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スージー鈴木著「1979年の歌謡曲」を読了。実に面白かった!
1979年の名曲、迷曲の数々を見事に考察し、懐かしさとともに、あの頃の曲がいかにすばらしく、また自分の心の中には今も生き続けているのだ!ということが実感できる本でした。
スージーさんは1979年当時中1。私は2学年下で当時小5。たった2歳の差とはいえ、中1と小5の差はデカいです。
ゴダイゴ「ホーリー&ブライト」の「holy」の意味を辞書で調べたり、初めて買ったアルバムが「OUR DECADE」というエピソードなど、所々に中1のお兄さん的視点が感じられました。
小5の私は、毎週木曜に「ザ・ベストテン」を見て、土曜はFM東京の「コーセー化粧品歌謡ベストテン」を、日曜は「ドレミファドン」を見たあと、文化放送の「全日本歌謡選抜」を聴いて、夕方6時から「レッツゴーヤング」を見るだけの、歌謡曲好きな普通の子供でした。
ただ当時の思い出として、同じだなぁと思える所も多くて、例えば1979年のレコード大賞新人賞のメンツを見て「今年は地味だなぁ」と、私も思った記憶がありますし、「ピンクレディーは終わったなぁ」と感じた記憶もあります。
1979年を振り返ってみると、私が小5当時一番好きだった曲は「銀河鉄道999」でした。あの曲の疾走感、宇宙を走り抜けていくようなメロディー、小5では絶対に歌いこなすことができない、途中からの英語の歌詞の雰囲気のかっこよさ!1979年の数多くの大ヒット曲の中でも、小学生への浸透度、人気も№1だったと思います。
当時は普通に好きな曲という感じで、その偉大さに気付かなかったのが、数年後、数十年後になって、あらためて「やっぱりあの曲スゴイよなぁ」と思える曲が多いのが、1979年の特徴だと思います。
そんな曲の中でも特に個人的思い入れの強い曲が、「真夜中のドア」と、「夜明けのマイウェイ」です。
「真夜中のドア」は、「あの頃の都会」を強く感じます。それは本当にちょうど1979年位という感じで、その数年前でも数年後でもなく、1979年位。何なんだろう?自分が子供の目で見て感じた、大人達が行き交うおしゃれな都会の、大人の恋愛模様みたいな。たぶん、それは松原みきの歌っている姿に子供心ながら「きれいだなぁ」と思っていたからか、ちょっと憧れのような、そんな世界を感じていたのでしょう。
今でもyoutubeで、当時の映像を見ますが、やはり綺麗だし、歌声もすばらしい!
スージーさんが、歌詞を引用して、松原みきへの想いを綴られた文章に泣けました。
そして、この本で一番うれしかったのが「夜明けのマイウェイ」のことです。
この曲も、「ちょっとマイウェイ」も大好きでした。でも80年代の10年間位は忘れてて、あるとき、久しぶりにこの曲のすばらしさを思い出し、アルバム「カリフォルニア・グレープフルーツ・フレッシュ・オレンジジュース」を購入し聴いたところ、他の曲も含めて全曲すばらしすぎる!と驚嘆してしまいました。
ドラマのいろんな場面のバックにさりげなく流れていた曲の数々が、10年以上経っても完璧に覚えていることに驚きました。聴いているとドラマの映像がよみがえってくるようでした。音楽がドラマと完璧にマッチしていた、ということなのでしょう。最高のサウンドトラックアルバムでした。
「夜明けのマイウェイ」は、その中でも主題歌として、一番ポップでキャッチーで、何度聴いても、何か清々しい気持ちになります。本当に名曲だと思います。
この曲をスージーさんも高く評価されていて、とてもうれしくなりました。
また、作詞家・桑田佳祐について熱く語っているところも、うれしくなりました。
「太陽を盗んだ男」が公開され、「江夏の21球」、箕島対星陵の延長18回があった1979年。
自分の中でも、とても印象的なこの年を、見事にまとめていただいたスージー鈴木さんに感謝します。
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ご訪問ありがとうございました!拙もこちらの御記事を拝読させていただきます。
スージー鈴木さんのように、こういう素晴らしい本を私も書けるようになりたいです。
拙は1979年に大宮市の新星堂等で「グループサウンズのベスト盤」を買い漁っていたような、時代遅れのGS少年でした。
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[ 秀和 ]
2015/11/9(月) 午前 2:00