クラシック音楽とうさぎの日常

久々に。秋が深まるのでしばらくブラームスで。

今日のCD(トピックス)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

ブルックナー
交響曲第6番イ長調

ニュージーランド交響楽団
指揮:ゲオルク・ティントナー 
REC:1995(NAXOS 8.553453)

 ゲオルク・ティントナーの指揮によるブルックナーの交響曲全集における最初の録音(発売順は第5番に続いて2番目)交響曲第6番である。オーケストラはニュージーランド交響楽団。
 
 比較的ゆったりとしたテンポで始まるが旋律が深く息の長い包容力のある暖かなサウンドで聴かせてくれるあたりはさすがティントナーであると思わせる。第5番ではやや淡白に感じる面もあったが第6番ではテンポこそ颯爽とした凛としたものを感じさせるものの淡白な感じはあまり受けない。
 
 ニュージーランド交響楽団という決してメジャーでないオーケストラが第5番のときのロイヤル・スコティッシュ管の様に尋常ならざる集中力で迫ってくる様子がびんびんに感じられる演奏で思わず飲み込まれてしまう。
 
 凛としたリズム、颯爽としたテンポ、包容力のある温かなサウンド、そのすべてが非常にこの第6交響曲に合っているように思う。ブルックナー特有の場面場面における雰囲気(旋律やリズム)の突然の変化における対応も自然で見事というほかない。
 
 ティントナーの虚飾のないストレートな表現が心に響く名演と言っていいだろう。ニュージーランド交響楽団の健闘ぶりも特筆に価する。
 
 アイヒホルンほどの神々しさは感じない。同時にデニス=ラッセル・デイヴィスほど都会的で洗練されたものでもない。ティントナーのこの演奏は両者の真ん中をいく理想的な演奏といえる。

イメージ 1

ブルックナー
交響曲第6番イ長調(ノヴァーク版)

リンツ・ブルックナー管弦楽団
指揮:デニス・ラッセル=デイヴィス 
REC:2008(ARTE NOVA 8869731989 2)

 リンツ・ブルックナー管弦楽団の首席指揮者は1975年から83年まで首席指揮者を務めたテオドール・グシュルバウアーの代からその名声を高める事となった。その後ローマン・ツァイリンガー(1983〜85年)、マンフレート・マイヤーホッファー(1985〜91年)と続き、1992年から2000年までマルティン・ジークハルトが首席指揮者を務めた。
 
 先日聴いたアイヒホルンは1984年からこのリンツ・ブルックナー管弦楽団の名誉指揮者となりこのブルックナーの録音を開始したようだ。あくまで名誉指揮者としてこのオーケストラとかかわりをもっていたようである。
 
 今日聴くのはマルティン・ジークハルトの後を受けて2002年より首席指揮者に就任したアメリカ出身の指揮者デニス・ラッセル=デイヴィスのブルックナーである。
 
 デニス・ラッセル=デイヴィスは現在まで第5交響曲を除くブルックナーの交響曲をすべて録音しており、全集完成まであと一歩のところまできている。
 
 良くも悪くもオーケストラの響きは洗練されていて見通しがよく明瞭である。それゆえ、15年程前に録音されたアイヒホルンとの演奏におけるオーケストラの「神々しいほどの輝き」は感じられない。現代音楽に精通したデニス・ラッセル=デイヴィスらしく、オーケストラのサウンドは、より機能的に効率的に展開されていく。
 
 スタイリッシュで都会的、お洒落なブルックナーを聴くことが出来る。流れとしてはボルトン・モーツァルテウム管のブルックナーである。あとは聴き手の好みであろう。同じオーケストラなのにここまであっさりとしてしまうともはや別のオーケストラである。室内オーケストラを聴くような感覚である。
 
 アイヒホルンの指揮する演奏のときに「第4楽章の緩徐部分に聴かれる特徴的なやや複雑な和音の処理が曖昧に感じられる部分があり残念。もっと入念な処理を施してもらいたかったところである」という感想を持ったが、デニス・ラッセル=デイヴィスの指揮する演奏に関してこの部分については素晴らしい。複雑な音楽をきりりと整理して自然なサウンドで提供する事に成功している。
 
 いやはや、まさに時代と指揮者によって全く変わるのだなとふたつの音楽(アイヒホルンの指揮する演奏とデニス・ラッセル=デイヴィスの指揮する演奏)を続けて聴くとつくづく思う。
 
 演奏時間を見るとアイヒホルンの指揮する演奏よりもデニス・ラッセル=デイヴィスの指揮する演奏のほうが幾分長いのだが長さを感じさせないすっきりとした爽やかな感覚がこの演奏の感想である。

イメージ 1

ブルックナー
交響曲第6番イ長調(ノヴァーク版)

リンツ・ブルックナー管弦楽団
指揮:クルト・アイヒホルン
REC:1994(CAMERATA CMSE-438[080823-4998DUK])

 ブルックナーの交響曲において比較的地味な存在である第6交響曲であるが牧歌的で平明でわかりやすい(その意味においてしばしばブルックナー的でないと言われる)楽曲である。第1楽章の第一主題がどこか中東風な、エスニックな匂いがすると感じるのは私だけであろうか?それだけ特徴的な楽曲である。
 
 アイヒホルン、リンツ・ブルックナー管の演奏は実に堂々としていて神々しいほどの輝きをもっている。本当に素晴らしい。
 
 何しろリズムがしっかりとした強靭なものであるから重厚なサウンドがそれほど重く感じない。濃密でありながらも美しい音楽が展開されている。
 
 第2楽章の美しさも特筆に価する。中ごろ(8分くらいから)でやや集中力をきたす部分がないわけでもなくこの部分は残念である。
 
 第3楽章のスケルツォ楽章はそれほどエッジが立った演奏にはなっていないので柔らかで優しい雰囲気である。その意味においてはリズムがややあまくなっている雰囲気がある。
 
 第4楽章は堂々としていながらも実にしなやかで第6交響曲の持つ優しい牧歌的な雰囲気が全面に感じられ好感が持てる。一方でこの第6交響曲の第4楽章の緩徐部分に聴かれる特徴的なやや複雑な和音の処理が曖昧に感じられる部分があり残念。もっと入念な処理を施してもらいたかったところである。
 
 全体的には柔和で優しく美しい第6交響曲の特徴がよく感じられる素晴らしい演奏であるといえる。

 画像は分売によるジャケットのもの。


参考
アイヒホルン/リンツ・ブルックナー管によるブルックナーの第5交響曲
http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/58956068.html

イメージ 1

ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:セルジュ・チェリビダッケ
REC:1986(Altus ALT 138/9)

 チェリビダッケは1970年代から90年代にかけて数回(5回?)来日している。今日聴く録音は1986年にミュンヘン・フィルとはじめて来日した際の公演のライヴ録音である。某FM放送局によって放送録音される予定であったものが開演5分前になってチェリビダッケの意向により放送録音は急遽キャンセルされることになった。

 この録音はこのときの関係者の判断によって極秘裏のうちに録音された。チェリビダッケが録音を許可しなかったために長らく倉庫に眠っていた録音であったが、当人の死後に遺族の許可を得た上で20年という時を経てようやく日の目を見る事の出来た録音である。

前回聴いた1993年のEMIへの録音と基本的なコンセプトは同じである。ところがこれは腰を抜かすほどの名演である。ライヴ録音ということもあり強烈な集中力があってこれは他を圧倒する。渾身の演奏である。

 録音状況も素晴らしく、オープンしたてのサントリーホールの伸びやかな響きがまたたまらない。終始ふくよかなサウンドで響きが金属的にならず温かくも厳格に響きが構築されていく。

 個人的には93年の瞑想の極地にあるようなEMIの録音よりサントリーホールにおける独特な熱気に包まれた86年の当盤の録音の方が幾分まさっていると思う。

 発売当初は4000円近くしたこのCDが1000円くらいで売られていた。目をつぶってでも買うべきだと思ったが、実際に録音を聴いてみて自分の判断に微塵の間違いがないことははっきりした。

 あくまで個人的な感想であるがこのCDはブルックナーの第5交響曲におけるベストな演奏であり録音であると断言したい。

 参考
 チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルとのブルックナーの第5交響曲(1993年のEMIへの録音)
 http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/59224283.html

イメージ 1

ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調(原典版)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ギュンター・ヴァント
REC:1996(RCA  BVCC-1510)

 今から10年以上前の1996年に録音、発売された、当時同曲の決定的名盤と謳われたギュンター・ヴァントとベルリン・フィルによる名演を聴く。

 先日にも書いたがヴァントによるブルックナーの第5番はケルン放響(1974)、北ドイツ放響(1989)、ミュンヘン・フィル(1995)、ベルリン・フィル(1996:当盤)、北ドイツ放響(1998:DVD)の録音などがある。

 このうち北ドイツ放響との録音は未聴であるがやはりこのベルリン・フィルとの演奏は圧巻と言うか度肝を抜かれる壮絶な演奏である。

 ケルン放響との演奏に聴かれた神経質なほどの緻密さやミュンヘン・フィルとの演奏に聴かれた官能的ともいえる美しさとは一線を画する、無骨で豪快な側面がこの演奏からは感じられる。

 この演奏における様々なレヴューをみると、録音の悪さなどを指摘される方も多いようであるが、ライヴ録音であるがゆえのストレートに響く音色にあるのかもしれない。最近では同録音がSACDで発売されており音質も格段に向上しているようである。

 豪快に放射される音と音が交わらずに強烈にぶつかり合うような、熱気を帯びた演奏がこのヴァントとベルリン・フィルの演奏の本質のように感じる。

 ヴァントの音楽の方向性、つまり感傷的にならず折り目正しくきっちりとした音楽を展開する音楽の本質は、ケルンやミュンヘンもベルリンもあまり変わらず筋が通っている。

 確かにこのベルリン・フィルとの演奏は緊迫感や緊張感、熱気と豪快さの上では名演であることに違いがないが(よく言われる録音が良くないから?)各パートのエッジが強くて音楽が縦割りされている感じが強く横へのつながりに欠ける気がしてならない。その意味においては粗雑に感じられてしまう場面もある。

 1997年1月号のレコード芸術に掲載されているこのCDの評価は非常に高く絶賛されているが、ヴァントの指揮するブルックナーの第5交響曲において1995年録音のミュンヘン・フィルとの演奏が聴ける現在において必ずしもこのベルリン・フィルとの演奏がベストであるとは断言で気ないと思う。
 
 このような点を考慮して総合的に考えると(NDRのものを聴いていないからなんともいえないが)ブルックナーの持つ深淵性がより前面に出ているかつて聴いたミュンヘン・フィルとの演奏がヴァントのブルックナーの第5交響曲におけるベストになると個人的には思う。
 
 このベルリン・フィルとの録音はヴァントの作った折り目正しい枠組みの中で各パートの音が生々しくぶつかり合って言いようのない熱気に包まれた演奏である。それに対しミュンヘン・フィルの録音は各パートの音色が実に繊細で美しく角のないまろやかなものになっていて音楽全体を覆う美しいベールがあるのが特徴的である。すべての音色が素晴らしく交じり合い言いようのない美しさを醸し出している。これはチェリビダッケの作り出した極上のサウンドに規律正しいヴァントの音楽が融合した格別なサウンドである。

参考
ヴァント、ミュンヘン・フィルによるブルックナーの第5交響曲
http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/54401508.html

ヴァント、ケルン放響によるブルックナーの第5交響曲
http://blogs.yahoo.co.jp/qq473ms9/59102265.html

.
ちぇり
ちぇり
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事