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先ずはこちらのニュースをご覧ください。
ブラックマヨネーズの吉田氏の意見だそうですが・・・。
最近の傾向として、よく芸能人やコメンテーターが槍玉に挙げられて、Twitterやブログが炎上するケースをよく見ます。その反論として仲間内から色々な援護射撃が成されます。
その是非はそれぞれのケースで判断するしかないのですが、一つ思う事があります。
内容が不倫であれ、配慮に欠けるとされる行動であれ、同じ事が言えるのですが・・・。
最近、TVで芸能人・・・とりわけ芸人ポジションの人が朝のワイドショーで政治や事件を語るケースが非常に増えていると思いませんか?
私は以前からこの風潮をおかしいなと思っています。
尤も、普通に仕事をしている人達にとっては平日に放送されるワイドショーを朝からのんびりと見ていられる訳ではないのですから、大半の人はそこにキャスターポジションであれコメンテーターとしてであれ、どのような発言をしたかなど知る由もないのです。
しかし、最近のニュース・・・特にネットニュースというのはTVの発言をそのまま記事にする事で仕事が成立してしまっているようで、本来知らない人も移動先やオフタイムでのネットサーフィンの中で好むと好まざるに拘らず目にしてしまう訳です。勿論Twitterやブログなどの内容も同様の扱いになるため、本来ならばTwitterやブログというのは自発的にその人の書いている物を見たいという人だけにしか知られない事なのですよね。
嘗てニュースの発信源がジャーナリストやTV・新聞等の報道媒体だけが担っていた部分を一般人がTwitter等の媒体を使って発信出来る様になった事と無関係ではありません。
それだけ既存の情報源の恣意性が問題だった事も影響しているでしょう。
昔ならばTV報道が絶対で、コメンテーターの言葉にも反駁する機会も手段も無かった為に盲信していたものが今では反撃を喰らう事になってしまっています。ましてや『芸人』というネームバリューだけでその任をやろうというのですから反発はもっと強い事でしょう。
彼らの今の地位はあくまでも『芸事』(厳密にはそれに値しない芸人も数多くいますが・・・。)によってであって、聴く人を納得させられるだけのバックボーンも論理も無い訳です。あるのはその芸人個人の感情や見てきた世界からの視点でしかないのです。だから仲間内の不祥事には自然と甘くなる。何故ならば反駁しようものなら仲間から総スカンを喰らうからです。
河原芸人の昔から仲間内での結束やタニマチと呼ばれる地方の顔役・・・といえば聞こえは良いですが、要するに任侠の世界の人たちとの付き合いというのは今に始まった事ではない。だから一種のムラ原理が非常に働きやすい世界なのですね。
『上ナシ』を標榜するにしてもそれを裏付けする力なしには成し得なかった事実はちょっと調べれば分かる事。
こうした人たちが、あくまでも『芸事』の領分の中に留まっているのであれば仲間内で倫理に外れる事をいくらやってもそれは『内輪の事』として処理されていくでしょう。
しかし、一度芸人がそうした立場を超えて『倫理』を語ったとしたらどうでしょうか?
当然その言葉に力を持たせる為には自分自身の倫理も問われるのは当然の帰趨ではないでしょうか。
人気やネームバリューを背景に、一般人に時には攻撃的な言葉も交えながら自分の意見を発信した瞬間から彼らは『芸人』ではなく、『扇動者』としての一面も持つ事になります。
昔の芸事を生業として来た人達が、オフィシャルに何かを語る時には必ず謙虚さをもって為されていたように思います。若しくは真逆に『俺たちゃ所詮は河原乞食の末裔だから好き勝手言わせてもらうぜ』という自虐から世間を風刺していたのではないかと思います。
それを今では変に祭り上げたり芸人だけど世間にも物申せる才覚もあるように動いてしまっているのですから、昔なら許された『色事は芸の肥やし』が通用しなくなりましたし、一旦倫理を語れば逆説的にそれを語るに値する自身の倫理観も厳しく問われれます。
考えてみてください。
芸能人ではない一般人が、例えば薬物に手をだしたり不倫をしたらどうなりますか?
今持っている職は当然失う可能性が高いでしょうし、同じ会社や業界への再起など望むべくもありません。
しかし彼らは留まり続けられるのです。それは単に倫理を超えた『業界のニーズ』があるかどうかだけで動く世界だからです。現にTV業界の人達に受けのいい人たちはどれだけ薬物をやろうとも倫理に反しようとも電波を通じて映像に出続けるではありませんか。そうした人達が、一般人に噛み付けば当然反撃を喰らいますよ。
それが理解できないのが今の芸事に身を置いている人の現実ではないでしょうか?
一昔前は『お笑い』とは悪徳とされていた時代が確かにあったのです。
国民的番組と言われた『8時だよ!全員集合』や『おれたちひょうきん族』を始め、近年ではロンドンブーツがMCをやっている各種番組などは倫理を標榜する団体からどのように言われて来たかわかりますよね。
けれどそれが許されたのはあくまでも『芸事』の世界からその人たちが出なかったからです。
長々と書いた事をたった一言で書くならばこれに尽きるでしょう。
『分を弁えない杭は打たれる』
その意味が分からない人達はこれからも潜在的な視聴者たりえる一般庶民とどんどん反目していくのでしょうね。それが分かるのがいつの事なのか・・・。
『心の許容量』の問題なのではなく、発言する立場を弁えているか否か。それだけなのです。
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