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ラルフ・ヴォーン=ウィリアムズ
1.交響曲第6番ホ短調
2.トマス・タリスの主題による幻想曲
3.あげひばり
タズミン・リトル(Vn)[3]
BBC交響楽団
指揮:アンドリュー・デイヴィス
REC:1990[TELDEC 9031-73127-2]
第5交響曲で自らの原点に立ち返ったような作品を創作した作曲家がまたしても第4交響曲のようなアバンギャルドな世界を展開させる。それがこの第6交響曲。
第4交響曲、第5交響曲、そしてこの第6交響曲の3つの交響曲は「戦争」を根底としたテーマをもつ3部作として考えていいかもしれない。それは例えば作曲された時期、ならびに初演の日時を考えると合点がいく。第4番については作曲年1931〜34年、初演が1935年。第5番については作曲年1938〜43年、初演が1943年。第6番については作曲年1944〜46年、初演が1948年。
それはつまり第4交響曲が、第2次大戦前のヨーロッパ動乱のさなかにあったであろう言いようのない不安感と焦燥感が、実に先鋭的な表現によって音楽が展開されていったということ。
続く第5交響曲が、作曲時期や初演が第2次大戦真っ只中ということを考えると、ひとつには現実逃避的なもの。または宗教的な色彩の濃いこの作品の性格を考えたとすると、平和への羨望と神への救済の念。この音楽がそのような何か切なくも神々しいまでの「祈り」の雰囲気に満ちた楽曲であるということ。
そしてこの第6交響曲において言えば、戦争によって産み出された極めて非人間的な、極めて非道徳的な世界に対する非常に激しい憤りが込められた楽曲であり、また非常に不気味な最終楽章から感じるような、戦争後のもたらした荒廃と無気力、ひいてはその後にくる「冷戦」を予感させる、そんな音楽であるという事。
「焦燥」(第4番)・「祈り」(第5番)・「憤り」そして「無気力」、新たな「不安」(第6番)このようなイメージの流れである。
この第6交響曲は第1楽章(アレグロ)冒頭から実に暴力的なフォルテッシモの音(この音こそがW.ウィリアムズの戦争への怒りなのではないか?)で始まる。その音楽は躊躇する事がないように何か漠然とした不安を内包したまま突き進む。
第2楽章(モデラート)は漠としていた不安がいっそう具体的な音として(極めて印象的な3打音が!)迫ってくる。言いようのない不安に満ちた第2楽章は更なる不安を抱えながら静かに終える。
第3楽章(スケルツォ)はそれら不安が一気に爆発する!サックスの怪しげなソロ・メロディーが印象的であるということを付記しておきたい。
第4楽章(エピローグ:モデラート)。実に不気味な音楽である。ピアニッシモで9分30秒。「そして誰もいなくなった」という感じの音楽。荒廃と無気力。蔓延する不安。ひとつの希望も見出せない。そのすべてがつまっている「絶望」の音楽である。
例によって見通しのいいエッジの効いたA.デイヴィス、BBC響の演奏は好感が持てる。このような無機的な音楽にはシャープでクールな演奏がしっくりとくる。
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