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学生時代から40年以上付き合ってきた友人がいる。
旦那との歴史より長い。
40年の間にはブランクもあったが、
それでも何かあったら連絡を取り、辛ければ慰め合う。
それが配偶者を亡くしたことにより、状況は変わる。
自分自身への自戒も込めて分析する。
まず、多分本人も気づかないうちに
亡くしたものへの優越感が生じる。
かわいそうに、でもうちは生きている。
生きていて闘病している配偶者を持っている場合、
「いずれ私もあなたと同じ立場になる」
というおかしな慰め方をする。
以前いた会社で、ある女性に
「こんな大変な時によく会社に出てこれるね」という
言葉をかけられた。生活かかってるから来てるんだよ。
「同じ立場になったら会社出てこれないでしょう?」と私は返した。
彼女は黙った。
同じ経験をしろとは言わないが、
安っぽい想像しかできないなら、
放っておいてほしい。言葉は多言するほど
安っぽくなる。
結婚生活が幸せだったのだから、まだマシとも言われた。
自分が幸せだと感じないのは、あなたの事情、比較しないでもらいたい。
喜びも悲しみもある結婚生活、何の問題もなく手放しで楽しかったわけではない。
好きで結婚したのだから自己責任。
比較論で結論づけるのはおかしい。
こういうことを言いたがる友人には
さらりとそれは違うと言い返す。
その時はそうだね、ごめん
というものの、少し経つとまた同じことを言う。
これはもう
同じ経験をしないとわからないことだろう。
で、人生それぞれだから、こうして友人関係は消滅する。
私の余生の課題は
できるだけ相手の立場でものを考える
と言うことを学ぶこと。
言葉の使い方を学ぶこと。
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2019年05月18日
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