辺境の宇宙より・・・

日々の出来事をつらつらと・・・(コメント遅れてすいません)

不可視の世界・・・

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映画『陰陽師』における逸話のベースには太古の神話が随所に引用されている。
その古代神話の中で異彩を放つ『国譲り』の故事。

繁栄を極めし出雲の国が一夜にして大和に国を譲ったとされるこの故事。
大国主命は黄泉の国の王となり、兄もまた軍門に下る。一人弟が諏訪まで逃げ、そこで封印される。
まるで無血で国譲りが行われたようなこの故事。
その裏で流れた血は数知れず。

故無く国を奪われし大国主命は幾星霜を経た今を以って側面より祈りを捧げられ、4拍手によって封印される。注連縄も逆さに編まれその地に今も縛られる。


恨みを抱いたまま黄泉へ追放され、その怨念は何処へ・・・。

血は雨の如く大地に注ぎ、恨みは空を覆うばかりに遍く大空に行き渡る。

恨みを産みし者は血と恨みの元に己が色を塗りこめる。

恨みの思いは何処へ行く。歪みを生じ大きな厄を招き入れる。

恨みを産みしその者は、力を以ってそれを鎮める。

その鎮守を齎すは、恨みを抱きし者の許しのみ・・・・。



痛みを齎し、更なる苦痛を強いるものは何もしていない。
怨念を浄化するものは、結局怨念を抱きし者の許容と寛容によってのみ齎される。


人の世に鬼ありと言うならば、それは本来傷を与えし者。
しかし、その者は常に鬼を退治せしめる『英雄』と謳われ、世に名を残す。
そして『鬼』とされるのは何時の世も虐げられ、害された者。
恨みを抱き、この世に未練を残した怨霊もまた同じ。
害を為す者にこそ与えられる『死』という罰を虐げられた者が受けねばならない不条理。
今も昔も変わる事無く、輪廻していく恨みと嘆き。
本当に輪廻転生するのは『生』では無く、『負の感情』である。

傷を与えし者が勧善懲悪の名の下に正当なる罰の帰趨である『死』を賜り、鬼に貶められし者に光が当たる時、初めて恨みは浄化される。

傷を受けし者の許しによって得られた浄化は、いつか別の恨みによって更に大きく、深い闇を生じる。

本来罰を受けねばならぬ者が世を謳歌し、虐げられし者が呪われる世である限り・・・。
人の世に、『鬼』と『闇』が消える事なし・・・。
以前に一度書いてみました。
これからの季節の風物詩のようなもの。。。
そう、『怪談話』・・・です。

今回は病院での体験について少し書いてみようと思います。
これはいつもお世話になっている『ぶぶとらる』のぶるままさんからのリクエストにお答えしました。
語り口で伝えるのと違うので、何処までリアリティにお伝えできるか分かりませんが・・・。

これは私が医療業界に居た頃の話です。
病院、特に総合病院という施設には色んな場所があります。
外来・病棟・管理棟・医局等々・・・。
その中で出来れば近寄りたくない場所は幾つかありますね。

先ずOP室。仕事柄、何度もOPの立会いをしていましたので、開腹手術に立ち会う事もあれば、壊死した下肢の切断に立ち会う事も・・・。切り落とされた脚は書類を付与して専用の施設で焼却されます。ドレープに包まれたその『物体』は見ていて気持ちの良いものではありませんでした。

次に霊安室。この場所は地下に用意されている事が多いのですが、私が行っていた病院では1Fの離れのような場所にありました。そこは別空間です。時が止まったような、真っ白な印象をいつも受けていました。似たような雰囲気を例えるならば特別養護老人ホームのような隔離された異世界と言っても良いでしょう。

そして・・・解剖室。
病理解剖などが行われる部屋なのですが、ステンレスの流しのような部分を完備したベッドには血の跡が生々しく残っています。そして何故か、異様な匂いがします。甘いような、それで居て痺れる様な独特の空気がありました。

私はそこでOP室と同じ照明具のランプを交換していました。そこは3Fで窓があり、外から見えるような場所でした。勿論、普段作業する時にはカーテンが敷かれますので伺う事は出来ないのですが・・・。前室で着衣を着替え、OP着のような格好で部屋に入りました。その途端、体がズンと重くなりました。両肩が重くなり、脂汗が出ました。一瞬物怖じしてしまったのかなと思ったのですが、そうではありませんでした。普段開けられる事の少ないカーテンが開かれていました。窓から見えるのは丘の斜面。病院は丘を切り出した場所にありましたので見える景色はそうした斜面が映るのです。
その斜面に腰掛けるように老齢の女性の姿がありました。

最初は珍しい所に人が居るのだなという感触しかありませんでした。しかし、その女性はジッとこちらを見ています。私は胸を締め付けられるような息苦しさを感じました。暫く・・・といってもほんの2・3分程度でしょうが・・・女性は視線をフッと逸らすと私の傍にあるベッドに目を向けました。
私がつられるようにしてそこに目をやると、ベッドの赤黒いシミが一瞬赤く染まったように見えました。無論それは私の一瞬の錯覚だったのですが、もう一度目を遣ると斜面に居た女性の姿が消えていました。私は背筋に冷たいものを感じて、作業を終わらせると足早に部屋を出ました。

その日、仕事で少し遅くなり、日が暮れた頃に病院を後にしました。
嫌な予感はしていたのです。だから早く帰りたかったのですが、その日に限って忙しくなってしまい、夜の帳はすっかり降りていました。
運転席に乗り込み、シートベルトをつけた瞬間、フェンダーに映った姿に心臓がギュっと掴まれる思いになりました。あの解剖室の窓から見えた女性が映っていました。慌てて後ろを見ますが、勿論居ません。その時、私の耳に『私を見てくださったのですね。あの場所で私は解剖されました』・・・と。

解剖室というのは死因を調べたり学術解剖をするなどされる場所で、大事な場所です。
しかし、死後に体にナイフのようなメスを入れられると言う事は亡くなった方にとっては切ないものがあったのでしょう。全てを理解する事は出来ませんが、あの女性はきっとあの場所から自分が解剖されるところを見たのではないでしょうか・・・。

車を慌てて発進させて、私はただひたすらに病院を離れるように、離れるようにと車を走らせました。



前にも一度書きましたが、この話を創作と思って一笑に付されるならそれでも構いません。
この手の話は信じる信じないという部分が大きく作用する話ですから。

ただ、病院と言う場所には色んな思いが蓄積される場所なのだという事を思い知らせてくれる体験に私は何度も出くわしました。今回はその内の一つをご紹介してみました。

信じる・信じない。はご覧下さった皆様の胸の中に・・・。

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今から書く事は私の中では真実。
でも、これを信じるか信じないかはその人の感覚にお任せするしかない事項です。
普段生活していて、見えるものの事については今まで何度か書いてきました。
これから書いていくのは普通なら見えない『モノ』、見えてはいけない『モノ』です。

察しの良い方ならピンと来るかも知れません。
・・・そうです。夏の風物詩である『アレ』です。
それまでは自分自身がそれを見る事が出来るなんて思いもよりませんでした。
友人同士で集まって怪談話になった時に、面白怖くする為に脚色を施した事はありましたが。

私が初めてそれを認識したのは四国に家族旅行で行った時です。
私の家の旅行というのは夜に車を走らせて、目的地に朝着くように動く事から始まります。そうなると当然、山道でも走るのは夜中という事になります。

あれは、そうして移動していた最中。場所的には愛媛と高知の県境であったと思います。そこを車で足摺岬に向かっている時でした。時間は3時過ぎ。山間を抜けていく道で、対向車も街灯もない、月明かりが無ければ正に闇夜といって良い状況でした。車は時速60km程度で走行していました。運転席には父、助手席には母。後部の座席に私と弟が居ました。時間が時間という事もあって、私の隣では弟が幸せそうな顔して眠っていました。

私は常がそうであったように、車で移動している最中に寝れない性質でずっと起きていました。周りはうっそうと木々が茂っているだけの景色でしたが、初めて訪れる場所という一種の興奮も手伝って車のライトに照らされる景色にジッと目を凝らしていました。
暫くすると左端を自転車が通っているのが見えました。荷台には木箱のようなものが括りつけてあって、頭に帽子を被った老人・・・男性を見ました。今にして思えば何でそれが老人と分かったのか今でも分かりませんが・・・。(後姿しか見ていないのですから)

私は何となくそれを前方に認識しながら『・・・ああ、農作業でもするのに移動しているのかな』とぼんやり思っていました。それから暫くその自転車を先頭に、私達の車とのやや距離を置いた併走が続きました。その内ふと私の頭に疑念が湧いてきました。

『こちらは車で走っているのにどうして自転車を追い越せないんだろう・・・?』

そう思って車の中の時計を見ると時間は3時過ぎを相変わらず差しています。おかしい・・・。私はこの近辺に土地勘なんてありませんが、少なくとも廻りに田んぼや畑など、その人が迎えそうな場所がありそうな可能性はほぼ0でした。であるなら、この人は一体何処へ向かっているのか・・・。

私は助手席の母に声を掛けました。

『ねぇ、あの自転車何かおかしくない?』

その時道は下り坂に差し掛かり、左端やや先を走っていた自転車が坂道を下り、フッと姿を消しました。やや遅れて下り坂に入った私達の車の視界から、不意にその自転車が消えました。
私は夢でも見ていたのかと思いました。私は先刻まで見ていた情景を両親に話しました。そうすると、父はそれには全く気付いていないと言います。母は、見るとはなく左の前方に何か気配は感じていたとの事。道は相変わらずの山道で畑や田んぼなどはありません。
背後にはテールランプの赤いかすかな光とそれを飲み込む程の闇だけでした・・・。

これが私が最初にそれを『見た』経験・・・です。

今でも時折両親とこの時の話をするのですが、今でも鮮明に思い出す事が出来ます。
これを契機に私は幾度も『見る』という経験をする事になります。

・・・眉唾、寝ぼけていた、嘘、騙り・・・こんな風に言われてしまいそうですが^^;
信じる信じないはこれを読む人の判断にお任せするしかありません。
世の中には科学だけでは解明しきれないものがあるのもまた事実です。

こういう記事を書くのはかなり勇気が要ります。
信じない人はスルーして下さいませ^^;信じて下さるならば幸いです。
状況を見て書庫を作って書いて行こうかな・・・などと考えたりしています。
良かったらご意見等々お聞かせ下さいませ^^;

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