辺境の宇宙より・・・

日々の出来事をつらつらと・・・(コメント遅れてすいません)

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あのふざけた茶番から数日経ちました。
マスコミは相変わらず野党の時勢の読みの無さと政局オンリーの無責任さを必死にアピールしています。
しかし、本当に日々の国会中継や震災直後からの与党と野党の動きを見ている人ならこんな判断はゆめ出来ないでしょう。あの酷さは異様です。


復興基本法が与野党の賛成多数で来週にも通過する見込みとなりました。
主要な記事は相変わらず恣意的な書き方で、自民党が世論の反発を恐れているようなミスリードをしています。
しかし、国会会期延長や2次補正予算の早急な編成などは全て自民党や公明党が求めていたものです。
それを拒否していた民主党という立場は全く報道されない訳ですが・・・。


さて、本題に入ります。


これは国政に限らず、どんな小さな物事を進めるに当たっても言える事です。
凡そ多数決で一つの方向性を決めるときの一番の要とは何でしょうか?

今の国会のように、大多数で少数を押さえ込む事?
それとも事前の根回し?

どちらも決して間違いではありませんが、大きなポイントがあります。

物事と言うのは決めたら終わりではありません。
実際にそれに向けた実務や結果を得る行動が伴います。当然ですよね?
では、賛成派だけで動く事ばかりでしょうか?
賛成派の中にも色んな条件の下に賛成している人もある筈です。

では何が大事か。

それは反対派をも巻き込む仕掛けが必要であるという事です。

嚆矢として挙げるには少し不謹慎でしょうが、今回の震災対応。
被災者は与野党を超えて・・・と簡単に言いますが、翻って自分達がそれが出来るかどうかです。
人は3人以上寄れば必ず意見が割れるものです。それを一つの方向に持って行くのは容易ではありません。
感情・理論と、どちらかが噛み合わなければ歯車は進まないばかりか壊れます。

一番最小のコミュニティーと言える町内会でさえも、意見が噛み合わずに不参加を決め込む人はある筈です。それを単純に協調性の無さや全体を見ていないと言うだけで切り捨てられますか?
大多数がいつも正しい判断をしているとは限らないからです。
震災復興に際して高台に引っ越すかどうかという内容でさえ、被災者同士の意見が割れているではありませんか。反対している人を強引に批判の元に晒せばその人たちはコミュニティーから出て行くでしょう。それを無責任とどうして言えますか?


今回の不信任決議案でもそうです。
仕掛ける側が大多数を自派で保持しているのならば簡単です。
しかしそうでない以上は、例え敵対関係にある相手であったとしても一定の信頼を置いて動くしかありません。
それを詐術によって、取り様によっては自分の進退を表明したと取れなくないような微妙な言い回しで流れを変え、しかも自分の身が確保された後に豹変するような人間があの場所に居たのです。

自分の立場に置き換えて見てください。
震災初期に、様々な提案を町内会長にしたとしましょう。それを『ワシらの邪魔をするな』と跳ね返されて、折角の妙案が受け入れられなかった。しかも、その後に打つ手は後手後手な上に情報も嘘ばかりが次々と露呈。

信用の無くなった町内会長の下で町内が団結できないとなった時に、会長を変えたいと思うのは当然の事。それをこの有事にけしからんと言われた挙句に、自分は一定の目処がついたら後進に道を譲る身だからと諭される。結果として留任が決まった瞬間に、自分の進退の時期を無かった様に振る舞い、有事の際なのだからワシに協力しろと声高に叫ばれる・・・。

あなたなら協力しますか?

私ならそんなコミュニティーを捨てますね。


もし、総理が本当に復興対策で協力を求めるのならば、敵である野党も参加しやすいように工夫をすべきです。
それを上から見下ろすように支持せよと言うのは、手法として最悪です。
しかも今回の一連の茶番で、言葉の信用性をゼロにしてしまった人間が、今後何を提案しても乗れる筈もありません。

復興が遅れるのだとしたら、それは野党のせい(これも本来はおかしい)ではなく与党と政府の責任です。

そもそも安定多数を持っている与党が、有効な手を打てない状態を目の当たりにしておきながら、政治混乱の責任を野党にのみ求めるマスコミや、それに踊る愚かな国民が国を滅ぼします。
復興が最優先で、後の国民はひたすら我慢しておけという感覚を被災民がもしも持っているならばそれは大きな間違いであると明記しておきます。


復興基本法は成立しますが、それに付随する関連法案・・・特に予算関連の法案については今後参議院では通らない事を、与党・政府のみならず、自分達の事しか見えていない被災者も覚悟して下さい。
自己保身に手を貸し、遡っては浅慮でとんでもない政党に舵取りを委ねた我が身を呪って下さい。


国民とは、かくも愚かなものなのでしょうか・・・。

閉じる コメント(4)

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日本人には、世界観がない。
それで、人々には、社会の行き着く先に想いを寄せる習慣がない。
だから、政治問題に関心がなく、その解決策にも関心がない。
「指導者は、何もしないのが最大の貢献である」とか、「指導者には、いますぐ辞めてもらいたい」といったものばかりが考えとなる。
現在の指導者を助けて長持ちさせ、改革の効率を少しなりとも上げるといった考え方はない。
より良い指導者を推薦することもなく、より良い政策を提案する能力もない。

どうして現在の指導者を退陣に追い込むかに頭を使っている人が大勢いる。
問題解決の能力はないが、事態を台無しにするだけの力を持った人がいる。
それで、各首相の政治生命は結果的に甚だ短い。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

2011/6/4(土) 午後 5:53 [ nog*1*391j* ]

こんばんあh。

大切なことは、誠意と熱意です。
出来ないならば、出来る人にお願いする。
自分を知ることが一番でしょうね。

しかし、人は自分を知ると、人に知られたくない衝動が起きるようです。そこに虚栄と虚偽と作為が生まれ、物事はますます前に進まなくなるばかりか、混乱して解決が難しくなります。

傑作

2011/6/4(土) 午後 7:41 [ mana ]

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manaさん、コメントが遅れて申し訳ありませんでした。
今は休止中との事なので、お目に触れるか分かりませんが・・・。

実るほど、頭を垂れる稲穂かな

ではありませんが、無能な人間ほど身の程を知らないものだと最近のニュースを見るにつけ、つくづく痛感致します。

かの御仁を反面教師として謙虚に参りたいものです。

2011/8/2(火) 午前 0:09 クワトロ・バジーナ

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nog*1*391j*さん、コメントありがとうございます。
そしてレスの遅れ、お詫び致します。

日本人の世界観の無さはひとえに地政学上の問題から来る無知・・・というよりも他流試合の無さに起因していると思います。
自分の意思で最高指揮官を選びたいと言う人は少なくありませんが、その手段としての選挙を一番軽んじているのもまた今の国民です。

色々問題があったにせよ、対岸の火事宜しく無関心で居られた時代が長かったのも、皮肉な事に自民党の政治の巧さを図らずも表しています。平和を国民が声高に叫ぶ状況が危ない事を示すバロメータであるように、政治に関心を持つ人が増えているのも同じ事と言えるでしょうね。

ただ、私は諦めずに発信し続けます。
祖国を捨てる事なんて出来ませんからね。

2011/8/2(火) 午前 0:14 クワトロ・バジーナ

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