クラシック音楽とうさぎの日常

久々に。秋が深まるのでしばらくブラームスで。

今日のCD(トピックス)

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(ハース版)

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:セルジュ・チェリビダッケ
REC:1993(EMI TOCE-9803/4)

 ブルックナーといえばチェリビダッケを忘れてはならないであろう。ギュンター・ヴァントと双璧をなすブルックナー指揮者であるがそのスタイルは全く異なる。
 
 一つ一つの音やフレーズへの意味付けが非常に濃くて説得力があるというより説き伏せられる感覚。禅に興味を持ったチェリビダッケらしい悟りの境地のような世界観がこの演奏にはある。
 
 確かにテンポは遅めであるが強靭なリズムが各所で冴え渡っており淀んだり間延びしたりする事は決してない。集中度の高い稀有な演奏である。

 さらにこの時代におけるミュンヘン・フィルの技術の高さには驚かされる。ライヴ録音のはずなのに全く傷がない。極度の緊張状態がこれほど長く続き一点の淀みも感じないのだから改めてチェリビダッケという指揮者の偉大さを感じる次第である。

 チェリビダッケは相当偏屈な人間であったらしく録音を嫌悪し存命中には正規の録音はほとんど皆無(映像はあったが)であった。そのためかなりの数の海賊盤が高値で売買されていた。私もこの幻の指揮者のブルックナーが聴きたくて何枚となく(紫色や緑色のジャケットだった!)粗悪品のCDを買っては感動していた。

 1996年にチェリビダッケが没した後、1999年にEMIから正規録音が発売された。海賊盤でしか聴けなかったチェリビダッケのブルックナーがすばらしい音質で聴けるに及びとてつもない感動を得ることが出来たのは昨日のように思い出す。

 その後、ヴァントやスクロヴァチェフスキ、ティントナーなどの録音が取り上げられるようになり今改めてこのチェリビダッケの録音を聴くにつけて、その音楽性の深さと説得力、そして何よりミュンヘン・フィルのとてつもない技術の高さに、心の底から感心している。

 テンポの遅さで奇人変人と思われている節のあるチェリビダッケであるが、この第5交響曲は第2楽章の特異すぎる遅さを除けば、はかねがね一般的なテンポ設定の枠を外れないものである。

 とにかく隅から隅まで研ぎ澄まされた完璧な音楽である。ここでの完璧はチェリビダッケの理想とするブルックナーの音楽がそこの再現されているという点で完璧という意味である。

 深く強く柔らかくすべての意味で完璧なサウンド。本当に言うことなし。素晴らしすぎるミュンヘン・フィルの音色には言葉はない。

 さらに特記すべきはティンパニの正確かつ豪快な打ち込みであろう。音楽を引き立て、ただでさえ遅いテンポであるチェリビダッケの音楽をよどみなく前へ前へ持っていくリズム感の素晴らしさは名状しがたいものがある。

 その名はペーター・サドロ。ミュンヘン・フィルの有名なティンパニストである。

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(ハース版)
ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ロベルト・パーテルノストロ
REC:2001(DOCUMENTS 232766E)

 最近信じられない廉価で発売されたヴュルテンベルク・フィルとオーストリアの指揮者ロベルト・パーテルノストロのコンビによるブルックナー全集が話題を呼んでいる。

 ヴュルテンベルク・フィルといえば2001年より日本人の指揮者、飯森範親が音楽監督を務めて来日もしており日本でもお馴染みのオーケストラである。

 これは、飯森範親の音楽監督就任前の1991〜2001年に同管弦楽団の音楽監督を務めたロベルト・パーテルノストロの指揮によるブルックナーで、1997年から2006年にかけて同管弦楽団の本拠地のあるロイトリンゲンにほど近いヴァインガルテンという街にあるバロック様式の聖堂バシリカにおけるライヴ録音である。

 さてこの第5交響曲は今日からちょうど8年前の2001年6月23日の録音である。正攻法の演奏で教会の残響が印象的である。響きをよく計算した演奏であり、フォルテ(強奏)の後は音が混濁しないように丁寧なピアノ(弱音)で処理をするところなどはエコーのように響き合い実に興味深い。

 第4楽章のコラールの始まる印象的な金管楽器による主題の奏法などは他にない非常にユニークなもので、響きをとても大事にしている事がわかる。指揮者もオーケストラもこの教会の響きを熟知している様子が感じられる。

 一方で弦楽器の音色に深みが感じられず、楽曲後半から集中力を欠いたようなアンサンブルの乱れなども散見される。金管楽器のバランスにも問題がある(ホルンがほとんど聞こえない)が特殊な環境下におけるライヴ録音のやむを得なさであろう。

 ただそういった弱点があるにせよとても幻想的で荘厳なブルックナーをここに感じる事が出来る。

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(原典版)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ダニエル・バレンボイム
REC:1991(WARNER 2564 61891-2)

 感情表現豊かなブルックナーである。特徴的なのはテンポの揺らぎである。その意味においてはバレンボイムが公言しているようにフルトヴェングラーの影響を多大に受けている感じがこの演奏からも感じられる。スクロヴァチェフスキやヴァントのような綿密な自己の設計図とおりの堅固な構築性とは完全に一線を画したロマン情緒あふれるブルックナーである。このような雰囲気の演奏スタイルは現在の風潮と照らし合わせるとやや時代錯誤的な感もするが、現状ここまで感情に左右されたファジーなブルックナーを真剣にやっているのはもはやバレンボイムくらいではないだろうか。

 スクロヴァチェフスキやヴァントなどに代表され新たな即物主義と朝比奈やティントナーのような中庸な表現、チェリビダッケのような特異な表現、学者肌的なインバルの演奏がひしめく中にあってこのバレンボイムの表現は古臭くもありそれを無骨にそして露骨に表現する演奏に妙な新鮮味を覚えてしまう。
 
 終楽章のテンポの揺らぎといったら・・・ここまでやると本物に聴こえてくる。もちろん何が本物で何が偽者なのかなど音楽の世界においてはまったく意味のないことなのかもしれない。しかし個人的な本物と真逆の演奏スタイルであるにもかかわらず聴いているうちにある種の説得力をもつようになってくるから恐ろしい。

 このバレンボイムの演奏はティントナーやスクロヴァチェフスキ、ヴァントにはまずありえないアッチェルランドやリタルダンドの応酬が特徴的で、その意味では飽きない演奏である。しかしこの恣意的な演奏は統一感がなくてなんだか意味的によくわからなくなってしまう。

 ところが演奏しているのは天下のベルリン・フィル。すごく上手くて、これほどめちゃくちゃな指揮に完璧に反応しているのだからすごい。

 いや、まてよ・・・。フルトヴェングラーの演奏がこんな感じであったのだ。であるから世代は超えているかも知れないが、感情移入の激しすぎるこういった演奏こそがベルリン・フィルにおいて本流であったともいえる。

 だからこそ、聴いているうちにある種の説得力をもつということが感じるのかもしれない。

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調 

ケルン放送交響楽団
指揮:ギュンター・ヴァント
REC:1974(RCA BGM BVCC-8915/16)

 ギュンター・ヴァントはブルックナーのスペシャリスト。1990年代後半に大活躍してマエストロにふさわしい名指揮者として一躍時の人となった。文字通り大器晩成の巨匠である。

 1939年から1973年までドイツにあるケルンという街のオペラハウス(ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団)の指揮者としておよそ30年にわたってその音楽人生を送った。その後1982年から北ドイツ放送交響楽団の首席指揮者になった頃から急速に認められるようになる。

 ブルックナーの録音はケルン放響(1974:当盤)、北ドイツ放響(1989)、ミュンヘン・フィル(1995)、ベルリン・フィル(1996)、北ドイツ放響(1998:DVD)の録音などがある。

 ケルン放響のフレキシブルなサウンドがヴァントの方向性を明確なものにしている。きりりとした折り目のある音楽と決然としたサウンドが印象的。

 少し速めのテンポで感傷的にならずぐいぐいと音楽を引っ張っていく。その一方で細かな部分においては妥協を許さない正確な音楽がきっちりと明確に提示されている。リズムも絶えず弛む事がなく厳しいまでに迫ってくる。

 この妥協のない厳しいいきり立つような強烈な集中力には少々辟易ともするし疲れも感じる。ヴァントの壮年期の貴重な録音である。頑固一徹、妥協のない徹底した厳しいブルックナーがここにある。


参考
ヴァント、ミュンヘン・フィルによるブルックナーの第5交響曲
http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/54401508.html

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ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(原典版)

フランクフルト放送交響楽団
指揮:エリアフ・インバル
REC:1987(TELDEC WPCS-6045)

 イスラエルの名指揮者、エリアフ・インバル。1974年から89年までフランクフルト放送交響楽団の首席指揮者として活躍しブルックナーの交響曲全集(1982年から88年)、マーラーの交響曲全集(1985年から88年)を相次いで録音し非常に話題となった。

 特にマーラーの録音はバーンスタインと対極にあるスタンダードな演奏として誉れ高いし、このブルックナーの録音は第1稿に焦点を当てた実に興味深い録音となった。

 今日はブルックナーの第5交響曲。放送交響楽団らしく非常に機能的なサウンドで理知的、快活なサウンドである。テンポもかなり速めに設定されていて深みやコクなどとはほど遠い極めてメカニックで都会的なシャープな演奏である。

 第2楽章の演奏などはシュールすぎる。確信的にそっけなくあっさりと演奏しているところがなんとも心憎い。この雰囲気が第3楽章では非常に効果的な印象を与える。終楽章も勢いをそのままに突っ走っていく。

 個人的にこの終楽章は神々しく重厚なサウンドが降り注いで欲しかったのにそっけなさが続きサウンドが逆に乱暴に聴こえてしまいバランスを大きく崩してしまっている感じがして残念。テンポもあまりに速くフィナーレはもうなんだか訳がわからない。第1〜第3楽章までは特徴のある主張する音楽であったのに最後の最後で崩れてしまった感じである。

 第1〜第3楽章が非常に納得のいくものであったのに最後の意味不明な勢い任せのテンポと力任せで乱雑な瓦解したサウンドに不満を覚える。シュールでそっけない都会的な終楽章を期待していただけに非常に残念なフィナーレである。

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