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プロコフィエフ
1.交響曲第6番変ホ短調作品111
2.交響曲第7番嬰ハ短調作品131
3.交響曲第7番嬰ハ短調作品131〜第4楽章(終結部改訂版)
ロンドン交響楽団
指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ
REC:2004(PHILIPS UCCP-1118/21 475 7792)
交響曲第6番変ホ短調作品111
第5交響曲の大成功で名実共にソ連の代表的作曲家としてその地位を不動のものにしつつあったプロコフィエフであったが健康を害し体調は思わしくなく田舎の別荘で療養半分にこの楽曲を書き上げた。
初演は1947年、ムラヴィンスキーの指揮、レニングラード・フィルの演奏で行われ大きな成功を収めた。ベートーヴェンへの追慕の念を意図して書かれたとも言われている。
この楽曲は3楽章からなるがそれぞれの楽章があまりに強い独特の個性と雰囲気をもっていて全体の統一感に欠け散漫な構成であるように感じる。
第1楽章は極めて抽象的で難しさのみが支配する楽曲である。第2楽章は所々で聴かれる平明な旋律が田舎の慕情を感じる事が出来る哀愁漂う楽曲である。第3楽章はとても快活で第1交響曲「古典交響曲」の雰囲気をもった比較的わりやすく親しみやすい旋律に満ちている。ただフィナーレはまた第1楽章に感じた抽象的苦渋に満ちた雰囲気になる。
3つの楽章を通して聴くと、まるで統一性を感じないのであるが「暗から明へ」「苦渋から歓喜へ」流れる感覚がこの楽曲から聴いて取れる。
初演(1947年)こそは熱狂的な成功を得た作品であったが翌年には有名なジダーノフ批判にさらされしばらく演奏の機会を失った。
様々な性格を内包した極めて難解な作品といえる。プロコフィエフはこの作品に関して人間のドラマを凝縮したような旨の事を述べているようであるが、まさに複雑怪奇な作品の顛末は天国から地獄、地獄から天国。
栄光と挫折の波乱万丈な運命をたどったこの作品にふさわしい人間臭い作品といえると思う。
例によってゲルギエフの録音はレンジの狭い音響。このサウンドで聴く第6交響曲はストレスがたまる。哀愁漂う部分(特に第2楽章)においても緊張感がとれず窮屈に感じるし終楽章のはじける部分もどうも消化不良ですっきりしない。
始めから最後まで気難しくて変な緊張感を強いられているようで肩が凝る。楽曲のせいもあるのだろうけれどもはっきり言って一度聴いたらもうあまり聴きたくない演奏だ。一度聴けばもう十分。
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