クラシック音楽とうさぎの日常

久々に。秋が深まるのでしばらくブラームスで。

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プロコフィエフ:交響組曲「ロメオとジュリエット」から

シュトゥッガルト放送交響楽団
指揮:セルジュ・チェリビダッケ
REC:1981(DG 1DCB-1007 445 143-2)

 さて昨日に続き「ロメオとジュリエット」を聴くことにする。今日の演奏は第5交響曲で稀有の名演を聴かせてくれたチェリビダッケの指揮、シュトゥッガルト放響の演奏を。このCDはチェリビダッケの指揮によるロシア管弦楽曲集(3CD)のセットの中にボーナスCDとして同封されていたもの。ちなみに先日聴いた(もちろんプロコフィエフの)第5交響曲もこのセットの1枚。

 交響組曲とあるが要は組曲からの抜粋である。組曲(第1、第2)の中から3曲、「タイボルトの死」、「少女ジュリエット」、「ジュリエットの墓のロメオ」の3曲のみが収録されている20分ほどのCD。録音時間で物足りないがボーナスCDだしやむを得ない。しかも「モンターギュ家とキャピュレット家」(全曲版では「騎士たちの踊り」)が収録されていないのは特に残念である。

 がしかしそんな事はもはやどうでもいいことだ。チェリビダッケの作り出す音楽はここでも驚異の演奏を聴かせてくれる。というより驚異の現象を引き起こさせているといったほうが良いかもしれない。

 とにかくリズム、テンポが非常に安定していて終始落ち着いているのにもかかわらずこのドラマティックな音楽を心の奥底に染み渡るかのように劇的に聴かせてくれるのだから。すでにプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」がチェリビダッケという指揮者のフィルターを通る事によって「バレエ音楽」から「一大交響曲」へとその姿を完全に変えていることを感じる。

 「タイボルトの死」の最後の盛り上がり方。地面が震え天が落ちてくるかのような壮大な轟音。「少女ジュリエット」における弦楽器の聡明さはどのように作るのか?「ジュリエットの墓のロメオ」の終盤の音楽はもはや音楽の領域を越えている。とくにこの場面の雰囲気は言葉にできないし文字通り「名状し難い」く「筆舌に尽くし難い」演奏。今生の最高の演奏といえよう。

 1981年の録音ということで90年代のミュンヘン時代における哲学の領域に踏み込んだような雰囲気に似た演奏に通じるテンポとリズムの重厚さの片鱗が各所に聴いて取れるのもその後のチェリビダッケのスタイルを想像させて興味深い。

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さほど古い録音ではないのですね。買ってみようかなあと思ってます。

2006/11/14(火) 午後 11:55 [ kunichan ]

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くにちゃん様>コメントありがとうございます。チェリビダッケのロシア管弦楽曲集(3CD)のセットがあれば購入すべしと思いますよ。

2006/11/14(火) 午後 11:58 ちぇり


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