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プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26
1.ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品16
2.ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26
ウラディーミル・クライネフ(Pf)
フランクフルト放送交響楽団
指揮:ドミトリ・キタエンコ
REC:1991,1992 (TELDEC 4509-99698-2)
第2協奏曲で奇才ぶりを示したプロコフィエフはその後も歌劇「三つのオレンジへの恋」やバレエ音楽「道化師」などを次々と発表し現代作曲家としての地位を着々とゆるぎないものとしていく。
ただ、ロシア革命による国内世情の混乱を嫌がったプロコフィエフは日本経由でアメリカへと亡命する。この協奏曲は、ロシア革命の年、つまり1917年に祖国ロシアで着手された。しかし革命の混乱を嫌気し翌年祖国を脱出したため一時作曲は中断された。
アメリカに移住したプロコフィエフは度々ヨーロッパにも出かけていたため完成したのは1921年のパリでのことだった。
プロコフィエフの強烈なモダニズムに行き着く少し手前の作品ということもあり過激な現代性はある程度影を潜めるものの、かなり難解な楽曲であり、聴いていて心地よさはない。
しかしプロコフィエフ独特の麻薬のような官能性が随所に現れ、この捕らえどころのない不思議な感覚に聴き手は麻痺をしていく。
複雑怪奇な旋律に翻弄され、圧倒され意味不明さに思わず納得をしてしまうのだから不思議な楽曲だ。
ちなみに第3楽章では日本滞在中に聴いた長唄の「越後獅子」にヒントを得たといわれる旋律が聴かれる。
本音で言えばとにかく難しくて印象に残らない。それでいて20世紀を代表する有名なピアノ協奏曲の一つに数えられているのだから、この時代の最先端の音楽はどこか異常だと個人的に思う。
演奏に関しては、はっきりとした録音でいいのだが、音楽そのものがどうなのかよくわからない状況なのでこの点に関しどうかと問われても答えが出ないのが本当のところ。
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