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米軍との同居生活 (102ページ)
BK本館五階の一室の扉の一枚に、ペンキの下に 「進駐軍関係者以外立入禁止」 の文字がかすかに読み取
れる。終戦直後、BKの建物を接収した米軍が米軍向け放送(コールサインWVTQ)を八年間出していた当時の
名残である。
(一部省略)
昭和二十年九月和歌山に上陸したアメリカ陸軍第六軍第一軍団は大阪に進駐、百貨店、銀行、病院など
大きなビルを次々と接収していった。BKも爆撃の標的からはずされるほど重要な拠点として、三、四、五、六、
七階の一部ないし全フロアを接収された。
(一部省略)
(108ページ
レッドパージ
二五年七月十四日、BKビルのエレベータの中で、共産党員がパンフレットを配布しているのを発見され
、押収される事件が発生した。
翌朝、バーンズ隊長が 「共産党の同調者を建物から追放する」 と宣言し、その理由として 「韓国向け
の米軍に放送してる当局舎の破壊工作を進めている」 と延べ、直ちに拳銃着用のカービン銃持った
軍曹二名を従え、私に通訳をさせてBK職員五名に対し三分以内に出ていけと追放し、二日後にも4名
を追放した。その後も同調者の追放がおこなわれた。続いてNHK全域で追放が始まり全国的な
レッドパージへと広がっていった。
レッドパージは何故NHKから始まったのか。バーンズ大尉の独断節とGHQ説があるが、三十年後
私がスタンフォード大学を訪ね、バーンズ氏にこの問題を話した時、
「BKで口火を切ったあと、一週間ほどGHQから冷たく対応された感じだったが、半月ぐらいしてGHQが
本格的にパージに乗り出した」と話してくれた。しかし依然真相は判らない
(当時・〇〇課通訳担当)
☆ ⇒ 拳銃着用の部分は銃剣着用ではと思います
☆ ⇒ 隊長・大尉 についてはどちらかに統一したほうがよいとかんがえます
〇〇以外は原文のまま引用。
109ページ
付記
NHK職員百十九名解雇
朝鮮戦争開始直後の一九五〇年(昭和25年)七月十五日NHK大阪放送局でおきた五名の職場
追放は、以後の放送、新聞界のレッドパージ、そしてまもなく全産業で吹き荒れた1万2千名に
のぼるレッドパージのまえぶれであった。
大阪局では、このあと3回にわたってあわせて二十一名が 「施設立ち入り禁止」 命令で職場から
追い出された。そして七月二十八日、全国九十九名のNHK職員が解雇を言い渡された。
さらに八月二十三日に15名が追加され、解雇者はあわせて百十九名におよんだ。
ジャーナリズム関係のパージは、全部で七百名だったが、NHKがもっとも多かった。BKの解雇者は
12名、他に劇団関係者四名が契約を打ち切られた。
解雇者は大阪地裁に解雇無効の仮処分を申請したが、占領軍の命令ということで却下された。
解雇者は出版者、教育関係などに新しい職を求めたが、再就職に苦労を重ねた。レッドパージは
朝鮮戦争遂行のために、反体制派を一掃しようとする占領軍によるものだが、BKでのパーンズ隊長
の最初の命令は、機を見ての独自判断によるものと見られる。(S)
(以上引用おわり)
NHK大阪の七〇年記念誌〜
この記念誌としてはなんとなく省いてしまいたいことを率直に掲載してる、この姿勢があるあいだは
、、しかし、、いま、、さまざまな干渉が包囲を〜
戦争とは
☆利用目的のあるものは攻撃目標からはずす(放送局・他)
☆目的遂行(朝鮮戦争)のためには、なんでもする、(邪魔者を排除⇒戦争に反対する人々)
ことなんだろう
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