ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」 Guylaine Girard(S) Marijana Mijanovic(CA) Donald Litaker(T) Hao Jiang Tian(Bs) Chouer d'Oratorio de Paris** 合唱指揮:Jean Sourisse アンサンブル・オーケストラル・ドゥ・パリ 指揮:ジョン・ネルソン REC:2005(Ambroisie AM9993) この合唱交響曲もハイテンションな演奏だ。第1楽章からして一気にまくし立てる感じで勢いはすごいものがある。所々にテンポ的にもリズム的にも「ため」をつくってかなり劇的な音楽に仕上がっている。第2楽章は鋼鉄の演奏。歯切れは良いがアタックが強烈でなんだか騒々しさが先行してしまって集中できなかった。第3楽章は田園交響曲を聴いたときに受けた印象に似ている。歌うといったことよりも語るといった演奏でとにかく淡々と清楚に語る演奏である。 終楽章の冒頭は意外なほど丁寧に始まる。第1,2楽章の調子でいけば一気に音塊の激流をたたきつけるのかと思いきや丁寧に練りこまれた演奏である。演奏は丁寧だがいまいち気持ちがこもらない。素っ気ないくらいまでの無表情な印象を覚える。心から歓喜の気持ちになっているのだろうか?と疑いたくなるほどの客観的な演奏だ。 声楽が入ってきた時点でこの音楽が分裂症に陥っている事に気づく。ワーグナーだかヴェルディを聴いているような気分にさせてくれるバリトンのねちっこい歌い方はなかろう。前半で散々無表情極まりない演奏を展開した挙句がこのオペラチックな「歌」。面を食らうとはこのことかもしれない。 後半のトルコ行進曲風のメロディやその後に出てくる合唱による歓喜の歌は一転きっちりとした即物主義にも似た音楽を展開していく。癖のないすっきりとしたスマートな合唱はこのスタイルに合っている。 ソリストの劇場的な歌い方以外は淡々と音楽を展開していくビジネスライク的な音楽になっている。個人的にはこの統一感のなさに最後まで抵抗を覚えた。聴く人によって好みは極端に分かれる演奏といえるはずだ。 |

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