辺境の宇宙より・・・

日々の出来事をつらつらと・・・(コメント遅れてすいません)

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今日は71回目の原爆のです。
この後長崎原爆投下の敗戦の日とがあります。

この日の事を記念日などとは私は呼びたくありません
喜ばしいあるならばともかく、たくさんの被害それが総括された日をどうしてアニバーサリーのように呼び習わさないいけないのでしょう?

それでなくてもここ数年は原爆に関わる事が悉く『反原発』の為のエクスキューズに使われているというのに!

今日のヒロシマは朝から薄雲の漂う例年とは少し違う朝を迎えました
昼からは容赦のない日差しが差し込みましたが、式典の参列者を労わるようなそんな朝だったように思います
少し前に帰宅した私はまだ今日の慰霊の日映像で見ていませんし、平和宣言文面も全く見ていません
ただ、今年に関しては見る必要性をあまり感じないのです。

それはきっとオバマ大統領の訪日合わせたあの『イベント』せいだと思います
文章を考えなくても今回の平和宣言があの言葉に引っ張られるのは明らかだからです。

私自身今回のアメリカ大統領の訪あまり評価していません
絶頂期にあったオバマ氏訪れたならともかく、レイムダックしてレガシー作りしか関心のなくなった抜け殻来て貰っても最早それはセレモニー越える事はありません。プラハ宣言ノーベル平和賞を獲得した頃から比べて隔世の否めません

それともう一つ釈然としない事がありました。
ローカルラジオ朝から特集番組を組んで長時間の放送を流していました
その中に名を連ね参加していたコメンテーターアーサービナード居たからです。

私は以前よりこの人の言動にとても違和感を覚えていました

この方は絵本作家であるようですが、9条を守る会参加していたり、新安保法案に関して左寄りの発言見られるなど、何故この人をここまで重用して持ち上げているのか分からないのです。

この方はアメリカ人ですが、9条の事といい、今回の原爆についての見解といい、知識人然として発言していましたが、それを母国に戻って声高に叫べるのかと私は問いたい。

思い出してください
戦後50年の節目合わせてアメリカのスミソニアン博物館行われようとして頓挫した原爆展の事を
そして今回の訪日に広島でオバマ大統領どのような発言をするかでアメリカ議会が紛糾した事を

戦後50年になっても、原爆の被害をアメリカに於いて何の政治色もなく展示する事さえも許されない空気だったアメリカそして70年を経ても原爆使用に関する大統領発言制限を加えようとしたアメリカ議会そして在郷軍人会

この国のどこが自由のなのでしょうか?
はっきり言いましょう原爆の投下になんの大義もありません
ありもしない100万のアメリカ将兵犠牲と天秤にかけられたやむを得ない投下という物語虚構です。
軍は自分たちの作った兵器を使いたくて仕方なかったのです
同じ白人であるナチス率いるドイツには躊躇があっても黄色人種たる日本人にはその遠慮がなかった
ただそれだけなのです。そうでなければ何故最初の投下が広島だったのか説明出来ません
彼らは三方山に囲まれて逃げ場の少ない広島をウラン型原子爆弾実験場として選んだに過ぎませんそして長崎もまた似たような地勢条件にありプルトニウム原子爆弾の実験に使われたに過ぎません

一説には3回目の投下は東京であったとの話も聞こえてきていますが本当に100万将兵命を云々言うのであれば最初から東京に投下するべきだったのです。無論落とされれば良かったなどと言うつもりは毛頭ありませんが仮に落とされていたら皇居無事であるはずもなく、その政治的なダメージは致命的です。日本とアメリカはどちらかが絶滅するまでの壮絶な戦いになっていた事でしょう
この観点から見ても原爆投下政治的なセレモニーであった事の証左となります。


そんな国の人間にこの日についてあれこれと語って欲しくない
ましてや原爆被害を受けていないけど知識として知っているなどという括りアメリカ人たる自分私達とを同じ分類にまとめて欲しくなどありません。

この人・・・アーサービナード日本では高邁な・・・高慢チキ言葉を吐けても自国では絶対にこのような発言は出来ませんましてや公共の電波に乗せるなど思いもしないでしょう

アメリカは根本的に原爆投下を政治抜き真正面から語る日は100年経ってもありません。
民主主義の旗手にして自由の保護者自認しているの国にして最大のタブーを語れる日は来ません
何故なら敗北や失敗から学ぶような土壌を持たないだからです。
あの国にとって負けは負けでしかなく失敗はあらゆる方法用いてでも糊塗しなくてはいけないのです。
それくらい後暗い歴史を引き摺っている国なのです

そうした歴史を背負うアメリカ人に日本人の機微など一生理解出来ないでしょう。
分かったつもりで語っているだけに過ぎません
あれだけの被害を被りながら敢えてオバマ氏に謝罪を求めなかった被爆者心情を真に理解出来るアメリカ人いません。現在の訴訟社会化しているアメリカを見れば一目瞭然です。


原爆によって一生モノの傷を負いそして未だ絶対不可侵の被害者として政治利用されている現状を見るにつけ、あの原爆とは何だったのかを私なりに我が子に伝えなくてはいけないのだなと強く思うようになりました。学校はアテになりません。却って害毒でさえあります。マスメディア知識層壊滅しています。

被爆三世私が四世わが子へと何を伝えていかなくてはいけないのか
それを語る場所は何処なのかそれはあの場所でしかありえません。
そして異国人たるアーサー氏持論を語るべきはあの場所ではなく、アメリカのワシントンであるべきです。
所詮それぞれの国根っこがあるのですから、分を超えた振る舞いはしてはいけないのです。

今日の夜も元安川には悲しいほどに美しい灯篭流しの風景現出している事でしょう
残念ながらそれを見届ける機会は今年もありませんでしたが、今日一日私の脳裏にあったのはその光景なのです。今を生きるヒバクシャ強さの前に悲しいほどという枕詞が浮かぶように・・・

今日をどのように捉え後世に残していくのか
日本人一人一人考えなくてはいけませんね

末筆ながら、あの日残酷な実験の犠牲に供された魂、そして後遺症に苦しんで亡くなった多くの御霊に対して深い哀悼の誠を捧げます。

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