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十日間程完全に寝込んで仕舞った。ワシも此処迄かと思う程、どうにも起き上がる事も出来なかった。やっとPCに向えるようになったので、今の内に書くべき事は書いて置きたい。
前記事でShuさんが中々に鋭いコメントを入れてくれた。
音盤の再生によって、演奏の評価も違って来るのではないか、と云う誠に的を得た意見だ。 評論家なる者が、これは名演だ、とか、これは駄演だと言うのは勝手だが、奴等は如何なる再生音を聴いて判断して居るのか、或いは、如何なる音源を聴いて居るのか。此処に関しては一切触れられて居ない。 要するに同じ音盤を聴いて居ても、皆違う音を聴いて居るのである。 装置によって、或いは部屋によっても聴いて居る音は違う。況や再生手腕によって、折角の高価な装置も充全な効果を発揮出来無い事を理解すべきなんである。 更に厄介な事に、レコードでもCDでも、盤による差が歴然と現れて仕舞うのである。 これに関しては、前記事でカラヤンの悲愴の英EMIオリジ盤を取り上げ、サラッと解説した。 で、今回はベーム/VPOのDG盤、ベートーヴェンをちゃんと堪能しましょう、と云うお話である。 gustav師匠の最近の記事で、ベーム/VPOのDG盤ベートーヴェンはシックリ来ない、と述べられて居る。
処が私は随分以前から、ベーム/VPOのヘルマンス録音は人類の宝、と明言して止まない。これは如何なる事であろう。 恐らくは、音盤による差があるに相違ない、と睨んだ。 gustav先生、多分CDしか聴いた事が無いのではなかろうか、と察した訳である。斯く言う私にしても、ベームのCDは絶対に聴かない。私だって色々試して居るのである。 その昔、アートンと云うCDの素材が出て大層評判になった。私も早速ベーム/VPOの名盤、ベートーヴェンのパストラルのアートン盤を購入した。 これが全くのクソなのである。これでは何が名演なのか解ったものではない。矢張り真価が理解出来るのはLP、しかも初期盤なのである。 記事を構想に入れ乍ら、ベームの第5のオリジ盤を取り寄せた。人気が無い所為か安いのである。 DGの国内盤LPも、初盤は概ね良い音がする。音に艶が有るのである。CDと云う奴は概ね音の艶が減じる。これはフォーマットの所為で仕方が無い。私も国内盤の初盤を持って居るが、オリジ盤との差を確認したくなったのである。 そもそもヘルマンスの仕事と云うものの特徴は、音の艶なんである。克明に個々の楽器の音を拾って居るが、それが余韻を持って、空間に放出される。 これが独特の艶であり、私を魅了して止まないヘルマンス・マジックなのだ。
此れを踏まえて、御読み、御聴き戴きたい。 今回は体調の事もあり、自分の原点に戻ってみようと思った事もある。
私の音楽鑑賞の原点は、トスカニーニの第5であったと思う。理由は単純で、当時巨匠と呼ばれて居たトスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーの中で、一番の年長者がトスカニーニで、何しろ一番偉そうであったからだ。 しかし、私はこの大層立派な「運命」には然程感銘は受けなかった。 ああ、これが「運命」かと腑に落ちて聴き捲ったのはフルヴェン先生の47年盤、かの有名なEMIのスタジオ録音である。 今にして思えば、第5はこの一枚があれば充分であろう。それこそ耳タコになるまで刷り込んだ第5であるが、これ以上立派な威容を備えた第5は他には皆無である。此れを以て私の原点としよう。 曲が曲だけに、挙げれば幾らでも出て来てしまう。今回は、これぞ第5、と云うべき代表的な7種を挙げる。この7種を繰り返し聴くだけで、第5は充分堪能出来るものと思う。 幾らでも増えてしまうので、基本中の基本であるフルヴェン盤以外はステレオ録音とした。私の最も好むクライバー親父/コンセルトヘボウ盤も、体力の関係でカットした。 そしてデジタル時代は一切カットである。第5は50〜70年代が頂点で、後は衰退の一途を辿っているような気がするのだ。 超有名曲で、名盤揃いである。瞬く間に削除される事が予想されるので、一瞬を逃さず御聴き戴きたい。 フルトヴェングラー/ウィーン・フィル 54年録音 EMI盤CD
これは一等最初のCDであった。処がこのCDは驚天動地の高音質なのである。オリジナルマスターからのCD起こしらしいが、悔しいがこればかりはどんなレコードよりも良い音がする。兎に角、出だしの4音を聴いた瞬間おっ魂消た。毛唐はこんな素晴らしき音を聴いて居たんだと、改めて敗戦の意味を噛み締めた。 初心者の方は虚心坦懐に、ベテランの方も襟を正して今一度この「原点」に聴き入って欲しい。これがベートーヴェンの第5である。 フルヴェン先生の第5の音盤は十数種もあるらしいが、私はこれが完成度に於いて随一だと思う。如何なる反対派もこの演奏の前には頭を垂れそうな威厳である。 コンヴィチュニー/ゲヴァントハウス管 60年録音 PHILIPS盤LP
この音盤、全集の中の一枚で、片面に無理やり切り込んである所為か音の伸びに欠ける。同じ60年録音でも3番、6番は両面カッティングなので良い音がする。極めて残念だ。 色々調べてはみたが、録音エンジニアは定かではない。Dieter-Gerhardt Wormと云う説もあるが、この人がプロデューサーとして絡んで居るのは確かだが、実際のETERNAのエンジニアの名前は定かではない。マズア以降は確実にシュトリューベンだと云うのは判っているのだが…兎に角MONO末期、ステレオ初期の東独の録音は怪しいものが多い。 コンヴィチュニー楽長の第5はゴツゴツ感が堪らない魅力だ。スコア上このモチーフはこうなってこうなる、と云うのが手に取るように聴こえて来る。 そして矢張りこのオケは上手い。個々の技量と云うよりオケとして上手い。 ベートーヴェンの第5と云うのは、こうしてやりなさい、と云う鑑の如き演奏である。 イッセルシュテット/ウィーン・フィル 68年録音 LONDON盤LP
DECCAとしての初のVPOでのステレオのベートーヴェン交響曲全集である。 この音盤も数枚所有しているが、今回の収録は全集盤からである。何度も言って居るが全集盤はZALスタンパー入で音が良い。全集盤で音が悪いのは9番である。この5番は概ね問題は無い。 これも耳タコの演奏で巷間の評判も頗る良い。しかし、何か今一つなんである。 これでどうだ、と云う感じは良く伝わって来る。文句の付けようもない、隙の無さである。しかし、フルヴェン先生のような高揚感も、コンヴィチュニー楽長のような郷愁感も薄い。 将に第5に於ける完璧な優等生なのである。しかしVPO一番の武器であり、特徴である色気が足りない。 全集の中ではこの5番と8番のエンジニアはケネス・ウィルキンソンである。 どうもこの人、名前とは真逆でカミソリの如き切れ味が無い。パリーのような高揚感とか、ロックのような色気が足りない。一連のショルティはウィルキンソンの録音で、ドライな感じがショルティとマッチしていたが、イッセル親父はNDRの創設者で、根っからブラームス向きの渋好みである。色気の無い事この上無い。しかし、第5と云うキチキチの曲だから、これはこれで貫徹された名演と言えるのである。
C・クライバー/ウィーン・フィル 74年録音 DG盤LP
最初は戸惑って居たショルティ/シカゴの第5に漸く慣れて聴ける様になった頃、突然C・クライバーの第5が登場し世間の話題をカッ拐って行った。 当初、評判が良いと云う感じでは無かったと思う。当惑したのである。 カラヤンやショルティは、何処かトスカニーニを引き摺って居たのだが、C・クライバーの第5は、親父クライバーでもフルヴェン先生でも無く、C・クライバー独特の新たな視点での表現なのだ。 中々に強い表現である。この強さは力任せではない。充分に撓り弾ける鞭の如き強さだ。MAXの迫力は親父には及ばないものの、全曲を通じて弾ける鞭の鋭さは、聴き慣れて来ると一種の快感に変わる。 録音エンジニアはシュヴァイクマンで、私はこの人の音作りは好きになれない。徹頭徹尾人工的なのである。 レコードによる音楽であるから、この手の技法も有りだとは思うが、私はヘルマンス好きであるから違和感が拭えない。 しかし、C・クライバーの第5は録音にしても演奏にしても、人工美として大成功であった。このようなインパクトの有る第5は滅多に有るものでは無い。殊に3楽章の躍動感たるや、カラヤンでさえ一歩譲る素晴らしさだ。これこそ鞭のように撓り弾けるC・クライバーの特徴が生きた名演だ。 カラヤン/ベルリン・フィル 76〜7年録音 DG盤LP
70年代のDGとしては、ベームもクーベリックもC・クライバーも存在して居る中での録音である。あのカラヤンとヘルマンスであるから、当然これらを意識し、凌駕するものを狙ったと考えて良いであろう。 C・クライバーを聴いた後にこの演奏を聴くと、何かホッとする。基本的には似たようなテンポであるが、カラヤンの間の取り方は伝統に則した無理の無いもので、内心「これだよなぁ」と嬉ぶ。そして兎に角、BPOの音の迫力たるや、並み居る爆音系演奏を尽く吹き飛ばす。音がデカイだけではない。舌を巻く程上手いから天下無双なのである。 録音は態と3ヶ月間を空けて客観的に見つめ乍ら行って居る。勢いや伝統のみでは無く、現状での最高峰、否、未来に亘って迄も天下無双と言われ続ける演奏を目指したに相違ないのである。 この2楽章は絶品である。美しいものはより美しく、と云うカラヤンの美意識が、生では絶対有り得んだろ、と云う極微細な美音で綴られて行く。ついつい最後迄聴き通して仕舞う音響美である。流石のベートーヴェンもここまでは想像出来無かったであろう。 gustav師は、この演奏は疲れると仰るが、第5は疲れる音楽であるから「正解」なのである。 ベーム/ウィーン・フィル 70年録音 DG盤LP
本題のベーム盤である。 私はDGヘルマンス録音のベーム/VPOの音盤を好んで聴いて居る。そこにはVPOの絶頂期の世にも美しき音楽を味わう事が出来るからである。 この音盤が出た当時の興奮は今でも鮮明に記憶に残って居る。しかも、一枚¥2000のレコードには、A,B両面に第5が一曲。途轍も無い贅沢品、高級品であった。当時、待ちに待った決定盤を手にした時の喜びは忘れられるものでは無い。 ベームは朴念仁の如く思われて居る節があるが、前掲のコンヴィチュニー楽長やイッセル親父の演奏と比すると、此方の方が余程感情や表情の起伏が豊かで聴いて居て飽きない。剛毅な中にひっそりと感じられる弦の揺らし方なんぞは絶品の域と言える。終楽章に向けて徐々にアクセルを踏んで行くやり方は中々に聴かせ上手だ。 この収録盤はDGのオリジナル盤で、年代相応のノイズは勘弁戴きたいが、素晴らしく瑞々しいVPOの色気タップリの音色は、人類の宝と言って差し支えあるまい。 反面、VPOの麗しき音色に食指の動かない御仁には、ちーとも理解出来ぬ類の正統派演奏と言え無くも無い。 ベームとは音盤で損をして居る人だと思う。 例えばシューベルトの「ザ・グレイト」79年のドレスデンライヴと云う音盤がある。オケは言う迄も無くSKD。81年に追悼盤と称してDGから発売されたものだ。ベームはスタジオ録音では凡庸、ライヴこそ燃えるタイプだと云う説があり、喜び勇んで購入したが、さっぱり良く無い。 実はこの演奏録音、Deutsche-Schallplattenの録音で、79年にETERNAからリリースされて居る。詰まりオリジナルはETERNA盤なのである。こちらを聴かなければ真価は理解出来無いであろう。DGとすれば、かなり遣っ付け仕事の感が否め無い。 この曲、63年のDG盤ヘルマンス録音の方は名盤の誉高く、古くから評価の高い演奏である。詰まり、ちゃんとした方針の下、ベームの音楽を理解した然るべき録音であれば、一発勝負のライヴよりは質の高い演奏を味わえると云う事なのである。 ベームと雖も百発百中、名演奏と云う訳にはならない。これはフルヴェンだろうがカラヤンだろうが同じ事で、ベームばかり非難される謂れは無い。 この第5とパストラルの二枚を以てして、歴史に残る大指揮者と言っても良いのである。 クリュイタンス/ベルリン・フィル 58年録音 EMI盤LP
当ブログとしてはこの盤が本命、一押し盤である。 私が始めてこの演奏を聴いたのは東芝音工時代のセラフィム盤で、これは中々に音が良い。演奏も聴き慣れたBPOの安心感抜群のバランスで、何度聴き返しても全く飽きが来ない。 後に英国盤を聴きたくてEMIのHMV CONCERT CLASSICS SERIES盤(青ニッパー)を入手したが、これは全く気の抜けた音で、魅力は半減であった。 調べると、録音エンジニアはホルスト・リントナーと云う人らしいが、音盤による音の差はエンジニアの責任では無い。本家EMIにしてこの有様であるから、況や東芝EMIなんぞは論の外である。年代の下った盤には全く期待出来無い。 この収録盤はEMIのASD.267 所謂「白金」盤(しろきんばん)である。 参考迄に、下にセラフィム盤と青ニッパー盤の1楽章を貼って置くので、聴き比べて戴きたい。 Shuさんが御気付きの如く、盤によって音楽の印象、演奏の好悪の判断が変わって仕舞うのである。 クリュイタンス/ベルリン・フィル 英EMI盤(青ニッパー) 第1楽章
これは音が薄い。東芝よりは遥かに音場は広く音が抜けて居るのだが、音楽自体も遠くなって仕舞い、芯の強いBPOの魅力が減じて居る。ホルンもフレンチのように軽く感じる。 クリュイタンス/ベルリン・フィル 東芝音工セラフィム盤 第1楽章
私が最初に聴いたのは、この音盤である。 何時もの東芝の音調で、抜けが今一つで、音の角が丸くソフトだが比較的上手く纏まった音である。図太いBPOが感じられるのは嬉しい。 |

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今年は寒暖差、湿度、それに台風の接近による気圧の問題もあり、私も体調の維持に腐心しております。
お互い、いつまでも若くはありませんので、ほどほどに頑張るのがいいのかもしれません。
と言いつつも、ベートーヴェンの5番などという「重たいもの」をまとめて取り上げられる馬力が残っているのには驚きました。
ただいま、ベームの全集を順番に聞いているところで、1番を期待はずれと書いたあたりが触発してしまったかなと思っております(汗)
私の持っているCDでは、ベートーヴェンの録音スタッフは明記されていませんでしたが、ヘルマンスによるものと初めて知りました。
アナログ最盛期の極めて高い水準の録音であることは、CDでも感じ取れるところです。
ただ、ワグナーやR.シュトラウスのオペラ録音のいくつかでワクワクさせられたベームを基準点としますと、まだ3番までしか聞いておりませんが、いささか熱の高さに不満が残るところがあります。
ただし、VPOの音色の美しさは、これは聞けば本当によくわかります。
今回の音源もじっくり聞かせていただきます。
2016/10/7(金) 午前 7:54
>感情や表情の起伏が豊かで聴いて居て飽きない。剛毅な中にひっそりと感じられる弦の揺らし方なんぞは絶品の域
…というquontzさんのベーム評は的確と感じます。「ライヴで燃えるが、スタジオでは大人しすぎる」とさんざん言われたベームですが、そうだろうか。それは単純すぎると思ってきました。しかし「起伏」と言われるとピンと来る。ベームの作りだす音の振幅は、確かに聴いている自分の呼吸感とよく一致します。鍵はそこにあるのかも…
盤の違いについての考察は、さすがに「音盤再生家」の面目躍如ですね。クリュイタンスの音の違いには驚きました。ただ、私の駄耳では、盤による音の違いで演奏そのものの評価が覆るほどの「事件」は今のところ起こっていません。同じ録音を複数買うより、他の曲や演奏を…とどうしても思ってしまいます。
[ yositaka ]
2016/10/7(金) 午前 9:59
> gustavさん
毎度ネタにして仕舞い申し訳ございません。
私もyositakaさんと同様、最近のベームの扱われ方には憤懣やる方無き思いを抱いて居りました故、又々師匠の言をお借り致して一編の記事を認めた次第です。何時も御協力賜り有り難く御礼申し上げます。
メンゲルベルク以来、どうもベートーヴェンは面白過ぎた訳です。聴き手の感情にビンビン突き刺さって来る熱気と音響的迫力が強調され、高評価されて来た訳です。
その一方、原点回帰と言うか、学究的と言うべきか、ピリオッド奏法なんぞを取り入れた演奏が、コレギウム アウレウム辺りを嚆矢に持て囃されたりして、どうも落ち着かない。
ドイツ伝統のベートーヴェンは、矢張り渋いですよ。それはゲヴァントハウスの演奏とか、イッセル親父の演奏なんか聴くと良く判ります。ケンペとかヨッフムのベートーヴェンなんてちーとも面白く無い。
その、面白さと伝統とが、微妙に上手くバランスが取れて居るのがベーム/VPOとクリュイタンス/BPOです。
2016/10/7(金) 午後 2:36
特にベームは音楽職人としては第一級で、骨太剛毅で有りながら、歌心は織り込んで来る訳です。微妙に。
師匠のワルターの影響でしょうね。
職人ですから頑固で煩かったでしょうね。その結果ですよ。VPOが実に細やかに美しい表現を奏でて居ます。
枠を逸脱しない程度に盛り上がりますし、良きバランスではないかと思います。
2016/10/7(金) 午後 2:38
> yositakaさん
評価戴き有難うございます。
ベームは、ハイドンもモーツァルトもベートーヴェンもシューベルトも良いですよ。ブルックナーも決して悪くない。面白く無いですけど。
ブラームス、シューベルトはBPOが良いですね。
カラヤンは帝王と言われましたが、ベームはドクトルです。もう有りとあらゆる賞を受賞しました。人間国宝みたいなもんです。
ですからアンチ カラヤンの受け皿としては最適最強だったでしょう。
そのカラヤンでさえ、ベームの指揮によって音楽が湧いて来る、と言ってますから、伝統芸を極めた親分だったと思います。
ゴリゴリバンバンやってながら、影ではヴァイオリンを揺らせて歌うような微妙な「芸」を聴かせてくれます。
それをヘルマンスがちゃんと掬い上げてくれてますから堪らないのですわ。
2016/10/7(金) 午後 3:02
ベームの悲愴とか新世界なんかが出まして、もうお願いですからそれは止めて下さい、と言いたかったですよ。団十郎がシェークスピアやるみたいなものです。
そちらはカラヤン先生が居ますから、どうかドクトルは御国物に専念して下さい、と願いました。
ベームはそう云う有り難い重鎮でしたよ。
2016/10/7(金) 午後 5:14
先生、ブログ記事のアップ、ありがとうございます。
弊員、またしてもMP3の再生環境が極度に劣悪化してしまい、アップ頂いた音源をまともに聴くことが出来ません。やむを得ずその間、久しぶりに手持ちのクリュイタンスとCクライバーの第5のLPを聴いてみました。
特にクリュイタンスは、以前の先生の記事を読んで、数ある(?)手持ちのLPの中でも断トツの金額である150ドル超を払って入手したASD盤でしたが、何が良いのかサッパリ分からずそのままになっていたものでした。
その後、ターンテーブルシートにラッカー盤を乗せ、、、スピーカーは空中に浮いているのが理想、という先生のアドバイスに従ってスピーカースタンドを組み、、、多彩なトーンコントロール機能がついた求めやすい価格のヴィンテージアンプを紹介頂き、購入致しました。
出てきたクリュイタンスの第5の音は、歪みの非常に少なく見事なまでに艶やかなものでした。スピーカーの振動対策を徹底的に行った分低音が極端に細りましたが、アンプのトーンコントロールで思い切って強めに補正すると、絶妙なバランスでオーケストラが響き始めました。
[ sho*ch*odd*o*okoo ]
2016/10/8(土) 午後 11:16
先生のおかげでここまできました。僭越ながら、世間でこのレベルの音を聴いていらっしゃる方は皆無だと思います。何故なら、音の歪みを取るための正しいセッティングをすればする程低音が弱まり、世の中のアンプのほとんどにしっかりとしたトーンコントロール機能がないため、歪みの取れたクリアな低音の音量を強めに補正する術がないからです。後は低音の歪み対策と音量確保のイタチごっこです。。。
不肖の弟子でまだまだ完全な理想型には至らない再生環境ですが、前回のカラヤンBPO71年EMI悲愴の「音盤別対決」に引き続き、今回は弊員なりに、ベームVPO70年第5の「CDvsレコード」対決を行いたいと考えております。ど素人の弊員はベームという指揮者に全く不慣れで、なんとCDもレコードも1枚も持っておりません。そのような人間が同一演奏のCDとオリジ盤のレコードを聴いたらどうなるか、、、たった今、両方とも発注致しました!
当地はその民族的(?)特徴として発注から到着まで極端に時間がかかりますので、結果につきましてはしばらくお時間頂きますようよろしくお願い致します。
[ sho*ch*odd*o*okoo ]
2016/10/8(土) 午後 11:17
> shuさん
自分なりのテーマを設定し、納得行く迄追求する姿は、誠に頼もしく、何より楽しそうで何よりです。
結果は分かっていますが、是非御自身で確認された顛末を御報告ください。
或る時、或る方が、どうも音が良く無いので、使って居るプレーヤー(EMT930)を入れ替えたい、と云う話をされて居まして、私がさり気無く「どんな音盤で聴いて居ますか?」と尋ねると、最近の再発された国内盤のようなものばかりだったので、「大枚かけて高価なプレーヤーを買う位なら、程度の良いオリジ盤を買った方が良いですよ」と言ったのですが、傍で聞いて居たオーディオ店のオヤジに怒られました。「本当の事教えてどうするんだ」みたいな(笑)
物凄い高級オーディオでも、音盤を越えた音質にはなりません。絶対に。
自分の本当に愛して止まない演奏は、そこそこお金を叩いても「良い音盤」を揃える事をお勧めします。そこには感動がある筈ですから。
2016/10/10(月) 午後 0:35
(その1)
記事を拝見してから随分時間が経過して大変失礼いたしました。
急に真夏のような気温で半袖を再び引きずり出すかと思えば、今日は暖房が欲しくなるような寒さに急変し、ついにセーターを着込むだけでは足りず、足温器まで出すという有様で、体調の維持に四苦八苦しております。
毎日の自分のブログ更新が精一杯であることに加えて、「運命」は早々気軽に聞ける音楽ではありませんで、連続して聞くには相当の体力に裏付けされた精神力が必要となります。
アップいただいた音源を、それぞれの印象が薄れないよう、いつもどおり全体を通して聞いてからと思っておりましたら、かなり難しいこととなってしまいました。
カルロスあたりで挫折することを繰り返してしまい、割り切って何日かに分けて聞いた雑駁な印象になりましたことを、最初の言い訳とさせていただきます。
2016/10/28(金) 午後 11:15
(その2)
最初のフルトヴェングラー盤は、恐らくは日本でこの交響曲の一定のイメージを作り上げた音源ではないかと思います。
お書きになったとおり、モノラルとはいえども、当時のEMIの録音レベルは高いものがありましたので、音楽を楽しむには十分な音質であるのが幸いであろうかと思います。
二番目のコンヴィチュニー盤は、まだ東ドイツの経済状態が西を上回っていたかもしれない時期でありますから、初期のステレオ録音であっても、音質的には問題がないように思いますが、やはり私には素朴に過ぎるベートヴェンという印象は、今回も拭えませんでした。
三番目のイッセルシュテット盤は、コンヴィチュニー盤を聞いたあとですと、スマートさが際立つ感じがします。
その昔は定盤のひとつでよく耳にしたものではありますが、今回の音源ですとVPOの響きが見事に収録されていて、これがこの録音の大きな武器のように感じます。
2016/10/28(金) 午後 11:17
(その3)
四番目のカルロス・クライバー盤は、かつて私が60年代カラヤンのベートーヴェンを聞いたときに「これこそ我々の時代のベートーヴェンだ!」と感じたのと同じような感覚を当時の若い方は持ってのではないでしょうか。
しかし、普通のご家庭がたった1枚の「運命」を手に入れる対象としては刺激が強すぎるような気がしますし、その後音楽が好きになって他の演奏を聞くようになったとしても、この録音の呪縛から逃げ出すのには大変な努力がいりそうな気がします。
五番目の70年代カラヤン盤は、私が感激した60年代録音を更にブラッシュアップしたような演奏であったように思います。
恐らくは20世紀ステレオ期の規範的な演奏と言っていいのではないかと思っています。
真面目に聞くとぐったりするくらいの充実したものであったのに、80年代録音になると
力感ばかりが前にでるようになっていた感じがします。
まだカラヤン晩年の年齢には達しておりませんが、加齢に伴う体力の衰えは長時間の気力の継続が困難にしており、あのカラヤンもまた免れ得なかったかなと思えてしまいます。
2016/10/28(金) 午後 11:19
(その4)
六番目のベーム盤に関しては、先にブログで取り上げましたが、世に商業主義と揶揄されることが多いカラヤン以上にビジネス優先で全集を完成させた突貫工事録音の中では、まだ聞くに耐える録音ではないかと思います。
私のCDで聞いた印象と、アップいただいたLP音源とで、大きく印象が変わることはありませんでした。
DGも本当にベームを大事な指揮者と考えるのであれば、やっつけ仕事で全集を完成するべきではなかったと、聞けば聞くほど腹立たしくなってきております。
最後のクリュイタンス盤は、私の入手したCDの音の悪さが、まだ悪印象を引きずっています。
確かにアップいただいたLP音源だとCDとは雲泥の差の音質となっており、キンキンした高音成分はまったく耳に入ってきません。
かなりの盤面の痛みは、相当聞き込まれたLPであると拝察いたします。
2016/10/28(金) 午後 11:21
(その5)
演奏だけを聞き比べますと、個人的には耳慣れたカラヤン盤が一番しっくり来るように感じます。
タイアップしてCMの中で繰り返しテレビで流れてくると、少々つまらぬ曲でもいつの間に覚えてしまうということがあり、耳慣れというものは恐ろしい効果があります。
私の場合は、カラヤン盤がそれにあたるのかもしれません。
さて、クリュイタンス盤の盤質の違いによる音の差は大変良くわかりました。
その昔、高価な輸入盤が珍重されていたのには理由があるということでしょうが、国内盤が出るまで我慢できなかったわずかの例外を除けば、その昔はなかなかできることではなかったように思います。
一般家庭においては、盤質以上に再生装置・再生環境の差が大きいのではないかという気もしないではありません。
同じLPまたはCDを再生しても、それなりの装置・環境で聞くのと、私のようにコンポ・ステレオに毛の生えたような装置を狭い部屋で聞くのとでは、恐らくは印象が大きく変わってしまうことが多いような気がします。
2016/10/28(金) 午後 11:25
(その6)
かつて持っていた大型装置を使ってLP(部分的にCD)を広い部屋で聞いていた記憶のある音源は、かなりの勢いで脳内補正をしながら聞いているところがあります。
しかし、最新のデジタル録音になりますと、いまの私の再生装置ではCD(またはSACD)に詰め込まれた膨大な情報量を十分に取り出しきれていないという思いが残ります。
初めて聞く音源でも、過去の経験から脳内補正をしているところもありますけれども、補正能力を超えた場合には、せっかく録音された演奏がどこまで理解できているのか、常に不安が伴います。
オーディオという泥沼に突き進むだけの資力を持たない身には、盤質の違いを感じるというのは、はるか憧れの世界であるのが、少々寂しいところでもあります。
2016/10/28(金) 午後 11:28
先生、
大変遅くなり申し訳ございません。ベームVPOのベートーヴェン5番をCDとLPで聴き比べました。CDは米国で最も一般的に販売されている全集でコレクターズエディションと記載されております。LPはMade In Germanyのブルーライン盤で二重ジャケットのものが来ました。
この聴き比べは、実のところ中々骨が折れました、、、。最初は何回聴いても違いが皆目分からず、「何故?」「何故?」という状態が続きました。Gustav先生の仰る寂寥感のようなものも、Quontz先生の仰るVPOの妙なる響きのようなようなものも全く感じることができません。やむなく一旦放り投げ、ラックやプレーヤーの脚周りの調整やアームとカートリッジ周辺の調整を試みました。
[ sho*ch*odd*o*okoo ]
2016/11/1(火) 午後 0:22
その後は少しずつではありますが双方の違いが分かるようになって来ました。先ず低音の迫力が違います。単なる音量とは違う力強さのようなものがレコードのほうが大きく感じ取れます。そのせいか、弊員の耳には寂しげな風景のようなものが全く聴き取れませんでした。また、CDのほうが「スピーカーから音が出ています」という鳴り方で、レコードのほうがより自然に音の響きを感じることができました。音の艶は、弊員の稚拙な表現ですと美しい響きの余韻の長さというようなものがレコードのほうにより強く感じ取れました。
その結果、、、最初は皆目分かっていなかったVPOの極上の響きというものがほんの少しではありますが分かって来た気が致します。弊員が勝手にイメージしていた「第5番」という音楽の鑑賞方法(「真剣に深刻に聴く」とは全く違う考え方にようやく気がついたように思います。オーディオとクラシックを始めた数年前にはかけらも理解できなかった「ベームVPOのパストラル」も今は楽しめそうです。これもレコードを購入します。
[ sho*ch*odd*o*okoo ]
2016/11/1(火) 午後 0:24
ただ、CDでの鑑賞をレコードに変えてみたところで、Gustav先生のベームVPOベト5に対する全体的なイメージを覆すのは難しいのだろうなあ、と思いました。ここの部分は弊員の経験と知識が少な過ぎて、コメントしようとすること自体に無理があります。しかしながら、もしもGustav先生がQuontz先生の装置でお聴きになったら、、、
「こういう音だったのか!こういうことだったのか!」
と、必ずやヘルマンス録音に対するイメージを変えられることと確信致します。
[ sho*ch*odd*o*okoo ]
2016/11/1(火) 午後 0:25