クラシック音楽とうさぎの日常

久々に。秋が深まるのでしばらくブラームスで。

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マーラー
交響曲第5番嬰ハ短調

ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:西本智実
REC:2009

 今日も引き続き、西本智実の指揮する演奏を聴いていく。先日聴いたドヴォルザークの新世界は部分的な出来のムラが非常にあったのが気になったのだが今日聴くのは2009年9月にサントリーホールで行われたロイヤル・フィルとのライブ録音である。曲目はマーラーの第5交響曲。
 まずは全曲を通して録音状況が大変いい。音色が明るくはつらつとした印象を持つ。第1楽章から輪郭のはっきりとした演奏を聴かせてくれる。比較的テンポはゆったりとしていて堂々とした印象を与える。細かな音色における色彩感などにはやや乏しく一本調子に聴こえてしまう嫌いもある。深みにかけるということかもしれない。この点はロイヤル・フィルの明るい音色に起因するところもあるかもしれない。
 第2楽章の冒頭の起伏に富むテンポ設定にはっとさせられた。なかなか面白い。その後の旋律の歌わせ方がやはり一本調子で深みに欠けるような気がする。音は鳴っているのだがどうも大味である。場面場面における分裂気味の性格を持つマーラーの楽曲がここでは妙な統一感を持ってしまいやや退屈な気がする。
 第3楽章はなかなかの出来栄えである。はっきりとしたデュナーミクや軽妙なルバートがこの音楽の持つ面白さを要領よく表現することが出来ている。
 第4楽章は有名なアダージェット。非常に美しい。耽美で豊満な音色が(他の楽章では、まったりとした感覚を与えていたが)この楽章ではなんともいえない美しさを放っている。深い呼吸で緩急のある絶妙なバランスの上に成り立った精緻でありながら甘く美しい音楽がすばらしい。
 第4楽章はやや集中力が途切れてしまい勢いで一気に持っていく演奏でやや力任せという感じである。フィナーレの加速では崩壊寸前である。しかしライブならではの迫力が真に迫ってきてなかなかいい。演奏直後の観客の絶叫には興ざめであるが。
 
 相対的にまとまっていてなかなかの熱演である。マーラーならではの場面場面における音楽の陰影、音色の色彩感覚には乏しさを覚えるのは事実であるが、これほど、明るくぎらついたマーラーを聴くのもこれはこれでいいものである。

西本智実の新世界

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ドヴォルザーク
交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」
プッチーニ
歌劇「マノン・レスコー」間奏曲

ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:西本智実

かつて西本智実という指揮者を知ったのは今から5,6年前のこと。以来国内はもとより海外でも活躍している指揮者であるが素人受けはいいようだが玄人受けはやや芳しくないように感じる。私もちょうど5年前に彼女の指揮する演奏を聴いて辛辣なコメントを残しているが、(http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/30497393.html)
(よい印象でも悪い印象でも)偏見を捨てて再度彼女の演奏をじっくり聴いてみたいと思った。ちなみにこのブログはまさに丸1年ぶりの再開である。


交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」

出だしから細かな点が気になる。第1楽章序奏における木管楽器の音程が不安定で落ち着かない。
序奏から第1主題へのブリッジする部分のティンパニのロールの音程の収まりが悪く、気分がすっきりしないまま第1主題へ入っていく。
 主題に入るとふくよかなサウンドで朗々と雄弁と音楽が奏でられていくところはさすがである。各所で内声部がはっきりと聞き取ることが出来て音楽が立体的に感じられる。だがその一方で金管楽器を主体とするフォルテの音色が悪く音楽の流れを阻害しているように感じられてしまう点は残念である。金管楽器だけでなく全体的にフォルテになると音楽が野暮ったくリズムが重くなってしまい音楽の推進力が急減してしまう印象を受ける。
 オーケストレーションの薄い部分やピアノの部分などはすっきりとした見通しのいい音楽をやっているのとは対照的である。第1楽章最後の強烈なアッチェル部分は勢いあまり過ぎて音楽が壊れてしまい雑然としたフィナーレ。もう少し丁寧であってもよかったのではないか?
 第2楽章は第1楽章同様、冒頭の管楽器の音程とバランスがしっくりこなくて歯が浮いたような感覚。粘着力のあるサウンドで寂寥感よりも暖かなぬくもりを感じさせるフレージングで好感が持てる。いたし返しなのかもしれないが、反面、やや音楽の足取りが重く各所によどみが生じてしまい退屈な感じを与えてしまうのは残念である。
 第3楽章の沸き立つようなリズム感覚はなかなかのものだが、ここでも各楽器のバランス感覚の欠如が如実にあらわになっていて、さらに旋律とリズムの縦が揃わず、いわゆる「リズムがはまらない」部分が散見され雑然とした雰囲気をどうしても与えてしまう。
 第4楽章は今までのふくよかで厚めのサウンドが一変。やや集中力が途切れたような感覚。明らかに第1〜第3楽章におけるサウンドとこの第4楽章は異なる感じがする。冒頭における弦楽器の旋律がいかにも貧弱で鳴りきっていないという感覚がある一方で、聴いていくうちにこれはこれでいいのではないかと思ってきてしまう。すっきりとしたサウンドで強奏でもサウンドが音がつぶれることがなくアンサンブルがしっかり聴いて取れる。スコアの細かなところも丹念に描き出され、それが意味を持って音楽全体へ関与していくのがわかる。この辺は西本の手腕によるところが大きいと思う。
 全楽章を聴きとおすと、特に第4楽章に西本自身が強いこだわりを持っていたように思える。この第4楽章においては細かな不備はあるが大きな破綻がなく、きっちりとしっかり演奏されそれが統一された雰囲気を聞き手に与えることに成功しているといえる。
ただ、ただ、惜しまれるのは、肝心の最後の弱音の和音・・・。音程が悪い。どうもしっくりこない。この楽章はここだけが悔やまれる。

歌劇「マノン・レスコー」間奏曲

 併録されている「マノン・レスコー」間奏曲は情熱的な演奏で感動的である。ブックレットによれば西本はオペラの方面でも活躍してきたとあるがそれもうなずける立派な演奏である。
 
演奏しているのはブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団。ブダペスト国立歌劇場の選抜メンバーのオーケストラであるとのこと。かつてリコ・サッカーニという指揮者のもとでいくつかの録音を残しており話題となったオケである。ちなみに「新世界」も録音されている。次回聴いてみたい。

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ブルックナー
交響曲第7番ホ長調 (ノヴァーク版)

ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
指揮:アイヴォー・ボルトン
REC:2006(OEHMS OC568)

 2004年にザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の首席指揮者に就任したボルトンによって定期公演で始めたブルックナー・チクルスからのライヴ音源によるもの。

 響きを完全に削ぎ落とした演奏で骨格と輪郭がしっかりとしている。荘厳、雄弁とは完全に袂を切った演奏である。ブルックナーを聴いていると言うよりもブラームスやベートーヴェンを聴いているようなサウンドである。

 たとえて言うならば、最初から結論を言ってしまっていて、結論に至るまでの過程を全く語ることのない、最短距離のブルックナーがここにある。それは良く言うならば無駄や虚飾を一切削ぎ落とした純粋無垢な音楽が展開されていくということである。

 だが、それにしても指揮者も演奏者も、音楽を語ることなく基本に忠実に純粋なる音楽を丁寧におしゃべりしていくということが長々と展開されていくだけであるので、やはりブルックナーを聴く人間にとっては、音楽のその奥にある人間的なドラマを全く語ることの無い事にストレスを感じてしまう。

 第5番のときにも感じたが「非常にこじんまりとしたある意味、現代トレンドを象徴するような「エコ」なブルックナー」である。現代風で人間味が無い。

 もっと極端に言うならば、いい悪いは別として、この演奏は理科室にあるガイコツの標本のような演奏である。結論は理解できるがドラマが無いのである。

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ブラームス
1.交響曲 第2番 ニ長調 作品73
2.交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
 
サイトウ・キネン・オーケストラ
指揮:小澤征爾
REC:1991(PHILIPS PHCP-5049[081223-525DUK])

 小澤征爾の指揮によるブラームスの第2と第3交響曲。オーケストラは超技巧者集団のサイトウ・キネン・オーケストラ。

 まずは第2交響曲から。まずなんと言ってもオーケストラが自発的に凛々と輝いて鳴っているのが良くわかる。弦楽器の素晴らしさは言葉にできないほど。録音も素晴らしく書くパートが明瞭に聴こえてきて文字通り音楽がシンフォニックに聴いてとれる。

 弦楽器や木管楽器のアンサンブルは見事の一言。少々金管楽器が乱雑に響くのが残念ではあるが、溌剌とした明るい演奏で若々しく元気一杯の第2交響曲である。

 第3交響曲も整然とした弦楽器のサウンドは素晴らしい。さすがは世界で活躍する超一流の演奏家たちの集団である。とにかく素晴らしいのだが全ての楽章でテンポが遅めで音楽の進め方が散漫に感じてしまうのが難。

 基本的で最もスタンダードなブラームスを優秀な演奏で聴くことができる。

 しかし、「何か」が足りないような気がする。その「何か」は明確にわからないのだが、音楽に滲み出るような切迫感のような緊張が無いように感じる。ある意味において、この演奏は(第2にしても第3にしても)あまりに安心に聴くことができてやや退屈してしまい深い印象にかけてしまうという大きな欠点を持っているように感じるのは私だけであろうか。

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ブルックナー
交響曲第7番ホ長調

ザールブリュッケン放送交響楽団
指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
REC:1991(ARTE NOVA BVCE-6053)

 きびきび、てきぱきとした音楽運びで明瞭なサウンドを聴かせてくれていた同コンビによる第7交響曲を聴く。第5番が1996年、第6番が1997年であるから1991年の録音であるこの楽曲は比較的早い時期に録音されたことになる。またこれはどうやらライヴ録音であるようだ。ところどころで観客の咳払いや指揮者本人の掛け声のようなものなどが聴こえてくる。表記には無いが第2楽章の打楽器使用から類推するにノヴァーク版を使用していると考えられる。

 これら複合的な要因のためか第5、第6番の交響曲に比べてややアプローチが異なるような気がする。この第7番は荘厳で重厚なサウンドで大伽藍のスケールの大きい音楽になっている。その一方で第5、第6のときに感じたレントゲン写真のような明晰さは影をひそめているのだ。

 第1楽章は冒頭の第1主題の歌わせ方が非常に特徴的。第1主題の3小節目、2小節目からタイでつながっている最高音の1拍目の2分音符から2拍目の下がる4分音符に移行するときグリッサンド風に歌うのである。その後もこの主題が現れた時は同じように歌う。これはとても美しく効果的な奏法で非常にユニークである。このように第1楽章はどこまでもレガートに演奏されていて、重厚で滑らかな音楽が展開されていく。
 
 第2楽章は細かい音程が気になるところもあるが、非常に集中度の高い濃密で厳粛な演奏を聴かせてくれる。呼吸の深い深遠な雰囲気に満ちた、ひりひりするような緊張感のある演奏になっている。177小節目への音楽のうねりはすごい。一気に音楽に引き込まれる。さらに素晴らしいのはこのあと有名なワーグナー・チューバで演奏される184小節目からのコラールが絶妙の音色できちんと聴けるところ。

 また他に指揮者などでの演奏では絶頂の177小節目から184小節目までの経過部分をきちんとそして自然につなげることに成功している。この点はさすがスクロヴァチェフスキである。見通しのいい演奏で素晴らしい。

 第3楽章に関しては旋律と対旋律の双方を際立たせることによって音楽の構造を前面に押し出している感はあるが何せライヴ録音であるし、強奏になってしまうと音が混濁してしまい、いた仕方ない部分もある。

 第4楽章はやや早めのテンポであるが音楽は常に潤いを保ちまるで清流のようである。管楽器の強奏でコラール風の旋律を演奏する部分ではサウンドの重さを厳しく絞って筋肉質に束ねて一気に疾走させる。作曲家の指示である「幅広く」という点をあまり気にせず持っていってしまうこの部分に関してはやや疑問が残る。

 全曲を通して考え抜かれている演奏になっている。聴き手も色々発見することができるし、考えさせられる。私の再生プレーヤーが安物のためかもしれないが強奏部におけるサウンドの崩壊が玉に傷である。

 否みにスクロヴァチェフスキは1999年にHNK響と同曲をライヴ録音している。こちらの演奏も素晴らしい。(http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/19343422.html)

 基本的には1991年の当盤とスタイルは変わらないが1999年のNHK響との演奏のほうが録音状態はいい。ただ第3楽章や第4楽章のコラールの部分などの金管楽器の音がザールブリュッケン放響に比べて少々野暮ったさを感じる。

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