モーツァルト 1.交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」 2.交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」 3.交響曲第40番ト短調K.550 4.演奏会用アリア「いえ、いえ、あなたにはできません」K.419 5.歌劇「フィガロの結婚」K.492〜カヴァティーナ「愛の神よ、照覧あれ」 6.歌劇「魔笛」K.620〜アリア「なんと美しい絵姿」 ルート=マルグレート・ピュッツ(S)[4] エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)[5] フリッツ・ヴンダーリヒ(T)[6] シュトゥットガルト放送交響楽団 指揮:カール・シューリヒト REC:1956[1,2],1961[3,4],1959[5,6] (hänssler CD93.152[080626-500(350)BOMN]) 枯淡の境地を感じさせるシューリヒトの指揮者としての職人的な芸風を堪能できる一枚である。もとよりシューリヒトはモーツァルトを得意としていたようである。この録音は1956年から1961年にかけての放送録音。シューリヒトの晩年に結びつきの強かったシュトゥットガルト放送交響楽団の演奏である。 明朗快活な音色とはっきりとした切れ味のあるサウンドは特筆すべきものがある。この録音はすべてモノラル録音であるが極めて音がクリアである。指揮者とオーケストラの息もぴったりといった感じで「ハフナー」交響曲の前のめりにすすんでいく音楽の推進力はモーツァルトに感じる優しさは皆無で、極めて淡々と音楽が流れていく。その一方で音楽が音楽たる所以を細かな部分でしっかりと聴かせてくれる、ないしは感じさせてくれる。 モーツァルトがシューリヒトのフィルターにかかると淡白な雰囲気であるけれど極めて味わいのある説得力のある音楽に変化しているのを感じる。具体的にいえばテンポは快速、サウンドに色気がある。微妙なアゴーギグに説得力をもたせ、しかもそれを何気なくやって見せる。これをモーツァルトでやってのけるのだからシューリヒトの芸風は驚愕である。この要求に完璧なアンサンブルで応えるシュトゥットガルト放送交響楽団の演奏技術の高さにも驚く。 「ハフナー」と「プラハ」交響曲は録音もよくきりりとした演奏で満点である。第40番のト短調交響曲は音質がやや落ちるが輪郭の整った硬派な演奏に納得。 3つの交響曲に併録されている3つのアリアのなかではピュッツの歌う演奏会用アリア「いえ、いえ、あなたにはできません」K.419の見事なコロラトゥーラが抜きん出ている。思わず歌に引き込まれてしまう。とにかく素晴らしい。シュヴァルツコップの歌う「フィガロの結婚」のカヴァティーナはしっとりとした往年の名歌手の味わい深い歌声が満喫できる。ヴンダーリヒによる「魔笛」のアリア「なんと美しい絵姿」も朗々とした肉厚な歌唱に圧倒される。 オリジナル楽器などによる回帰主義的な演奏が主流を占める中にあって、交響曲もアリアも古きよきモーツァルトの演奏像を再度気づかせてくれる最高の演奏である。モーツァルトの交響曲がここまで変化に富んで心をひきつけるとは、正直驚いた。カール・シューリヒトをしてモーツァルとを再度発見した感じである。 昨日のケンペの演奏とこのシューリヒトの演奏は(録音時期はほとんど同じであるが)根本的に異なる演奏スタイルである。 ともに楷書風に一気に音楽を推進させていく点では同じである。腰の座った終始一貫した雰囲気で実直に進めていくのがケンペであるのに対し、シューリヒトの演奏はテンポの微妙な変化や場面場面における雰囲気の変化(この変化こそモーツァルトの音楽に欠かせないもの!)が頻繁で変化に満ちており音楽が生き生きと本当に自らの意識を持ってすすんでいく雰囲気を持っている。この意味においてもシューリヒトのモーツァルトにおける演奏の職人的な芸術には一日の長があるはずだ。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 音楽レビュー




