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母は5人兄弟の長女で、弟が3人、妹が一人いる。母は十六年前に他界、
3人の弟もすでに他界し、妹だけが生存している。
この妹である叔母が、困った人なのだ。
84歳の現在まで独身を貫いてきた。それはそれで、彼女の人生だから良しとして、
問題は素行と性格にある。
母は祖母から「一人だから見守ってくれ」と頼まれた。叔母は高校を出てから、
どう言う経緯かわからないが、少し地元で勤めて上京した。
東京では美容部員をしたり、水商売の世界にもいたらしい。
私が小学生の頃の記憶では、時々帰ってきては実家にい続け、
私の家にも長逗留していた。父とは仲が悪く、よく喧嘩をしていた。
父と母は東京の学生時代に知り合い、母が大学を中退して田舎に
帰ってしまった時、父は母を追いかけて北海道に渡った。
叔母と父は反りが合わなかった。父が叔母にお金を貸したことがあるらしく、
「返してくれ」と言う父に向かってお札を叩きつけた記憶が鮮明だ。
父に向かって「あんたはダニだ」とか、とにかくカッとなると口汚く罵る。
叔母は私のことは猫可愛がりし、甥や姪は他にもいるのに、私への執着は異常だった。
小さい時は何でも買ってくれる叔母にそれほどの敵意は持たなかった。子供だったからかもしれない。
ただ、父の悪口ばかり言うところには辟易した。
母は正義感の強い人だったが、叔母と一緒に悪口を言うこともあった。
東京での職を捨てて、知り合いもいない北海道に母を追いかけてきたほどの
夫をなぜ叔母と一緒になって悪口を言うのか?
1つ言えることは
叔母は排他的で身内びいきが尋常ではないということ。母のなにげない愚痴を全て父のせいにした。
「あんたのお父さんのせいで、お母さんは苦労が絶えない」子供のわたしはいつもこんなことばかり聞かされた。
叔母にとっては、母はすごい人であり、
「あんたの家はお母さんで持っている。亭主は酒飲みのボンクラだけど」
が持論だった。
叔母は父にだけではなく、母の弟3人の嫁にも突っかかった。
ひどかったのは叔母の弟である三男の嫁に対する対応だ。
三男夫婦はギクシャクしていた。共働きで、嫁はスナックに勤めていた。
しかしあくまで仕事であり、叔父も納得して外に出していたはずだと思うのだが、
帰りが遅いと、今で言うDVがひどかったらしい。
その後三男夫婦は別れ、一人娘を連れて嫁は出て行った。
叔母は離婚の原因を全て嫁のせいにし、
「あんたなんか出てきなさい」と口を挟み、嫁がコツコツと買い揃えた高級な着物を
全て掠奪した。
そのことに対する恨みつらみを長男の嫁に手紙で訴えたということだ。
叔母にとって身内は味方、義理は敵であった。
どんな人格者でも、義理は敵以外の何者でもない。
悪口の数々を聞くのは私や母だった。
続く
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私の個人的経験から言うと、バツ無し独身の中高年はめんどくさい
結婚すると自分勝手思い通りにはいかない、引く事や譲る事認める事など柔軟になっていく、しかし我が道をある年まで行くと頭が固くて細かく人を許せない
人間が小さくなる、そう思ってます
身内より義理家族に気を配る事は平和
子どもに父親の悪口言うとか人間度が分かります
2019/6/30(日) 午後 10:32 [ 誇り君 ]