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ペギー葉山さんが亡くなったとの報がありました。
幼い頃には『ウルトラの母』のイメージしかありませんでした。
長じてからは、『学生時代』のイメージの方でした。
そして何よりも、代名詞的なヒット曲として、やはりこの曲を紹介しない訳には行きません。
元歌がこの方とは実は知らなかったのですね。
『トラック野郎』の中で歌っている若かりし石川さゆりさんのイメージが強かったせいもありますが。
しかもこの歌詞、私の勝手なイメージで幕末の坂本龍馬や高杉晋作が浮かんていたのですが、本当の歌詞は戦時中に高知の部隊の間で口ずさんでいた内容を戦後にアレンジしたものだったというのも驚きでした。
その為、ペギー葉山さんについて一部の方が右翼的なレッテルを貼った人もあったようですね。
ちなみに下記が元の歌詞だったようです。参考までに。
鯨部隊作詞・作曲
南国土佐を後にして ※戦地へ来てから幾歳ぞ 思い出します故郷の友が 門出に歌ったよさこい節を 土佐の高知の播磨屋橋で 坊さんかんざし買うを見た 月の露営で焚き火を囲み しばしの娯楽のひと時を 自分もじまんの声張り上げて 歌うよ土佐のよさこい節を みませ見せましょ浦戸をあけて 月の名所は桂浜 故郷の父さん室戸の沖で 鯨釣ったというたより 自分も負けずにいくさの後で 歌うよ土佐のよさこい節を 言うたちいかんちやおらんくの池にゃ 潮吹く魚が泳ぎよる よさこいよさこい ※は支那とも歌われていたようです。
これはこれで味わい深いと思うのですが、何でもかんでもレッテルを貼りたい人にとっては攻撃の材料にしかならないのでしょうね。
この歌を故郷を離れて遠く支那の地で郷愁の思いを込めて歌ったであろう私達の先輩達の事を思うと胸が締め付けられます。ペギー葉山さんもそのように感じて、少しでもそうした思いを引き継いだ歌を大事に歌いたいとおっしゃっていたようです。
その思いがあればこそ、平成の世になっても残っているのでしょうね。
素晴らしい歌声と功績を残された昭和の先達に哀悼の意を表します・・・。
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