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マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
シュトゥットガルト放送交響楽団
指揮:佐渡裕
REC:2001 (avex-classics AVCL 25031)
日本はもとより海外でも活躍の場が多い人気若手指揮者の佐渡裕。なんでもバーンスタインの愛弟子だそうでその熱い指揮ぶりに熱狂的なファンも多いはず。フランスのラムルー管弦楽団を振ったイベールの管弦楽曲集がNAXOSから出ていてその溌剌とした熱い演奏に強い印象を持っていた。そんなフランスでの活躍を皮切りにいまやヨーロッパの数ある有名なオーケストラに客演も多いらしい。そんななかの一枚が最近、ロジャー・ノリントンとのコンビで俄然話題のオーケストラ、シュットゥットガルト放響に客演した演奏で演目はマーラーの第5交響曲。このジャケットからしてかなり熱い演奏が予想できそうで期待度は高まった。
第1楽章から第3楽章までの印象は全く一緒だった。熱いところはとても熱くオーケストラが鳴り響く。ただそうでないところ、例えば淡々とメゾ・フォルテや、メゾ・ピアノで音楽が進むところ部分における音楽の方向性のなさ。ただ音が進むだけ。空虚に満ちて無意味さが露呈してしまっている。とにかく音楽が場当たり的で聴いていて音楽としての統一感がない。こうなってしまうと大音響で熱く鳴らし迫ってくる場面においてもただうるさいだけの音楽になってしまう。
第4楽章における有名なアダージェットも押し付けがましいというか自然な流れに乏しく、またこの音楽のもつ独特なある種のエロティシズムに満ちた濃厚で芳醇な「香り」が感じられない。昨日聴いたスクロヴァチェフスキによるブルックナーの第7交響曲第2楽章のような引き込まれるような、うっとりとした夢心地はこの音楽からは聴き取る事、感じる事は出来なかった。
フィナーレにおいてもオーケストラがなんとなく一歩引いて演奏している感じで、迫ってくる感じがない。なんとなく表面的な部分で取り繕うような部分だけが見えてしまって残念。
この印象の原因はきっと指揮者とオーケストラの相性のような気がする。佐渡の要求に今ひとつ戸惑いを隠せなそうなオーケストラがいるような感じを受けた。技術は今一でも佐渡と相性のいいフランスのラムルー管をはじめとした楽天的なフランスのオーケストラとがんがん鳴らしてもらいたかった。
辛口に評してきてしまったけれどもこの楽章の後半部分においてはようやく指揮者とオーケストラとがかみ合ってきて見事な熱いフィナーレを聴かせてくれる。
それゆえにやたらに長い終演後の拍手が個人的には妙に白々しく感じてしまった。
この演奏を聴いて音楽は難しいのだなあと思った。根底にきちんとした方向性をもった演奏でないと全体を聴き通した結果、結局疲れてしまうのである。まとまりがなく視点があちこちに飛んでしまって定まらないのだ。佐渡の欠点はここにあったような気がする。結局この曲で何を伝えたかったのか?最後までよくわからなかった。オケが鳴っているから確かにライヴ受けはするのだろうが、もう一度CDなど録音で聴き返すとこのような複雑で長大な交響曲などは、その欠点がその「音」以上にクリアに見えてしまう、気づいてしまうのではないだろうか。
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こんにちは!はじめまして。マーラー好きで、検索からこちらのブログにお邪魔しました。指揮者とオケの相性って、絶対にありますよね。指揮者と作曲家の相性も大切ですし、クラシックって本当に奥が深いと思います。
2005/12/15(木) 午後 5:42
とむ様>コメントありがとうございます。このCDかなり期待をして購入したのですが個人的な感想で言えばかなり残念な結果でした。マーラーの音楽の難しさを痛感できる一枚だと思います。そういう意味においても聴いていただきたい演奏ではあります。音質はかなりいいです。でもマーラーの演奏には合わない(各楽器のバランスが今一悪い)録音です。ライヴだから仕方ないかな。
2005/12/15(木) 午後 9:19