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プロコフィエフ
1.交響的絵画「夢」作品6
2.秋のスケッチ 作品8
3.交響曲第1番ニ長調作品25「古典」
4.交響曲第2番ニ短調 作品40
ウクライナ国立交響楽団
指揮:テオドレ・クチャル
REC:1995(NAXOS 8.553053)
交響曲第2番ニ短調 作品40
この曲は1918年に革命の混乱を逃れるために日本〜アメリカ〜パリと各地を転々とした末に1924年頃パリで作曲された作品で、作曲者自身の言葉のとおり「鉄とはがねでできた交響曲」である。
耳を劈く音塊の激しい衝突と跳躍に聴き手は最初、驚きと嫌悪感を抱くに違いない。
この作品はパリで活躍していたフランス6人組(ミヨー、オネゲル、プーランクなど)などの影響を受けそれ以上の現代的な作品をと書いた野心的な作品である。
当時現代音楽家の擁護者でもあったクーセヴィツキの依頼によって作曲されクーセヴィツキによって初演された。そしてこの楽曲はプロコフィエフからクーセヴィツキに献呈されている。この初演パリで行われたのだが聴衆の賛同を得ることが出来ずに彼は相当落胆したらしい。
楽曲は2楽章構成。第1楽章は先にも記したが「耳を劈く音塊の激しい衝突と跳躍」の連続でこの音楽を云々する言葉は見当たらない。ただただ凄まじい「音の連続」であり「音楽」とは言いがたい。
第2楽章は8つの部分からなる変奏曲。静かで幽玄な雰囲気ではじまる主題はアメリカに赴く前に立ち寄った日本で起草されたらしい。日本の幻想的な夜を思わせる。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の世界を感じたのは私だけ?
曲想が激しくなる第2変奏などはラヴェルとドビュッシーとストラヴィンスキーの雰囲気がごったになったような不思議さがある。
白眉は第4変奏。妖艶な雰囲気のなまめかしく怪しげな美しさは他に例えようがない。
この不安定で微妙な雰囲気は後のシェーンベルクや武満徹に通ずるような気がする。妖艶で神秘的なサウンドは危険な匂かするが引きつけられる。なにか麻薬のような感じだ。
第5変奏はストラヴィンスキーのペトルーシュカを思わせる。意味不明の絶叫と騒音があたりを包む。
最後の変奏、第6変奏は巨人の歩行のように重い楽想で開始され徐々に盛り上がり金管が咆哮する。まるで悪魔の踊りだ。
最後に(日本で起草されたという)幻想的で美しい主題を再度奏でて神秘的に静かに終える。
この交響曲第2番は第1楽章の「耳を劈く音塊の激しい衝突と跳躍」と第2楽章の主題「妖艶で神秘的な美しさ」の見事な対比が一見(一聴?)無機的とも思える旋律に有機的な何かを感じさせる事の出来る構造美が存在するのではないかと思わせる。何度も聴くとその真理に少しだけ近づく事が出来るような気がする。
さて今日の演奏はウクライナ国立交響楽団とテオドレ・クチャルの指揮によるもの。「古典」交響曲でも聴かせてくれたような包容力のある演奏だった。
やはりNAXOS特有の残響音があるがこの演奏ではそれがむしろプラスに働いたような気がする。第1楽章の暴力的な音楽では音がブレンドされ暴力的というよりむしろダイナミックな印象を与えるし第2楽章は程よい残響のおかげで妖艶さや神秘性が際立つ結果となった。
音響もさることながらウクライナ国立交響楽団の暗めの音色がこの楽曲にはもってこいだったと思う。テオドレ・クチャルの雰囲気をつかみ自然な流れを作り出す指揮は素晴らしい。癖がなく純粋に音楽が楽しめる。
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