒指導ではありません)」の進歩は、今行なっている指導が有効なのか・理にかなっているのかを検証することから始まり、それを選手達に還元させるのが一連の流れだと思っています。
 
■OBの方々が、「この辛い練習を乗り越えれば、必ず得るものがある!・精神的に鍛えられる!」や「練習は辛かった・楽しかった」と語ることがよくあります。
わたしはそれらの言葉は、主に辛い練習に耐えた「学生時代のよき思い出」を語っているのであり、指導自体が有効かどうかの証明とは、別の話しだと思っています。
スポーツ指導の進化のためには、「今になって思えば良かった・悪かった」などの思い出ではなく、「理にかなっているか・科学的か・合理的か」を見なければいけないと思います。
たとえば、「昔は部活中に水を飲んではいけないと言われたので私はそれに耐えた」と言われても、今はその努力が全く意味がないことを誰でも知っています。
 
■わたしは「スポーツ指導」と「生徒指導」は分けて考えていますが、辛い練習後に、指導者がフォローすることを否定するものではありません。
それよりも、インターハイを目指すような選手達が、頻繁に逃げ出すほどの辛い練習とはどんな練習なのかに興味があります。
以前のブログで、練習自体の辛さと自尊心を傷つけられる辛さは別と書きました。
全国トップレベルの選手達であれば、上手くなるための練習であれは、そんじょそこらの練習なら耐えられるのではないかと思っています。
以前番組で、「スパルタか?それとも自主性か?」というテーマの番組がありましたが、たとえ「自主性チーム」でも、逃げ出す選手達が頻繁に出るのでしょうか?

■練習が辛いと言ったとき、わたしは下記の二つに分けて考えるようにしています。(以前のブログ参照
①練習量やメニューが辛い
②指導者の言動が辛い
 
日本では、厳しければ何にでも「スパルタ」という言葉を使っていますが、スポーツにおいて、厳しいトレーニングをしたことのないトップ選手など、いる訳もありません。
そして「①練習量や練習メニューがきつい」は、ある意味当たり前ですが、「②指導者の言動がきつい」は、注意しなければいけません。
実際には、スポーツの上達に関係ない厳しさが、学校スポーツには存在するのも事実です。
そもそも練習とはつらいのです。良い指導とは、つらい練習を少しでも楽にこなせるように工夫することにあります。練習は修行ではありません。つらいからと言って、技術が上達するわけでもありません。

欧米などの、スポーツ指導の最先端を行っている国では、その違いを分っているので、体罰を行わずに選手達を育てているのではないでしょうか。
一方、日本の学校で行う「スポーツ指導」は、どうしても「生徒指導」になってしまう場合が多く、競技の上達より、挨拶や礼儀といった規律が重んじられる場合も少なくありません。
暴力を振るう指導者達は、「時間を無駄にするな!」「集中しろ!」と、よく口にしますが、「やり過ぎる挨拶や礼儀」の時間こそ、無駄だと言わざるを得ません。
世界のプロ選手達は、練習中に挨拶や礼儀のことなど考えてプレイしていないと思います。それよりも競技自体が上手くなることを常に考えてプレイしていると思います。

暴力指導を受けていない欧米の選手達を弱いなどと思う人はいないでしょう。
既に欧米の指導者達が実践しているのですから、日本でも体罰をしなくてもスポーツは強くなれると思います。
 
 
また暴力の容認は、今回のような事件が多発してしまう温床にもなってしまうので、いずれにしても止めなければならないでしょう。
 
 
 
■下記に、暴力を犯した指導者を擁護するOB達の記事が掲載されています。


体罰顧問は土下座した…
涙して擁護するOBもいる桜宮バスケ部顧問の「素顔」
大阪市立桜宮高校(大阪市都島区)で、男子バスケットボール部主将だった男子生徒(17)が顧問(47)から体罰を受けた翌日に自殺した問題は、橋下徹市長が「体罰ではなく暴力」と怒りをあらわにし、同校の教員総入れ替え人事を市教委に迫る事態に発展している。だが、「体罰は愛情の裏返し」「マスコミは真実ではないことを書く」と涙を流して顧問を擁護するOBもいる。
長年、黙認されてきた顧問による体罰は、教え子たちにとって単なる「暴力」だったのか、それとも「愛情ある指導」だったのか−。

■「暴力教師」納得できない
「生徒が亡くなったので全面的に擁護はできない。でも、体罰の裏側には愛情があった。先生が暴力教師のように報道されていることに納得がいかない」
約10年前に顧問から指導を受けていた同校OBの男性は現在の職場で取材に応じ、無念さをにじませた。
顧問は体育系の大学を卒業後、平成6年4月に保健体育科教諭として採用され、同校のバスケ部顧問に就任した。平成15年以降、全国高校総体(インターハイ)に4度、同部を導き、新人大会中央大会(大阪府大会)でも20、21、23年度に優勝している。
こうした実績から優秀な指導者として全国的にも知られ、16歳以下の男子日本代表チームのアシスタントコーチを務めたほか、大阪高校体育連盟バスケットボール専門部の技術委員長としても活動していた。
同校を“常勝校”へと育て上げる中で、顧問は生徒にたびたび手をあげていたが、長年、部内や学校で問題になることはなかった。保護者の1人は「下級生は決してたたかず、上級生をたたいていた。気合をいれるためだと理解している」と話す。
OBの1人も「先生にたたかれたときは、練習に身が入っていないなど自分自身に問題があった。先生からはフォローもあり、うまくいったときには『おめでとう』『ようやった』と声をかけてくれた」と振り返る。
現役部員も顧問への尊敬の念を言葉にする。
「先生はバスケの指導がズバ抜けていたが、高校生としてどうあるべきかを教えてくれた。それは人としての気遣い。道を聞かれたら教えるだけじゃなく、一緒についていってあげるとかを教えてくれるような人だった」
■「しかられ役」作り引き締め
「試合前には選手のメンタル面にも気を配りたい。そこで重要になるのが、選手たちにかける言葉だと考えている」
顧問は平成18年、バスケの専門誌に自身の指導法についてこう述べている。顧問は「勝利へ心ひとつに」というキーワードを挙げ、仲間のミスを全員でフォローすることを意識した練習に取り組み、チームの結束力を高めていることを明かしている。
だが、専門誌では触れられていない指導法があった。OBによると、顧問は特定の生徒を「しかられ役」としてより一層厳しく接する手法で、チーム全体を引き締めていたという。
自殺した2年の男子生徒は昨年9月、立候補する形で主将に就任。学校関係者によると、顧問は生徒に対し「主将はいやがることも率先してやるべきだ」など、主将としての理想像を生徒に対し繰り返し伝え、「リーダー」に関連する参考書なども買い与えていたという。
体罰も生徒に集中していたとみられており、生徒が自殺数日前に顧問宛てに記した手紙はこのような趣旨の記載があった。
「ほかの人が同じようなこと(ミス)をしているのに自分だけがしかられる」「たたかれ、つらい」
12月24日夜に行われた生徒の通夜。唇が切れた生徒の遺体を前に、母親は顧問に「これは指導か、体罰か」と問いただした。顧問は消え入るような声で「体罰です」と数回繰り返した。
顧問は立っていられない状態で、校長らが抱きかかえて退出しようとしたが、顧問はそれを振り払って土下座した。校長らも一緒に土下座した。
■「体罰が人格ゆがめた」
市教委が生徒の自殺を公表した今月8日以降、メディアは市教委や学校関係者への取材に基づき、顧問の体罰を連日報道。市教委は同校バスケ部や、別の体罰が発覚したバレーボール部の無期限活動停止を決めた。
「マスコミは先生やバスケ部の真実を知らないまま報道していて許せない」。こうした事態にOBの1人は大泣きしながら訴える。OBの中には、顧問に対する処分軽減を求める嘆願書提出を検討する動きも出ている。
顧問に対して批判とともに広がる擁護の声。だが、教育評論家の尾木直樹氏は「体罰は法律違反。教育の場だけ認められるのはありえず、議論の余地がない」とした上で、「体罰をありがたがっている卒業生もいるようだが、それは、私は、人格をゆがめて卒業してしまっているのだと思う」と厳しい見方を示す。
今回の自殺を受け、「部活動からの体罰一掃」を宣言している橋下市長もこう切り捨てた。
「教員、生徒や保護者の意識の積み重ねでできた伝統が体罰を黙認して、生徒が命を落とした」 産経新聞 2013.1.19 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130119-00000544-san-soci




.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事