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伊勢亀山城跡
古城
[ 白フクロウの眼差し ]
2019/1/5(土) 午後 11:32
伊勢亀山は戦国時代、織田信長、豊臣秀吉に仕えた関盛信が領していた。
盛信の子・関一政は美濃多良に移封され、代わって豊臣氏の家臣・岡本良勝が2万2000石で入る。良勝は、亀山城を築き、城下を発展させて検地を行なったことから確立しているといってよい。
しかし慶長5年(1600年)9月の関ヶ原の戦いで西軍に与して改易された。
代わって、東軍に与した関一政が関ヶ原における功績で旧領復帰を許されて3万石で入る。一政は、亀山宿の整備や城郭の修築などに尽力した。
しかし1610年、伯耆黒坂藩へ移封され、8日後の7月27日に三河国作手藩より松平忠明が5万石で入る。1615年、大坂夏の陣で豊臣氏が滅ぼされると、直後の6月10日に忠明は摂津大坂藩に移封され、亀山藩は廃藩となり、その領地は四日市代官の水谷光勝や津藩領として支配された。
1619年、三河挙母藩より三宅康信が1万石で入る。康信は1620年に2000石の加増を受けて1万2000石の藩主となったが、第2代藩主・三宅康盛時代の1636年、旧領へ戻された。




