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今が幸せなら、未来も幸せだ。by RM

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十曰。絶忿棄瞋。不怒人違。人皆有心。心各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理能可定。相共賢愚。如鐶无端。是以彼人雖瞋。還恐我失。我獨雖得。従衆同擧。




十に曰く、忿(いかり)を絶ち 瞋(いかり)を棄て、人の違(たが)うを怒(いか)らざれ。

     人(ひと)皆(みな)心あり、心(こころ)各々(おのおの)執(と)るところあり。

     彼(かれ)是(ぜ)とすれば 則(すなわ)ち我(われ)は非(ひ)とし、

     我是とすれば 則ち彼は非とす。

     我(われ)必ずしも聖(せい)に非(あら)ず、彼(かれ)必ずしも愚(ぐ)に非ず、

     共に是(こ)れ凡夫(ぼんぷ)のみ。

     是非の理、詎(なん)ぞ能く定むべき。

     相共(あいとも)に賢愚(けんぐ)なること、鐶(みみがね)の端(はし)なきが如し。

     是(ここ)を以って、彼(か)の人(ひと)瞋(いか)ると雖(いえど)も、

     還(かえ)って我が失(あやまち)を恐れよ。

     我(われ)独り得たりと雖(いえど)も、衆に従って同じく挙(おこな)え。


(書くの大変でした〜)


十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。おたがいだれも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって行動しなさい。




鎌足と中大兄が目指した聖徳太子の十七条憲法。
その中でも、ドラマ中、ふたりが最も好きだと意気投合した、第十条。
ほんとにいい言葉ですよね。




ただ、なにぶん、昔のこと。
意見は分かれるようです。
聖徳太子自体、存在しなかったなんて説まであるくらいですから。

wikiより

「十七条憲法は720年に成立した『日本書紀』に全文が引用されているものが初出であり、これを遡る原本も、写本も現存しない。推古天皇12年(604年)に成立したというのは『日本書紀』、『先代旧事本紀』の記述を信じるほかはない。(『上宮聖徳法王帝説』によれば、少治田天皇御世乙丑年(605年)。『一心戒文』によれば602年。) 近代歴史学の誕生とともに、これには疑いも掛けられてきた。

津田左右吉は、1930年の『日本上代史研究』において、十七条憲法に登場する「国司国造」という言葉や書かれている内容は推古朝当時の政治体制と合わず、後世すなわち『日本書紀』編纂ごろに作成されたものであろうとした。
坂本太郎は、1979年の『聖徳太子』において、「国司」は推古朝当時に存在したと見てもよく、律令制以前であっても官制的なものはある程度存在したから、『日本書紀』の記述を肯定できるとした。
森博達は「1999年の『日本書紀の謎を解く』において、十七条憲法の漢文の日本的特徴(和習)から7世紀とは考えられず、『日本書紀』編纂とともに創作されたもの」とした。 」

面白いですね。
『日本書紀』、読み込まされました。
史学科のゼミで。
ろくに勉強しない学生だったので、最低限ですけど^^
(今思えば、なんてもったいない!)
すべての答えは、史料と出土品にある。
想像力を働かせてはいけない。
そこにある事実のみをよむこと。
それが鉄則でした。
正直、つまらなかったなぁ。



さてさて、そのドラマのことね。



「我々が教科書で学んだ大化改新は、悪逆無道の蘇我入鹿を尊皇の士藤原鎌足が中大兄皇子と共に誅殺するという古色蒼然たる勧善懲悪の物語であった。
 しかし、日本書紀や藤原氏の家史である藤氏家伝などを読むと、事はさほどに単純なものではないと分かる。
 鎌足を称える側から書かれた家伝に、入鹿は若き日に鎌足と同じ学童(学校)で学んだ仲であり、当時の二人の漢学の師が入鹿ほど優れた生徒はいないと鎌足に述べる件(くだり)があるのだ。しかも、学堂に遅刻して来た鎌足を、入鹿はきちんと起立して礼を尽くして迎えている。二人は好もしい同級生だったように読めなくもないのだ。
 ――鎌足と入鹿は仲の良い同級生だった―――」


中臣鎌足   岡田准一
蘇我入鹿   渡部篤郎
山背大兄皇子 山口祐一郎
中大兄皇子  小栗旬
蘇我石川麻呂 伊武雅刀
中臣国子   大杉漣
軽皇子    吹越満
宝皇女    高島礼子
蘇我毛人   原田芳雄
南淵請安   中代達矢


最高の配役だったよ!
入鹿の人柄が、今まで思っていたものと全然違って、
とっても新鮮だった。
どんな人物にも輝きや歴史があるんだなと。
表に見えなくてもね。
(もちろん、ドラマの全てが史実ではないですが)

風景や服装も素晴らしくて・・・
この時代のこと、こんなに色鮮やかに思い描いたことありませんでした。



そういえば、毛人になってました。
蝦夷ですよね、学校で習ったのは。

wikiより
「『日本書紀』では蘇我蝦夷、通称は豊浦大臣(とゆらのおおおみ)。『上宮聖徳法王帝説』では「蘇我豊浦毛人」。蝦夷は蝦夷と同じ漢字であるため、これは蔑称であり、毛人が本名との説があるが、「蝦夷」も「毛人」も同じ対象を指すことを考慮していない。「えみし」という名称は小野毛人や佐伯今毛人も使用しており、わざと悪いものを自分の名前につけることで逆に厄払いにしたという説や、当時蝦夷は頑強に大和朝廷に抵抗しており、「強い人間」という印象があるため名前につけたとする説もある。また蘇我入鹿と同様に死後中大兄皇子らによってこれまでの名前を資料とともに消され、新たに卑しい名前として勝手に名付けられたという説もある。」

これは、聞いたことがあります。
が、毛人が教科書標準になったのかはわからないなぁ・・・
どうなんだろう・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E8%9D%A6%E5%A4%B7
「蝦夷」についてノートのほうにも、載っていたので、参考までに。


「皇極天皇4年(645年)に天皇の御前で入鹿が殺されると、一時は蝦夷のもとに与する者が集まったが、翌日、入鹿の屍を前に蝦夷は邸宅に火をかけ「天皇記」・「国記」もろとも自殺した。」

小さい頃見た大化改新の絵では、ふたりとも同じ場所で切られていたように思ったけど・・・
切られた腕が転がっていて、怖かったような・・・
記憶違いかな???


追記
やっぱり、記憶違い。
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