旦那と私の最終章

最愛の旦那が逝ってしまった。再び会える日を待ちながら

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

モンスター2

私は東京で大学に進学した。
女子大の栄養学科で、寮があった。
今にして思えば、寮に入った方が良かったのかもしれない。
しかし自由を満喫したかった私は、一人暮らしを希望した。
ところが、母が叔母と住むことを強制した。
当時は、叔母のことがよくわかってはいなかったこともあり、
私は叔母と住むことにした。

叔母は泊まりの家政婦をしていたので、アパートにはほとんど帰らなかったが、
契約が切れるとずっとい続けた。その期間が長ければ長いほど、
私は叔母の言行に反発を感じるようになった。

叔母が家政婦として働きにいく家は、芸能人、医者や大学教授、
会社の経営者などで、いわゆるブルジョア家庭だった。
高学歴が多く、学歴コンプレックスの叔母は相当なストレスを抱えながら
仕事をしていたと思われる。

叔母は、私の友人もボロクソにこき下ろした。
他人には聞かせたくない暴言や汚い言葉の羅列。
口から真珠が出てくる童話があったが、叔母の口から出てくるのは蛇やカエルだった。
例えば、
私の友人にあまり顔色のよくない人がいた。
「ヤクでもやってんじゃないの?」
叔母はそう言った。
私はさすがにたしなめた。だが、本人に面と向かって言っているわけではないからと開き直る。
外面はいいからだまされる人は多かった。
2年住んで嫌気がさし、大学から遠いことを理由に引っ越したいと両親に訴えた。
母には叔母の言動を散々訴えたが、一緒に住んでいないからわかってはもらえなかった。
「あんたのことを心配してるから多少言い方がきつくなるのだ」
と的はずれなことしか言わなかった。
母が叔母の本性を思い知ったのは、晩年一緒に住むようになってからだ。
そんな時に「死ねば」と言われたのだ。

全1ページ

[1]


.
グレートケボチ
グレートケボチ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

標準グループ

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事