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写真は順番に袁枚の肖像画、『随園詩話』の表紙、袁枚の書道、随園の写真である。
清代に袁枚といった人がいった。字(あざな)が子才で、実は有名な才子であったね!南朝・斉朝(紀元479年〜502年)の名妓・蘇小のように銭塘(今浙江省杭州)の出身であった。
三十歳から、袁枚は父親の他界で退官して南京へ来て随園を建て五十年の閑静な生活を送っていた。『随園詩話』の本を書いた。下の話しは正に『随園詩話』から採ったん出すね!
「私は詩人の印章を刻んだ。上の内容(印文)は「銭塘蘇小は同郷です」の句である。ある尚書(各省の長官)は南京へ来て私の詩集を請求し、私は意のままにその印章を用いた。尚書は怒って私を叱った。始め私は自分の軽率のため尚書に謝ったが、尚書はまた叱り続けた!私は厳しい顔付きでこう答えた、「尚書はこの印章が不真面目だと思いますか?今から見れば、尚書は一品の高官で、蘇小は卑しい人ですね!恐らく百年の後に、人々はただ蘇小のことがよく知って、尚書のことが全然知りませんね!」皆さんが笑っちゃった。」
この世で生活したことがある人として、どうして自分の名前を後人に知らせますか? 高い社会地位を得ることあるいはお金持ちになることですか?私はそうだと思わない!
----------中国語版------------
余戲刻一私印,用唐人“錢塘蘇小是郷親”之句。某尚書過金陵,索餘詩冊。余—一時率意用之。尚書大加訶責。余初猶遜謝,既而責之不休,餘正色曰:“公以為此印不倫耶?在今日觀,自然公官一品,蘇小賤矣。誠恐百年以後,人但知有蘇小,不復知有公也。”一座囅然。
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