クラシック音楽とうさぎの日常

久々に。秋が深まるのでしばらくブラームスで。

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:カール・シューリヒト
REC:1963(Altus ALT089)

 この1963年の録音はウィーン・フィルの定期演奏会のライヴ録音である。この録音はかつてドイツ・グラモフォンからリリースされていた「ウィーン・フィル150年記念ボックス」の中の一枚として収められていたが、およそ10年ぶりにAltusレーベルから再度発売された。
 
 以前にシューリヒトの指揮によるブルックナーの第8交響曲を聴いて痛く感動した事を思い出す。この演奏はライヴ録音と言う事があるのかもしれないが切羽詰ったような極度の集中力を感じる。
 
 虚飾を排したストレートな表現に無骨な熟練指揮者の一途なこだわりを感じる。第3楽章のスケルツォは凄まじい演奏となっている。これもライヴならではであろう。すべてが破綻の一歩手前でぎりぎりの演奏になっている。手に汗握る緊迫の演奏である。
 
 この演奏における様々な評論においてはテンポ変化(極端なアゴーギグの連発)の多用さを挙げる人も多いようだが、それは楽節などいわばミクロの範疇で行われている事象であり楽曲全体を通したマクロの部分では一切のぶれ(要するに変化)がない。
 
 テンポの変化、感じ方によってはこれみよがしのアゴーギグの多用に関して、いわれてみればそのように感じるがシューリヒトの作り出すブルックナーの楽曲における全体の流れの中にあってこの点における指摘は非常に些細な事であるように感じるのだ。
 
 私は決してシューリヒトを贔屓しているわけではないがとにかく説得力のある見事な演奏である。細かなテンポ変化に必死に食らえついていくウィーン・フィルの切迫した演奏にも拍手。

 聴き終わった後にこの録音がモノラル録音である事に気づいた。そのくらい熱気あふれる緊張感に漲った名演であることは言うまでもないと思う。

 この録音はカール・シューリヒトがウィーン・フィルのメンバーに愛された事の証左である。


参考
シューリヒトの指揮によるブルックナーの第8交響曲
http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/53464361.html

シューリヒトの指揮によるモーツァルト
http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/58326491.html

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ハイドン
弦楽四重奏曲 作品71「第1アポニー四重奏曲」
1.弦楽四重奏曲 第69番 変ロ長調 Hob.III.69
2.弦楽四重奏曲 第70番 ニ長調 Hob.III.70
3.弦楽四重奏曲 第71番 変ホ長調 Hob.III.71

コダーイ弦楽四重奏団
REC:1989(NAXOS 8.550394[080917-250BOMN])

 ブッルクナーばかりでは少々疲れてしまうので、普段あまり聴くことのないハイドンの弦楽四重奏曲を聴く。

 ハイドンの弦楽四重奏の中で作品71(第69番〜第71番)と作品74(第72番〜第74番)は「アポニー四重奏曲」と呼ばれている。

 今日はこのアポニー四重奏曲から作品71の3曲(69番〜71番)の楽曲を聴く。

 この四重奏曲は1793年に6曲の弦楽四重奏曲として作曲され、3曲ごとに2つにわけて出版された。ヴァイオリン奏者でもあったアントン・アポニー伯爵という人に献呈されたためこれらをアポニー弦楽四重奏曲と呼ぶようだ。

 3曲ともサロン風の優雅で気品のある作品である。コダーイ弦楽四重奏団の演奏はやや音が硬くも感じるが折り目のしっかりとした演奏になっている。

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(原典版)

ソヴィエト国立文化省交響楽団
指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
REC:1984(BMG BVCX 38009-10)

 旧ソヴィエトのオーケストラはいつもなぜこうも突拍子もないのだろうか?昨日のショルティよりももっともっと個性的で、クナッパーツブッシュのそれに近い。クナに近いというのはクナの演奏と似ていると言うことではなくブルックナーから同じくらい遠い距離感覚にある演奏と言う意味で「近い」。

 指揮者のロジェストヴェンスキーの解釈云々の前にまずサウンドが録音状態を含め、あまりに雑で鑑賞に堪えうるものではないという点が一点。

 この時代を含め旧ソヴィエト時代の録音はキンキンしていてきちんとしたものはあまりないのが実情であると思う。

 ブックレットにもあるが「原典版」と謳っておきながら全く「原典版」ではなく色々手を加えられているらしい。素人耳にもよくわかるのは終楽章のコーダの部分。意味不明のトランペットの音がガンガン聴こえてくる。

 風変わりなブルックナーを好む人にはたまらない一枚である。

 ちなみにこのロジェヴェンの全集はブルックナーについてまわる異稿などを網羅した一大全集を企図して録音された全集である。今日の一枚はその中の一枚。

 残念ながら現在はこの全集は廃盤になっているらしい。中途半端に持っているので、中古屋周りで不足のものをゲットしたい。ブルックナーの演奏としてはろくでもない演奏なのだが気になって仕方ない。その意味で魅力ある全集である。

 この第5交響曲の終楽章の荒くれようを一度でも聴いてしまうと、(今日、某有名人が麻薬で捕まったが)まさに麻薬的な効果を発揮するやばい演奏である。駄目だと思いつつも思わず何回でも聴いてみたくなるそんな演奏である。あらゆる意味でぶっ飛んだ演奏である。

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(ノヴァーク版)

シカゴ交響楽団
指揮:サー・ゲオルグ・ショルティ
REC:1980(DEC 488 914-2 59.00)

 名指揮者ショルティと名門シカゴ交響楽団によるブルックナー全集からの一枚。第3楽章などの突っ込み具合はブルックナーというよりハリウッドの映画音楽を聴いているような錯覚に陥るほどの凄まじいスピードである。それでいて完璧なアンサンブルなのだからシカゴ響の卓越した技術には驚きを禁じえない。

 かたや第2楽章は(このコンビにしては)意外なほどにテンポが遅い(21分37秒!)。音楽に深みがあってショルティからは想像出来ないほどの濃厚でしっかりとした音楽が展開される。この第2楽章は白眉の名演である。

 第4楽章の金管楽器の突き抜けてくるこの鉄球のような豪快なサウンドは他に類を見ない。凄まじいパワーである。このフィナーレ楽章にはおそらく畏怖の念や敬虔な祈りなど皆無である。良い悪いは別として、現実的な部分をより明確にしたようなアメリカナイズされたブルックナーが聴いて取れる。
この演奏は強烈に放射される音のシャワーを浴びる事は出来ても決して聴く人を包んではくれない。それにしてもすごいパワーである。

 画像は分売からのもの。

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モーツァルト
レクイエム ニ短調 K.626

アーリン・オジェー(S)
キャロリン・ワトキンソン(A)
ジークフリート・イェルザレム(T)
ジークムント・ニムスゲルン(Bs)
ゲヒンゲン聖歌隊
シュトゥットガルト・バッハ・コレギウム
指揮:ヘルムート・リリング
REC:1979(SONY FDCA 590[080916-250BOMN])

 指揮のヘルムート・リリングは1954年に自らの生地シュトゥットガルトにゲヒンゲン聖歌隊(シュトゥットガルト・バッハ合唱団)を設立し当時あまり顧みられることのなかったロマン派の作曲家の合唱曲を多く演奏した。

 その後バッハのカンタータなどをレパートリーに加えるために1965年に合奏団を組織した。これがシュトゥットガルト・バッハ・コレギウム(合奏団)である。
 
 1979年に録音されたこの演奏は内面から湧いてでるような劇的なドラマを感じる一方で敬虔なる祈りに満ちた崇高な気持ちを感じる事にもなる。まさに美しさと激しさが祈りなし紡ぎだす名演である。適度なテンポ感覚と内面に切り込むような深い音楽に感銘を受ける。
 
 リリングは同オーケストラと合唱団で1991年に同曲をヘンスラー・レーベルに再録音している。今回聴いた1979年録音はジュスマイヤー版であったが新録音は批判の多いジュスマイヤー版ではなく新たな改訂版であるレヴィン版による録音であり、これが同版の初録音である。
 
 こちらの録音も是非聴いてみたいものである。

 ちなみに画像は既発売の別バージョンのもの。

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