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一人の夜に・・・

今、部屋に一人。
 
夜この時間にこの部屋に一人でいることなんて初めて。
 
パパは単身赴任。
 
さて、のんは・・・
 
今日から一泊で幼稚園にお泊り保育です。
 
今朝、私が仕事に出た1時間後、ケータイに電話がかかってきました。
 
「ママとお風呂に入ってから行きたい・・・」
 
のんは、泣いてました。
 
そしてお昼。また電話。
 
「ママ〜、のんさぁ、お昼寝すると寝ぼけるんだっけ?お昼寝しないと寝ぼけるんだっけ?」
 
「お昼寝した日は寝ぼけないよ(笑)」
 
そういうと、電話がブチッと切れました。
 
そして、出かける時間を見計らい、今度はママから電話・・・
 
「幼稚園バス、かわいくデコってるらしいよ〜!いってらっしゃい!!」
 
そういうとのんは、
 
「え〜!そうなの?ありがと!!」
 
ブチッ・・・
 
また切りやがった!!!
 
今時の幼稚園。先生が逐一様子をHPにUPしてくれます。
 
そして、リアルタイムにツイッターでもつぶやいてくれます。
 
仕事中から今まで、ケータイでツイッター、PCで幼稚園のHP。
 
どうやら・・・寂しいのはママの方でした(笑)
 

パパ、バイバイ!

もう、6月ですね。
 
あの震災は、私の職場と車、たくさんのものを奪っていきました。
 
家族や友人を亡くした方もたくさんいるから、私の被害なんて、とてもちっぽけな被害です。
 
6月に入るまで、不謹慎だけど、のんといっぱい一緒にいられました。
 
普段できない母親として、主婦として、楽しい時間でした。
 
私の職場・・・イコールパパの職場でもあります。
 
津波により全壊した会社、被災地で再建することはできませんでした。
 
たくさんの方が解雇になっています。
 
私の勤めている会社は、再建できます。
 
でも・・・
 
仙台に一部の社員を残し、ほとんどの社員は関東へ転勤になりました。
 
転勤といっても、現在ある営業所ではなく、同業で廃業しそうな会社を買収したのです。
 
私は、家の事、ねーねーやのんやばあちゃんや実家の父母のことを考えて、仙台勤務を希望しました。
 
会社側は、私も転勤させたいとのことでしたが、なんとか仙台においてもらえることになりました。
 
でも、パパは。。。
 
関東へ単身赴任が決定しました。もう、今度の日曜日には引越しです。
 
そんなに大きくない会社で、パパは工場長。転勤なんてあるわけないと思ってたのにね。
 
この転勤は、期間がありません。会社が言うには、パパが仙台に帰ってくるのは早くて12年後。
 
でもきっと定年まで・・・。
 
がんばってね、パパ。こんな時だからそれしか言えない。
 
寂しいなんて言えない。不安だなんて言えない。まあね。せいせいするわ!と思うこともある。
 
でもやっぱり、長すぎるよね〜。
 
2週間に一度帰ってくるそうです。ねーねーは、早く行ってしまえ!とふざけて言っています。
 
のんは、ディズニーランド近いの?と何度も聞いています。
 
子供たちは意外とあっけらかんとしてます。だから、ママもがんばろう。パパがいなくても。
 
老後に仲良く暮らそうね、パパ。バイバイ!
 
 

ビリーブ

ビリーブ
 
1.たとえば君が 傷ついて
  くじけそうに なった時は
  かならずぼくが そばにいて
  ささえてあげるよ その肩を
   世界中の 希望のせて
   この地球は まわってる
   いま未来の 扉を開けるとき
   悲しみや 苦しみが
   いつの日か 喜びに変わるだろう
   アイ ビリーブ イン フューチャー
   信じてる
2.もしも誰かが 君のそばで
  泣き出しそうに なった時は
  だまって腕を とりながら
  いっしょに歩いて くれるよね
   世界中の やさしさで
   この地球を つつみたい
   いま素直な 気持ちになれるなら
   憧れや 愛しさが
   大空に はじけて耀(ひか)るだろう
   アイ ビリーブ イン フューチャー
   信じてる
   いま未来の 扉を開けるとき
   アイ ビリーブ イン フューチャー
   信じてる 
 
・・・のんが最近いつも歌っている歌です。
 
その度に泣けてくる・・・。
 
日本の復興ソングこれにしたらいいのにね。
 
私は、大丈夫です。
 
度重なる余震の中、普段できない主婦業、ママ業を楽しんでしています。
 
ただ・・・なくなってしまった会社の今後とうちの経済状況を考えると不安になります。
 
コメントをくれたたくさんの皆さん、返事もしなくてごめんなさい。
 
今度、ゆっくりね(笑)
 
 

また ケータイ投稿記事

イメージ 1

また、ろうそく生活

家…まためちゃくちゃかな

片付けるのやだな…

震度6弱、実家にて…

あの日の私〜津波〜 ケータイ投稿記事

ラジオを付けて車を走らせながらも大きな余震が車を揺らしました。

ラジオからは大津波警報。

仙台に10メートルの津波が来ると、繰り返し放送していました。

でもさ、10メートルって!?今まで津波警報って言ったって、まともに来たことないし…

暫く走ると渋滞にはまりました。

まさかね、ここまでは波も来ないだろうと、メールで家族や友達と安否確認してました。

そしたらね、後ろから人が数人必死な顔で走ってきたの。

「えっ!?」って思って窓から顔出して振り返ると、何メートルの高さか分からないけどかなりの高い位置で赤いドラム缶がこっちに向かってきたのが見えて…

車を道路脇の居酒屋の駐車場に止めて車を降りて、座布団が落ちたのをわざわざ拾って車に入れて…

もう足は水浸し。そこからは無我夢中で猛ダッシュ。

車に乗っている人達に大声で津波がきてること、車を降りて逃げるように叫んだけど、みんな車を降りなかった。

交差点ごとに立って「ここを右に曲がると高台があります」「ここは左です」と、誘導してる人達がいました。

それはなんと、マクドナルドの店員さん達でした。

まっすぐ走ってたらきっと間に合わなかったと思う。

高台から振り返るともう坂の下まで水が勢いよくきてた。

でも急いで帰らなきゃと別なルートを近くにいた人に聞き、

川の水面が橋の高さまでになってる橋をダッシュで渡り、

なぜか急な猛吹雪のなか、壁やブロック塀が倒れた瓦礫のなか、必死で歩いたよ。

歩きながら、のんとばあちゃん、ねーねーの無事は確認できて、でもパパは繋がらなくて…。

絶対死んじゃったと思った。だって、同じ会社で私より後に出たはずだから・・・

あの後ろからきた津波に飲まれてしまったと。

数時間後、パパの無事も確認されました。

数日後行ってみた車を乗り捨てた辺りは、地獄のようになっていました。

今後どうなってしまうのでしょう。

家があるからまだいいけど、職場がなければローンも払えません。

こまったなぁ…。

とにかくしばらくは自宅待機です。

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