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昼、銀行に行く途中、ガードレールにもたれかかっていた八十歳くらいの小柄な老人に呼び止められた。
「お兄ちゃん。携帯電話を貸してくれないか」と言う。汗びっしょりで、具合が悪そうなので「お家に連絡されるんですか?」と聴くと、
老人「違う。この近くに用があるんだけど、幾ら歩いても場所が全然わからない。だから電話で問い合わせたいんだが、携帯を持ってないし、公衆電話も見あたらない。困って……」
坂本「そこの住所は、わかるんですか」
老人「わかる。メモして来た」(社名?と住所と電話番号の書かれた紙片を渡される)
坂本「五丁目じゃ、この先の郵便局の方だけど。お爺ちゃん、この×××セレクションってとこに、何の用があるの?」
老人「買い物したくて。それ。そこ」
示されたメモの裏には「DVD・未亡人」その下に複数の女性の名前、末尾に「通販でなく!」と書いてある。
坂本「……ん−。つまりこれを、直接、ここに買いに来た訳ですか」
老人「通販だと待つから。今日、どうしても見たくて。買いに来た」
坂本「お爺ちゃん、どこから来たの?」
老人「川越」
坂本「えー。遠くからまあ……」
さらに老人は、疲れてうまく喋れないので代わりに電話してくれと頼むのだ。仕方ないのでその番号にかけ「あのー、そちらで売っておられる、その、商品をですね。直接伺って、購入したいという方が、今、私の隣にいまして。私、頼まれて代わりにかけていまして。あの、もう、近所まで来ているんですけれども」こんな電話、俺だってうまく喋れない。
だが、応対の男の声は非情にも「あーちょっと来られても困りますんでー、うちは通販専門ですんでー、はいー」ぷつり。
坂本「お爺ちゃん。通信販売でしかね、駄目だって。会社に行っても、売ってないって」
老人「…………」
坂本「だからね。お家に帰って、落ち着いてから、まあ、電話でかハガキでか知らないけど、注文したらどうですか?」
老人「それじゃ駄目なんだ。僕は、明日、入院するんだ。入院したら、もう見られないんだがなあ。どうしても、見たかったんだけど、もういいです。ごめんなさいね。ありがとうございますね」
坂本「いえ……お大事に」
別れて少し歩いて、振り向くと、老人はまだ佇んでいた。用を済ませて一時間後に同じ道を通ったが、その時はもういなかった。
ポータブルDVDプレイヤーの存在を、教えてあげれば良かったかなと、後悔している。
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