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今回は上級者向けである。
次なる記事は如何にせんと思案して居た処、gustav師よりヒントを戴いた。 オーマンディのブラ4が気に掛かると。 更に別方面から「私も気になります」と。これは貴重な女性の意見である。 男子たる者、何時如何なる時でも女性は大事にせにゃいかん。 と云う事で急遽記事を認めて居る訳である。 しかし、オーマンディのブラームスのみでどのような記事を書くと云うのか。コイツは中々に難しい。 と、苦慮して居たところ、師のカラヤンのチャイコフスキー第5交響曲の記事が目に留まった。 成る程。カラヤンとオーマンディを比較してみようではないか。 カラヤンは解り易い。解り易いから大方の聴者に受け入れられる。反面、解り易いが為に、突つかれる事も多いのだが… そしてオーマンディはもう少々解り難い。 オーマンディはカラヤンよりは少し先輩であるが、同時代にスーパーオケを駆って壮麗な音響美を競って居た存在である。 では、何故解り難いのかと云う事を探ってみたいと思う。 1に、欧州偏重から来る偏見があるように思う。 私がガキの時分、昭和一桁の音楽聴きは、「フィラデルフィアなんぞは伝統が無い」であるとか「金に糸目を付けずに作り上げた金満オケじゃ」とか、兎角音楽がら離れた部分で批判が多かった。音楽を聴け!と言いたい。 2に、オケの音が凄過ぎて録音では捉え切れて居ないように感ずる。 オーマンディは主にRCAとCBSで録音されて居るが、これが大いなる問題だ。 60〜70年代の主流はキングのLONDON盤、独グラモフォン盤、そしてEMIである。更に言えば東芝EMIの音は劣悪なんであるが、この話は置いておく。 要するに上記3社はスターを揃え、クラシック界の大手である。からして、聴手はどうしてもLONDON盤とか独グラモフォン盤が良く聞こえるように機器を調整して仕舞う。 何時も云うように、上記3社は録再特性がバラバラである。どれかを聴き易くすると、どれかが聴き難くなる。特にキングのLONDONレコードに合わせると、他は概ね痩せた音になる。 しかし、RCAは元々Hi-Fiである。そしてRIAA規格の元祖であるから、DECCAやグラモフォンに合わせると途端に音楽が遠のく。 余りに精緻過ぎる音響と、録再特性の御蔭でオーマンディの良さが体感出来難い訳である。 更にもう一つ指摘して置くと、一時期のビクター盤は盤の材質が悪い。よって、折角の良き音質なのに要らぬノイズが多く、良い音で再生するにはそれなりのウデを要する。ビクター盤は丸針再生が無難である。 3に、オーマンディの音楽が「通」向きである。 これが一番難しい問題だ。フィラデルフィア・サウンドとかオーマンディ・サウンドと言われる独特の音調であるが、これは単に高価な楽器を揃えれば出せると云うものでは無い。単純に言えば音のブレンドであり、高度な技量を要する。また、音楽の運びも極めて精緻に考え抜かれて居て、アゴーギク、デュナーミクと言われると言われる表現法も巧みである。これのみでも音楽に引き込む力を有するのだが、加えて刺激感が無く見事に整った弦楽器群の音色、大音量でもけたたましさを感じさせないブラス群の絶妙なハーモニー等、相当に音楽を聴き込んで居る者で無くては反応しない類の音楽技量である。 従って、大音量であるにも関わらず、角が立たず、感触が柔軟なのである。 しかし、良く聴くと各楽器は充分に鳴り切って居り、時には言語に絶するような重厚な迫力で圧倒される。 詰まり、「通」向きの音楽作りなのである。 チャイコフスキー 交響曲第5番 第4楽章 カラヤン/ベルリン・フィル 71年録音 EMI(ELECTROLA)盤LP DGのチャイコ5番は私にはキツ過ぎる。若い時分でさえキツいと思って居たのに、今となっては心臓に悪い事この上無い。 Shuさんより折角送って戴いたエレクトローラ・オリジナル盤があるので、これを聴き直してみた。 例によってギューリッヒ録音である。以前の記事で比較検証した通り、エレクトローラ盤は楽器の音色が正確である。その分ヘルマンス寄りの音だが、この曲でこの演奏だと強烈だ。痛い程の迫力と、心乱される程の細部の彫琢が刺激感満載と云う感じだ。 確かにこの演奏を聴くと、私も疲れる。オケが鳴り切って居るのも然る事ながら、先を急ぎ過ぎて居るように思えてならぬ。聴手に安息を与えまいとするような、息を吐かせぬ音楽である。 この時代のカラヤン/BPOにしか成し得ぬ激烈な音楽である。 チャイコフスキー 交響曲第5番 第4楽章 オーマンディ/フィラデルフィア管 74年録音 RCA盤(ビクター)LP 私が若き時分に最も頻繁に聴いて居たのがこの音盤である。 何せ音が美麗である。単に美麗と云うのみならず勇壮であり重厚である。シルキーな弦と力強く輝かしいブラスが巧みな遠近感を以て描かれ、聴き疲れしない。自然と音楽に引き込まれる力がある。 これを聴くとカラヤンの壮麗感と雖も一本調子に聴こえる。鳴り切って居る力感では互角であるがコンポジション(構成)が巧みなんだわ。 特にティンパニの活かし方は一級品と言える。 これを聴いて居た時分、「何でオーマンディよ」「矢張りムラヴィンだろ」なんぞと散々貶されて来たが、今聴き返しても素晴らしい演奏であると断言出来る。私はこの演奏が好きである。 ブラームス 交響曲第4番 カラヤン/ベルリン・フィル 63年録音 DG盤LP この演奏には最初から惚れて居る。私はカラヤンのブラ4としては、この盤が最良最高の出来と思う。 1楽章の柔らかなフレージングと重厚な響き。各奏者の技量も然る事ながら、ハーモニーの作りが実に見事である。深い呼吸もブラームスの湿った世界を表出するに適したものだ。 2楽章は若干センチメンタルに傾いたが、しみじみとした情緒が聴き飽きしない音楽となって心を癒す。木管の技量に脱帽する部分でもある。 こう云う美しさはカラヤンならではで、得意中の得意と言って良いであろう。 3楽章は頭から力が入って引き込まれる。快調なテンポだが重量感を伴って聴き応え充分である。後半のティンパニの持続連打は控えめだが、オケ全体の勢いがあるので物足りなさは感じない。 4楽章は誰しもが多少構える「名曲」であるが、この演奏も出だしから圧倒的な重厚感で音楽に引き込む。古風な楽想であるから、ゴツゴツとした演奏も多い中、カラヤンは角の立たない巧みなフレージングで感情豊かに音楽を運ぶ。 重厚壮麗な後半の盛り上がりも、テンポを煽る事無く、分厚いハーモニーを充分に響かせ、最後は安定感充分な見事なランディングを見せる。 ブラームス 交響曲第4番 オーマンディ/フィラデルフィア管 67年録音 CBS盤(ソニー)LP この演奏も私が好んで聴いて居る音盤である。何せ音が美麗で誠に宜しい。 前記事で、何気無く「オーマンディの爆演」と書いた処、gustav師が反応した。「気になるだろうが」と仰るので、近々御紹介致します、と返したのだが、全く別の方からも「私も気になります」との連絡を戴き、急ぎ収録した訳である。 オーマンディの爆演と言っても、オーマンディと云う指揮者が甚だしきデフォルメで音楽を歪めたり、奇面人を驚かす如き怪演や奇演をする筈も無く、それらを期待の向きには当てが外れる事となる。 1楽章の出だしは少々硬い印象を抱くが、音楽が進むにつれ次第に持ち前の滑らかさ、上質なシルキートーンが支配するようになる。リズムの刻みはカラヤンよりは減り張りがあるが、重厚なハーモニーは刺激が無く美しいので音楽を滑らかに感じさせる。力一杯鳴らし切る演奏は、充分に爆演の域に達して居るが、そうは感じさせない処が美点なのだ。 2楽章は情緒豊かな美しいクラリネットに惹かれる。そして、合いの手のホルンが又美しい。 言い出せば限が無い。何処を切っても美しいのだから仕方が無い。 3楽章が又、実に見事な出来栄えだ。早目のテンポで大音量、強靭なリズムであるが、肌理が細かく丁寧な音楽の運びであるから粗が見え無い。 そして、後半のティンパニの持続連打の表現が見事である。立体的なコンポジションの妙である。 4楽章は最大の聴き処だ。金管は容赦無く目一杯吹き鳴らされ、弦の滑らかさと見事な対比である。対位法処理が巧みで各パートが埋没しないのでブラームスの見事な構築性が如実に炙り出される。 後半の盛り上がりも金管群が見事だ。爆演と言って良い程の強奏だが、それでも破綻しない凄味がある。カラヤン盤が予定調和に感じられる程のエネルギーだ。狂気さえ感じさせるエネルジコ・エ・パッショナートだ。 |

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(その1)
早速にオーマンディ盤をアップいただき、ありがとうございます。
フィラデルフィアoに関し、「金に糸目を付けずに作り上げた金満オケ」とお書きになったところは、一面の真実でありまして、両大戦間の最も栄えた時期に豊富な資金力でストコフスキーをはじめとする名手楽団員、楽器をそろえたとも言われています。
その後、このオーケストラが破綻にまで追い込まれたのは、フィラデルフィアという街そのものの経済的疲弊が大きく影響を及ぼしたようにも思います。
録音には不適とされ、録音会場を転々とせざるを得なかった本拠地アカデミーオブ・ミュージックは、全米最古のオペラハウスへの郷愁もあったのでしょうが、補修も満足に行き届かない本当にボロい施設であったにもかかわらず使い続けたのは、経済的苦境もあったに違いありません。
2018/3/5(月) 午後 6:46
(その2)
まずチャイコフスキーでは、私が好む70年代EMI録音のカラヤンは、「息を吐かせぬ音楽」という表現が一番似合っていると思います。
やや勢い込んだ音楽は、この曲そのものをカラヤンの生では聞いたことはありませんが、コンサートでのカラヤンを彷彿とさせるもので、興奮を掻き立てて、私には快い疲れをもたらします。
それに対してオーマンディは、大人の音楽と言ったらいいのでしょうか、無理に煽り立てることはしていません。
響きそのものも、大阪のフェスティバルホール、本拠地アカデミーオブ・ミュージック両方で聞いたものとは違う、実に整ったもののように感じます。
2018/3/5(月) 午後 6:47
(その3)
ブラームスの4番では、60年代カラヤン盤は私が十代の頃にさんざん聞き込んだ録音で、これに関しては良いとか悪いとかを超えた存在となっています。
肝心のオーマンディ盤は「爆演」という触れ込みでありましたので、妙な期待をしておりましたら見事に肩透かしでした(笑)
しかし、こちらのブラームスこそ大人の音楽と評するにふさわしいものを強く感じます。
煽り立てた、いかにもというものではなくて、第1楽章から速めのテンポで充実した力強さを覚えます。
同時に、カラヤン盤のような湿り気はそれほど強く感じません。
フィラデルフィアoというと弦楽器群が有名ですが、私の記憶では同時に管楽器セクションの美しさも特筆すべきものがあり、それはここでも感じ取れます。
フィラデルフィアoのブラームスというと、少し前にムーティ盤をフィリップス録音で聞いており、これもまた爽やか系のブラームスであったように記憶しています。
このオーマンディ盤を聞いておりますと、やはり似たような印象がありまして、オーケストラ固有の響きは時代が、指揮者が変わっても抜きがたいものがあるのかもしれませんね。
2018/3/5(月) 午後 6:53
> gustavさん
何時も有難うございます。リターン遅くなり申し訳ありません。
少々体調が芳しくなく、キーボードから離れて居ました処、突如米国のShuさんよりLPが1ダース程送られて来て、そちらの方に時間が取られて仕舞いました。
これらはなるべく早急に記事に致したいと思って居ます。
私は金満オケ、良いと思いますけどねぇ(笑)
聴き手としては、何はともあれ質の良い音楽が聴きたい訳で、兎に角良い事はドンドンやってくれ!と云う感じですよ。
カラヤンにも同様な批判がありましたけど、残ったものは矢張り良きものが多かったので、私は金満ゴージャス賛成派ですな。
爆演に関しての捉え方は、各々差異があって然るべきですが、私は怪演、奇演とは使い分けて居ます。
爆演とは、主に爆発的エネルギーを有した名演と云う意味合いで使って居ります。
御指摘の通り、フィラデルフィアの管は素晴らしいと思います。私は寧ろ弦より管の方に感心します。非常に上質、上等です。強烈なエネルギーなんですが美しい。
ムーティのブラ4も好みです。良い録音です。
2018/3/7(水) 午前 11:40
爆演関係は次記事でも予定して居ります故、懲りずに又お付き合い賜りたく御願い申上げます。
2018/3/7(水) 午前 11:42