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前記事で触れた如く、Shuさんより一連のETERNA盤コンヴィチュニーが送られて来たので、そろそろ決着を付けるべき時が訪れたようだ。
何の決着かと云うと、コンヴィチュニーのETERNA録音の謎に就いて、である。
コンヴィチュニーと云う人は、丁度モノラルとステレオの端境期に全盛期が合致して居た事と、東独と云うややこしい環境下に在った事で、音盤愛好家の間では妙な「謎」が飛び交った。
曰く
「コンヴィチュニー/GOLのすべてのETERNA録音はモノーラルで、ステレオ録音とされるものは、モノーラル録音の擬似ステレオ化されたものである」

然も、この説には客観的根拠と称される言説が有って、徳間の関係者が、「ETERNAのステレオ機材導入は64年である」と言った、と云うのが根拠とされて居る。
で、要するに59年〜61年録音のベートーヴェンは全てモノラル録音で、ステレオ盤は全て擬似ステレオ盤である、と云うのである。
私にとっては将に青天の霹靂と云うべき「新説」で、幾ら徳間の何某の証言があろうと俄かには信ずる事が出来ない。
何せ私は長い長い間、コンヴィチュニーのステレオ盤ベートーヴェンをこよなく愛好して来たのである。しかも、第5番を除いて概ね満足出来る音質なのである。
こう云う「新説」或いは「珍説」を真剣にネット上で公開されて居る御仁が御出でになるのだが、私の如くリアルに60年代の擬似ステ時代を経験して来た者にすれば、「貴殿はお幾つ?」と問い掛けたくもなると云うものだ。

それ位擬似ステとステレオでは聴感上の違いがある。違いが判らないと云うのであれば、それは実際に聞いた事が無いと云う事に他ならない。
擬似ステと云うのは、ピンボケ、或いはソフトフォーカスで色気を出した写真のようなものである。音源がピンポイントで定まらないので、何と無く音源が拡がって聞こえるのである。
モノラルは1チャンネル再生であるから、スピーカーは1本である。此処迄は何の問題も無かった。しかし、ステレオ再生が一般的となってからは、概ね2本のスピーカーでモノラル音源を聴くようになり、本来のステレオ音源か擬似ステかの判別が付き難くなった訳である。

擬似ステとは、モノラル音源を左右の2チャンネルに分け、その時に一方のタイミングを何ミリセコンドか遅らせる事によって、脳が音場の広がりを認識する事を利用した再生方法である。簡単に言えば、ずれた音を反響音と捉えて仕舞うと云う事なのである。
従ってオリジナルの音の輪郭はボケて、それなりの女性でも美人に見えて仕舞う訳である。

対してステレオ録音は、最初からL・Rの2チャンネルで録音されて居るから、各楽器の音の輪郭はボケず、自然な音響の減衰がある。
最も大きな差異は各楽器の定位感が有る事だ。これはオーケストラのような大編成の場合に各楽器の位置関係が明瞭になる。それが故に立体音響なのである。
擬似ステは立体音響では無い。
尤も、モノラルであっても奥行き感は存在するので、擬似ステでエコーを付加すると、脳が空間の広がりを錯覚するので一定の効果はある。
しかし、あくまでピントがボケただけの錯覚美人である事を忘れてはならない。擬似ステがオリジナルを超えるなんぞと云う事は絶対に有り得ないのである。

で、コンヴィチュニーのベートーヴェンであるが、徳間の何某が何を言おうと、これはステレオ録音である。
今回のテーマはコンヴィチュニーのETERNA盤ベートーヴェンはステレオ録音であると云う事を、実際に聴き比べながら検証しようと云う事なのである。
以前の記事で、第5のモノラルの音が極めて優れて居た為に、一瞬、信念がぐら付いたが、これに就いても今回はジックリ考察したいと思う。



先ずはモノラルの音と擬似ステの音を聴き比べて、その違いを確認して戴きたい。
素材はフルヴェン/VPOの52年録音のエロイカである。
最初は英EMIのALP1060(MONO)
輪郭が確りとして、程良き奥行きがあり、何より音楽の生気が感じられる。
モノラル録音のモノラル再生(2チャンネル変換)である。




次は東芝音工盤AA7131 ブライトクランク(擬似ステ)盤である。
これが私が最も古くから聴き続けて居る音盤で、エバークリーンレコードと称する、所謂「赤盤」レコードで、見た目は頗る格好が良い。
然し、オリジナルで感じられた音楽の生気が後退し、妙に肥大した音響で落ち着かない。




オリジナル(ALP1060)を元に、私が擬似ステ化してみた。
Rチャンネルを80ミリセコンド遅延。
幾分左右に拡散されたように感ずる。上記のブライトクランクよりは自然で聴き易い。




更に上記の擬似ステにデジタルエコーを付加してみた。
こうするとエレクトローラのブライトクランクに非常に近くなるのが判る。





次にステレオ録音の確認。
62年録音の日コロのSUPRAPHON盤。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、ヨセフ・スーク/コンヴィチュニー指揮/チェコ・フィル
これは明瞭なステレオ録音である。
チェコ・フィルとスークの柔らかな音色を生かしたコンヴィチュニーの名指揮者振りが見事である。繊細で優しい演奏であるが、一本筋の通った聴き飽きのしない名演だ。




コンヴィチュニー/ゲヴァントハウス管の擬似ステの確認。
日コロのeurodisc盤。58年録音のブルックナー交響曲第7番
これは内ジャケにSIMULATE STEREOと表記があるので、嘘も偽りも無く擬似ステと考えて良い。
非常にウエットな感情に溢れた演奏で大らかな好演なのだが、如何せん定位感が全く無く、擬似ステとしてもRの遅延が抑えられて居て音場感は少ない。
モノラルに近い擬似ステであると言える。





此処から件のベートーヴェンに就いての検証。

Shuさんからは1番から9番までの全曲のETERNA MONO盤が送られて来たのだが、全曲を此処で検証する迄もあるまいと考え、1番(1楽章)、5番(1楽章)、6番(5楽章)、7番(1楽章)、9番(2楽章)の5曲に関して、ETERNA MONO盤とPHILIPS STEREO盤を比較する事とした。
この内、5番と6番は単売のfontana国内盤も確認する。
更に5番は64年のETERNA STEREO盤と、
ETERNA MONO盤から擬似ステ化したものも合わせて確認してみる。

交響曲第1番・第1楽章 ETERNA MONO盤
第1番は第9の4面目に収録されて居る。盤が良いせいかハッキリクッキリと太く豊かな音が刻まれて居る。木管が弦群の後方で鳴って居るのはモノラルとしては上出来で自然なバランスだ。




交響曲第1番・第1楽章 PHILIPS STEREO盤
PHILIPSの全集からの収録。
定位感があり響きの減衰も自然で、完全なステレオ録音である。59年の録音ながら非常に優れた音質である。





交響曲第7番・第1楽章 ETERNA MONO盤
ややハイ上がりで高温がキツく耳に付く。同じ59年録音の第1番の自然なバランスとは違い、奥行きの出入りも少なく平板な印象は拭え無い。
50年代のETERNAのMONO盤と言えば一連のアーベントロートの素晴らしい音質が印象に有り、正規録音のコンヴィチュニー盤がこのバランスだと云うのは全く腑に落ちない。




交響曲第7番・第1楽章 PHILIPS STEREO盤
音量が上がっても高音が突出する事無く、非常に良いバランスであり、立体的に展開する非常に優れた録音と言える。誰が聴いてもこれが擬似ステであるとは言えぬであろう。完全なステレオ録音だ。しかも非常に優れた名演である。当全集の中で、私の一押しは、この第7である。




交響曲第9番・第2楽章 ETERNA MONO盤
やや高音が耳に付くが、第7のMONO盤よりは奥行き方向の深さがあり聴き易く感ずる。トリオの木管の絡みは非常に美しく、聴き惚れてしまう。
全体の出来としては、中域の充実感が足りず細身の神経質な演奏に聞こえて仕舞うのが残念である。





交響曲第9番・第2楽章 PHILIPS STEREO盤
MONO盤で気になった広域も柔らかく再現され良いバランスである。冒頭の次々と推移してゆく楽器の移り変わりも立体的で完全なステレオ録音と言える。
ファゴットの渋い音色や、古い皮のティンパニの質感も完全に捉えて居る素晴らしい録音である。トリオの木管の絡み、奥深い所からのホルンの美しい音色も充実して居る。非常に美しい音楽だ。





交響曲第6番・第5楽章 ETERNA MONO盤
60年の録音であるが、驚く程抜けが悪い。冒頭のホルンの神の声も、乾いて神々しさに欠ける。4:25からのヴィオラの活かし方はMONOと雖も明瞭に再現されて居て、それが唯一の救いだ。





交響曲第6番・第5楽章 fontana STEREO盤
fontana盤は中域の充実した昔乍らの落ち着けるステレオ音質だ。冒頭のホルンも渋く良い味である。4:25からのヴィオラは、左方のヴァイオリンと対話して非常に麗しい。このポリフォニックな表現が、コンヴィチュニーのステレオ盤を聴く大いなる喜びとなる。





交響曲第6番・第5楽章 PHILIPS STEREO盤
PHILIPS盤は抜けが良くなり、木管の美しさが際立って来る。冒頭のホルンは威圧的では無く、慈愛に満ちた優しく美しい響きだ。4:25からのヴィオラも強調するでは無く、自然と浮かび上がって来るのがバランスの良い証左である。
これが擬似ステだと言う者が居れば、相当な頓珍漢である。





交響曲第5番・第1楽章 ETERNA MONO盤(63年?)
コンヴィチュニーの第5は61年のリリースで、今回のこの盤はジャケット上部の黄色の部分にM33マークがあるので、恐らく63年の盤と推測して居る。しかし、これが61年盤であろうと、驚く程の差異は無いと思う。
この当時のいい加減さと云うのは、ジャケットと音盤のレーベルにも
Sinfonie Nr.5 c-moll op.67とCoriolan-Ouverture op.62の2曲が表記されて居るが、実際に音盤に刻まれて居るのは第5のみなのである。然も裏ジャケにはコリオランの詳細な解説付きであるから恐れ入る。
音質は抜けの悪さはあるものの、中低域が充実してMONO盤としては聴き易い部類である。
尚、この動画は米国ではブロックされて居るようである。




交響曲第5番・第1楽章 ETERNA MONO盤(67年)
64年からこの肖像画のジャケに変わって居る。64年と言えば、徳間の何某氏の「ETERNAのステレオ機材導入は64年である」と云う証言が気に掛かる所であるが、取り敢えず御聴き戴きたい。
63年盤に比して、圧倒的に帯域が広がって居る事に驚く。同じマスターを使って居るとすれば、カッティングマシンが変更されて居ると言わざるを得ぬ。
恐らく64年の時点でのステレオ機材導入と云うのはカッティングマシンの事であり、同時にモノラルの機材も新しくなったと推測される。





交響曲第5番・第1楽章 ETERNA MONO盤(67年)から擬似ステレオ化
上記67年MONO盤から私が擬似ステレオ化してみた。要するに「擬似ステ説」を検証する為に、モノラルの元ネタから擬似ステ化すると、この様な感じになるのだと云う実験である。
当然の如く音の輪郭はボケる。要するに乱視眼のようになり音が滲む分だけ音場が拡がって聞こえる道理だ。風呂場で歌が上手く聞こえるアレである。
然し、本来のステレオの楽しみである定位感は全く無い。有る様に聞こえるとすれば、それは脳内補正が働いて居るからに他ならない。





交響曲第5番・第1楽章 ETERNA STEREO盤(64年)
徳間の何某氏の言を信ずるならば、この64年盤がステレオ機材導入後の最初の音盤と云う事になる。以前の記事でも確認したが、68年の黒レーベル盤よりは明らかに此方の音質が優って居る。
音場は狭い乍らも音の輪郭は明瞭でボケは無い。何より楽器の位置関係が明確であるから決して上記のような擬似ステでは無い事が理解出来るのである。





交響曲第5番・第1楽章 fontana STEREO盤
国内盤のコンヴィチュニーのベートーヴェンは最初はfontanaレーベルであった。私が聴いて居たのは分売の廉価盤のfontanaのグロリア・シリーズである。
マスターの違いであろうと思うが、上記のETERNAのステレオよりは抜けが良く音場が広い。若干薄口の鳴り方であるが、当時の音盤とすれば上出来の部類と言って良い。
各楽器の位置関係も確り出て居て、ステレオ録音である事が確認出来るであろう。





交響曲第5番・第1楽章 PHILIPS STEREO盤
PHILIPSから全集が発売され、かなり無理をして入手した思い出がある。
然し、無理をした甲斐が有り、全体として音質は非常に良い。この第5が最も音質が悪く、満足出来る音を引き出すのに大変苦労をした。
今回の収録にはDENONのDL-103SAを使って、漸くGOLらしき厚みのある再生音が得られた。
上記のfontana盤よりは中域の曇りが取れて見通しが良くなった感じだ。マスターは良い音が入って居る筈なので、第7番のように両面カッティングで発売すれば優れた音質になると思われる。





さて結論であるが、コンヴィチュニーのETERENA盤ベートーヴェンの「擬似ステ説」なるものは流言飛語の類だと云う事が御理解戴けたものと思う。
同様にシューマンもステレオ録音だと云う事が判るのであるが、これは次の機会に回す事にする。
徳間の何某氏の言う64年説は、恐らくカッティング・マシンの事だと思う。
録音は、恐らくPHILIPSの機材を用いてステレオ録音され原マスターはPHILIPSが所有して居るものと思われる。fontana盤、PHILIPS盤の音質が、ETERNA盤より上回るのはその所為である。
更に、ETERNAのMONO盤に関しては、64年以降の方が音質が良い。これは64年にカッテイング・マシーンが変わったと云う証左とも言える。

今回は原始的な擬似ステレオ作成を試みたが、これは突っ込んで行くと中々に面白い。またぞろ新しき趣味が増えそうで、これは困惑頻りである。





ベートーヴェンの第5とチャイコの6番が舞い込んで来た件りは前記事に書いた。
今回はベートーヴェンの第5交響曲、コンヴィチュニー指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の60年録音の話である。


私は古いタイプの人間なので、コンヴィチュニーのベートーヴェンが好きである。
60〜70年代、猫も杓子もウィーン・フィルかベルリン・フィル、と云う状況の中で、一際存在感を放って居たのがコンヴィチュニーと云う恐ろしい容貌の指揮者であった。処が、これは凄い音楽家だわい、と感服しながら聴いて居る頃には、この恐ろし気な楽長は既に物故して居た。
トスカ爺やフルヴェン先生を振り出しに、クレ爺やクリュイタンスのべトーヴェンを只管聴いて居た時期、遂にSイッセルシュテットの全集が出た。
当時イッセル親父は、私にとっては未だ未知の存在で、これ又随分と怖そうなゲルマン顔の指揮者は、顔だけで充分良い演奏だろうと思わせるオーラを纏っていた。頭がクラクラする程、この全集が欲しかったが、如何せん、ガキの手に届く代物では無かった。
一年越しで金を貯め、これを買うぞ、と決めたのがコンヴィチュニーの全集である。

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この広告の村田氏の「これがベートーヴェンの交響曲の本来の姿である」と云う一言に絆された訳である。
この中の第5、評判は高いが如何せん音が悪い。後年、PHILIPS盤を買ったがそれでも第5ばかりは音が悪い。
そうなると、どうにかしてこの音盤からマトモな音を引き出したい、と手を変え品を変えて音盤再生に取り組む事となった。

当ブログでも散々言って来た事であるが、何十万の針を使おうと、良い音盤一枚には叶わない。何百万のプレーヤーを買う位なら数万のオリジ盤を百枚買う方が良い。素材の良さには何物も敵しない。
これぞと決めた演奏があるなら、とことん良き音盤に拘るべきだ、と言ったら、反応したのがShuさんであった。
コンヴィチュニー盤がそんなに音が気に食わぬのなら、これを聴きなさい、と態々送って戴いた。

コンヴィチュニーの音盤に関しては、ネット上でも色々な説(情報)が飛び交って居て、64年以前の録音は全てモノラル録音である、と云う極論も有る事は承知して居る。STEREO表記の物は全て擬似ステ盤である、と言うのだ。
が、しかし、私の耳はどうしてもこの論説を受け入れない。モノラル、初期ステレオ、擬似ステレオと、聴き続けて来た耳には、どうしても受け入れ難いのである。
ドイチェ・シャルプラッテンにステレオ機材が導入されたのが64年である、と云う情報が、徳間の某氏から流れた事に起因して居るのであるが、それが事実であるかどうかと云う机上の論説を捻り回すよりも、実際の音盤を聴く事の方がハッキリと確認出来る筈である。しかし、それがそう簡単な事では無いのである。同じ演奏の、最初期のMONO盤と最初期のステレオ盤を入手すると云うのは言う程簡単では無い。DECCAやEMIと言った西側大手レーベルに関しては私も早くから確認済みである。そう云う確認作業の中で、同じMONO盤でもイコライジングの違う盤が存在する、と云う事実を確認して来た。
しかし、東独エテルナとなると簡単では無い。出回って居る物の多くはセカンド、サードと言ったプレスで、そうなると著しく音質が変化して仕舞う。
このような愚痴を察知し、その耳で確認してみなされ、と、大変な労力を費やしてくれたのが件のShuさんである。誠に頭が上がらない。

送られて来たのは
68年のSTEREO盤(黒ステ盤)
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64年のSTEREO盤(Vステ盤)
イメージ 3

67年のMONO盤(V字盤)
イメージ 4

の3種である。

何分、60年当時のETERNAの状況が正確に把握出来無いので、断言は出来ぬが、68年の黒ステ盤はステレオ盤の3rdプレスではないかと推測して居る。
64年のVステ盤はステレオ盤オリジナルの可能性が高い。
67年V字MONO盤は2ndプレスと思われる。

因みにオリジナルMONO盤のジャケはこれである。
イメージ 5




最初に昨年の記事で紹介したPHILIPS盤を聴く事にする。
これでも永年苦労して辿り着いた再生音である。当初は全く如何んともし難い音質であったが、イコライジング補正する等して本来のゲヴァントハウス管の剛毅な音色、演奏に再現して居る心算である。以下のETERNA盤と比較して戴きたい。
かなり再現した心算ではあるが、定位感に乏しく、音は拡がって聞こえるものの擬似ステと言われても致し方無い。
私はゲヴァントハウス管の実演に接した事は無いのだが、乏しい実演体験の中から、ゲヴァントハウス室内管の音色を参考にこうであろうと云う再生音を導いた。




68年の黒ステ盤である。
高域の抜けは悪いが定位感は初期ステレオ盤レベルには出て居る。これであれば強引に擬似ステレオであると断ずる訳には行かぬ。
上記のPHILIPS盤と全く同じ再生環境であるから、残念乍ら貴重なETERNA盤だと言って有難がると云う所までは行かない。聴き易くはあるが如何にも古いステレオ盤と云う感じで、これであれば国内盤で充分事足りる。




64年のVステである。
上記の黒ステ盤に比べると、明らかに音域が拡がって居るのが判る。定位感も若干ではあるが良く聞こえるが、これは音域が拡がった為にそのように聞こえるのであって、基本的には同じステレオマスターによるものであろう。
低域方向への伸びは明らかに此方の方が優れて居り、ティンパニの打ち込み等も程良く響く。
しかし、矢張りこれでも高域は頭打ちで、音場の狭さが如何にも古い録音だと痛感させられる。





67年のV字MONO盤である。
こうなると、最早別物である。いきなり高域が抜け、視界が開けたように感ずる。高域が伸びると云う事は、低域が深々と伸びる。この謎はどう解釈して良いのか解らぬが、スーパーツィーターを使うと低域が伸びると云う例の現象と同じである。
これは全く違和感が無い。恐らくオリジナルMONO盤であれば、もっと広帯域で生々しい音がする事であろう。
モヤモヤ感が無いのが嬉しい。煩わしさが無く素直に音楽に入って行けるのだ。これは御薦めである。



と云う事は…
益々混乱して仕舞うのだが、59年録音の7番の素晴らしい音質を聴くと、到底擬似ステとは思えず、今回の5番は明らかにMONO盤優位である。
ステレオ録音にPHILIPSの機材を使用した可能性もあり、一概にMONO録音&擬似ステ、と云う結論にはならないであろう。
59年録音の7番、60年録音の6番は非常に良い音質のステレオを聴く事が出来るのである。
今回の検証からすると、初期ステレオ録音&MONOカッティングと云うのが正解だと思うのだが…

十日間程完全に寝込んで仕舞った。ワシも此処迄かと思う程、どうにも起き上がる事も出来なかった。やっとPCに向えるようになったので、今の内に書くべき事は書いて置きたい。

前記事でShuさんが中々に鋭いコメントを入れてくれた。
音盤の再生によって、演奏の評価も違って来るのではないか、と云う誠に的
を得た意見だ。
評論家なる者が、これは名演だ、とか、これは駄演だと言うのは勝手だが、
奴等は如何なる再生音を聴いて判断して居るのか、或いは、如何なる音源を聴いて居るのか。此処に関しては一切触れられて居ない。
要するに同じ音盤を聴いて居ても、皆違う音を聴いて居るのである。
装置によって、或いは部屋によっても聴いて居る音は違う。況や再生手腕に
よって、折角の高価な装置も充全な効果を発揮出来無い事を理解すべきなんである。
更に厄介な事に、レコードでもCDでも、盤による差が歴然と現れて仕舞う
のである。
これに関しては、前記事でカラヤンの悲愴の英EMIオリジ盤を取り上げ、サラ
ッと解説した。
で、今回はベーム/VPOのDG盤、ベートーヴェンをちゃんと堪能しまし
ょう、と云うお話である。

gustav師匠の最近の記事で、ベーム/VPOのDG盤ベートーヴェンはシックリ来ない、と述べられて居る。
処が私は随分以前から、ベーム/VPOのヘルマンス録音は人類の宝、と明
言して止まない。これは如何なる事であろう。
恐らくは、音盤による差があるに相違ない、と睨んだ。
gustav先生、多分CDしか聴いた事が無いのではなかろうか、と察した訳で
ある。斯く言う私にしても、ベームのCDは絶対に聴かない。私だって色々試して居るのである。
その昔、アートンと云うCDの素材が出て大層評判になった。私も早速ベー
ム/VPOの名盤、ベートーヴェンのパストラルのアートン盤を購入した。
これが全くのクソなのである。これでは何が名演なのか解ったものではない
。矢張り真価が理解出来るのはLP、しかも初期盤なのである。
記事を構想に入れ乍ら、ベームの第5のオリジ盤を取り寄せた。人気が無い
所為か安いのである。
DGの国内盤LPも、初盤は概ね良い音がする。音に艶が有るのである。C
Dと云う奴は概ね音の艶が減じる。これはフォーマットの所為で仕方が無い。私も国内盤の初盤を持って居るが、オリジ盤との差を確認したくなったのである。
そもそもヘルマンスの仕事と云うものの特徴は、音の艶なんである。克明に
個々の楽器の音を拾って居るが、それが余韻を持って、空間に放出される。
これが独特の艶であり、私を魅了して止まないヘルマンス・マジックなのだ。
此れを踏まえて、御読み、御聴き戴きたい。

今回は体調の事もあり、自分の原点に戻ってみようと思った事もある。
私の音楽鑑賞の原点は、トスカニーニの第5であったと思う。理由は単純で
、当時巨匠と呼ばれて居たトスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーの中で、一番の年長者がトスカニーニで、何しろ一番偉そうであったからだ。
しかし、私はこの大層立派な「運命」には然程感銘は受けなかった。
ああ、これが「運命」かと腑に落ちて聴き捲ったのはフルヴェン先生の47
年盤、かの有名なEMIのスタジオ録音である。
今にして思えば、第5はこの一枚があれば充分であろう。それこそ耳タコに
なるまで刷り込んだ第5であるが、これ以上立派な威容を備えた第5は他には皆無である。此れを以て私の原点としよう。
曲が曲だけに、挙げれば幾らでも出て来てしまう。今回は、これぞ第5、と
云うべき代表的な7種を挙げる。この7種を繰り返し聴くだけで、第5は充分堪能出来るものと思う。
幾らでも増えてしまうので、基本中の基本であるフルヴェン盤以外はステレ
オ録音とした。私の最も好むクライバー親父/コンセルトヘボウ盤も、体力の関係でカットした。
そしてデジタル時代は一切カットである。第5は50〜70年代が頂点で、
後は衰退の一途を辿っているような気がするのだ。
超有名曲で、名盤揃いである。瞬く間に削除される事が予想されるので、一
瞬を逃さず御聴き戴きたい。




フルトヴェングラー/ウィーン・フィル 54年録音 EMI盤CD
これは一等最初のCDであった。処がこのCDは驚天動地の高音質なのである。オリジナルマスターからのCD起こしらしいが、悔しいがこればかりはどんなレコードよりも良い音がする。兎に角、出だしの4音を聴いた瞬間おっ魂消た。毛唐はこんな素晴らしき音を聴いて居たんだと、改めて敗戦の意味を噛み締めた。
初心者の方は虚心坦懐に、ベテランの方も襟を正して今一度この「原点」に聴き入って欲しい。これがベートーヴェンの第5である。
フルヴェン先生の第5の音盤は十数種もあるらしいが、私はこれが完成度に於いて随一だと思う。如何なる反対派もこの演奏の前には頭を垂れそうな威厳である。





コンヴィチュニー/ゲヴァントハウス管 60年録音 PHILIPS盤LP
この音盤、全集の中の一枚で、片面に無理やり切り込んである所為か音の伸びに欠ける。同じ60年録音でも3番、6番は両面カッティングなので良い音がする。極めて残念だ。
色々調べてはみたが、録音エンジニアは定かではない。Dieter-Gerhardt Wormと云う説もあるが、この人がプロデューサーとして絡んで居るのは確かだが、実際のETERNAのエンジニアの名前は定かではない。マズア以降は確実にシュトリューベンだと云うのは判っているのだが…兎に角MONO末期、ステレオ初期の東独の録音は怪しいものが多い。
コンヴィチュニー楽長の第5はゴツゴツ感が堪らない魅力だ。スコア上このモチーフはこうなってこうなる、と云うのが手に取るように聴こえて来る。
そして矢張りこのオケは上手い。個々の技量と云うよりオケとして上手い。
ベートーヴェンの第5と云うのは、こうしてやりなさい、と云う鑑の如き演奏である。




イッセルシュテット/ウィーン・フィル 68年録音 LONDON盤LP
DECCAとしての初のVPOでのステレオのベートーヴェン交響曲全集である。
この音盤も数枚所有しているが、今回の収録は全集盤からである。何度も言って居るが全集盤はZALスタンパー入で音が良い。全集盤で音が悪いのは9番である。この5番は概ね問題は無い。
これも耳タコの演奏で巷間の評判も頗る良い。しかし、何か今一つなんである。
これでどうだ、と云う感じは良く伝わって来る。文句の付けようもない、隙の無さである。しかし、フルヴェン先生のような高揚感も、コンヴィチュニー楽長のような郷愁感も薄い。
将に第5に於ける完璧な優等生なのである。しかしVPO一番の武器であり、特徴である色気が足りない。
全集の中ではこの5番と8番のエンジニアはケネス・ウィルキンソンである。
どうもこの人、名前とは真逆でカミソリの如き切れ味が無い。パリーのような高揚感とか、ロックのような色気が足りない。一連のショルティはウィルキンソンの録音で、ドライな感じがショルティとマッチしていたが、イッセル親父はNDRの創設者で、根っからブラームス向きの渋好みである。色気の無い事この上無い。しかし、第5と云うキチキチの曲だから、これはこれで貫徹された名演と言えるのである。




C・クライバー/ウィーン・フィル 74年録音 DG盤LP
最初は戸惑って居たショルティ/シカゴの第5に漸く慣れて聴ける様になった頃、突然C・クライバーの第5が登場し世間の話題をカッ拐って行った。
当初、評判が良いと云う感じでは無かったと思う。当惑したのである。
カラヤンやショルティは、何処かトスカニーニを引き摺って居たのだが、C・クライバーの第5は、親父クライバーでもフルヴェン先生でも無く、C・クライバー独特の新たな視点での表現なのだ。
中々に強い表現である。この強さは力任せではない。充分に撓り弾ける鞭の如き強さだ。MAXの迫力は親父には及ばないものの、全曲を通じて弾ける鞭の鋭さは、聴き慣れて来ると一種の快感に変わる。
録音エンジニアはシュヴァイクマンで、私はこの人の音作りは好きになれない。徹頭徹尾人工的なのである。
レコードによる音楽であるから、この手の技法も有りだとは思うが、私はヘルマンス好きであるから違和感が拭えない。
しかし、C・クライバーの第5は録音にしても演奏にしても、人工美として大成功であった。このようなインパクトの有る第5は滅多に有るものでは無い。殊に3楽章の躍動感たるや、カラヤンでさえ一歩譲る素晴らしさだ。これこそ鞭のように撓り弾けるC・クライバーの特徴が生きた名演だ。




カラヤン/ベルリン・フィル 76〜7年録音 DG盤LP
70年代のDGとしては、ベームもクーベリックもC・クライバーも存在して居る中での録音である。あのカラヤンとヘルマンスであるから、当然これらを意識し、凌駕するものを狙ったと考えて良いであろう。
C・クライバーを聴いた後にこの演奏を聴くと、何かホッとする。基本的には似たようなテンポであるが、カラヤンの間の取り方は伝統に則した無理の無いもので、内心「これだよなぁ」と嬉ぶ。そして兎に角、BPOの音の迫力たるや、並み居る爆音系演奏を尽く吹き飛ばす。音がデカイだけではない。舌を巻く程上手いから天下無双なのである。
録音は態と3ヶ月間を空けて客観的に見つめ乍ら行って居る。勢いや伝統のみでは無く、現状での最高峰、否、未来に亘って迄も天下無双と言われ続ける演奏を目指したに相違ないのである。
この2楽章は絶品である。美しいものはより美しく、と云うカラヤンの美意識が、生では絶対有り得んだろ、と云う極微細な美音で綴られて行く。ついつい最後迄聴き通して仕舞う音響美である。流石のベートーヴェンもここまでは想像出来無かったであろう。
gustav師は、この演奏は疲れると仰るが、第5は疲れる音楽であるから「正解」なのである。




ベーム/ウィーン・フィル 70年録音 DG盤LP
本題のベーム盤である。
私はDGヘルマンス録音のベーム/VPOの音盤を好んで聴いて居る。そこにはVPOの絶頂期の世にも美しき音楽を味わう事が出来るからである。
この音盤が出た当時の興奮は今でも鮮明に記憶に残って居る。しかも、一枚¥2000のレコードには、A,B両面に第5が一曲。途轍も無い贅沢品、高級品であった。当時、待ちに待った決定盤を手にした時の喜びは忘れられるものでは無い。
ベームは朴念仁の如く思われて居る節があるが、前掲のコンヴィチュニー楽長やイッセル親父の演奏と比すると、此方の方が余程感情や表情の起伏が豊かで聴いて居て飽きない。剛毅な中にひっそりと感じられる弦の揺らし方なんぞは絶品の域と言える。終楽章に向けて徐々にアクセルを踏んで行くやり方は中々に聴かせ上手だ。
この収録盤はDGのオリジナル盤で、年代相応のノイズは勘弁戴きたいが、素晴らしく瑞々しいVPOの色気タップリの音色は、人類の宝と言って差し支えあるまい。
反面、VPOの麗しき音色に食指の動かない御仁には、ちーとも理解出来ぬ類の正統派演奏と言え無くも無い。
ベームとは音盤で損をして居る人だと思う。
例えばシューベルトの「ザ・グレイト」79年のドレスデンライヴと云う音盤がある。オケは言う迄も無くSKD。81年に追悼盤と称してDGから発売されたものだ。ベームはスタジオ録音では凡庸、ライヴこそ燃えるタイプだと云う説があり、喜び勇んで購入したが、さっぱり良く無い。
実はこの演奏録音、Deutsche-Schallplattenの録音で、79年にETERNAからリリースされて居る。詰まりオリジナルはETERNA盤なのである。こちらを聴かなければ真価は理解出来無いであろう。DGとすれば、かなり遣っ付け仕事の感が否め無い。
この曲、63年のDG盤ヘルマンス録音の方は名盤の誉高く、古くから評価の高い演奏である。詰まり、ちゃんとした方針の下、ベームの音楽を理解した然るべき録音であれば、一発勝負のライヴよりは質の高い演奏を味わえると云う事なのである。
ベームと雖も百発百中、名演奏と云う訳にはならない。これはフルヴェンだろうがカラヤンだろうが同じ事で、ベームばかり非難される謂れは無い。
この第5とパストラルの二枚を以てして、歴史に残る大指揮者と言っても良いのである。




クリュイタンス/ベルリン・フィル 58年録音 EMI盤LP
当ブログとしてはこの盤が本命、一押し盤である。
私が始めてこの演奏を聴いたのは東芝音工時代のセラフィム盤で、これは中々に音が良い。演奏も聴き慣れたBPOの安心感抜群のバランスで、何度聴き返しても全く飽きが来ない。
後に英国盤を聴きたくてEMIのHMV CONCERT CLASSICS SERIES盤(青ニッパー)を入手したが、これは全く気の抜けた音で、魅力は半減であった。
調べると、録音エンジニアはホルスト・リントナーと云う人らしいが、音盤による音の差はエンジニアの責任では無い。本家EMIにしてこの有様であるから、況や東芝EMIなんぞは論の外である。年代の下った盤には全く期待出来無い。
この収録盤はEMIのASD.267 所謂「白金」盤(しろきんばん)である。
参考迄に、下にセラフィム盤と青ニッパー盤の1楽章を貼って置くので、聴き比べて戴きたい。
Shuさんが御気付きの如く、盤によって音楽の印象、演奏の好悪の判断が変わって仕舞うのである。




クリュイタンス/ベルリン・フィル 英EMI盤(青ニッパー) 第1楽章
これは音が薄い。東芝よりは遥かに音場は広く音が抜けて居るのだが、音楽自体も遠くなって仕舞い、芯の強いBPOの魅力が減じて居る。ホルンもフレンチのように軽く感じる。




クリュイタンス/ベルリン・フィル 東芝音工セラフィム盤 第1楽章
私が最初に聴いたのは、この音盤である。
何時もの東芝の音調で、抜けが今一つで、音の角が丸くソフトだが比較的上手く纏まった音である。図太いBPOが感じられるのは嬉しい。

エロイカのカラヤン

先日床屋に行った。この床屋とは10数年来の付き合いである。ここ6年で2回の転居をしたが、如何に距離が遠かろうと、馴染みの床屋と云うのは替えられるものではない。
10数年前、会社からの帰途、夜も暗いと云うのに看板に灯が点っている床屋があった。おお、こ
れは便利じゃ、と思い入ることにした。その当時、私の馴染みの床屋が2軒も相次いで無くなり、私はこれぞと云う良き床屋を探して居たのだ。
入るや、私の注文は只事ではない。懐からカラヤンの写真を取り出し、「この通りにしてくれ」
マスター氏は大変困っていた。「これは癖毛ですよ。こんな風にはならない」
私は最初から試す心算であるから、「出来る限り同じように」と椅子に座った。
マスター氏は一苦労。コテを駆使してどうやらカラヤンカットを仕上げたのである。
以後、私はその床屋の常連となって居る。当然、マスター氏は今でも一苦労してコテを駆使してい
る。

先頃、夢枕にカラヤン先生が立たれた。私はこの先生ばかりは緊張する。しかも最近、ショルティを結構に持ち上げたもので、看過出来ぬと思われたのかも知れぬ…
「最近すっかりサボって居りまして、誠に申し訳ありませぬ」
ウンと頷かれ、ポンと軽く背中を叩かれた。やれと云うのである。

もう何年も前からやろうと考えていた企画があって、切欠が無いままに幾星霜が過ぎて来た。それが今回のカラヤンのエロイカである。
私のカラヤン初体験は、擬似ステ盤のフィルハーモニア管とのベートーヴェン第5であった。この
人がフルヴェン先生の後を継ぎ、次代のドイツの巨匠であると喧伝されて居た頃の話である。
しかし、トスカニーニやフルヴェン先生で馴らされていた耳には如何にも頼り無く、何が良いのか
さっぱり理解出来なかった。この人は本当に巨匠なんであろうか、と完全に疑って掛かって居たのである。
それが完全に払拭されたのは、DG移籍第1弾と云う触れ込みで登場した、ドヴォルジャークの新世界交響曲であった。トスカニーニとクーベリック(VPO)で馴染んでいたこの曲が、將に完璧とも思える緻密さと優雅さと迫力を以て、眼前に展開した。これが本当のステレオなんだと得心した。この時から、カラヤンとヘルマンスのマジックに掛かったのである。
当時を知る方であれば御理解戴ける事と思うが、本当にこの音盤には度肝を抜かれたのだ。
イメージ 1
※このジャケを見て、若き頃、黒のトックリを着て悦に入って居たものだ

一方、エロイカの初体験と云うのは、何度も述べたがフルヴェン先生の52年録音(VPO)、赤盤のブライトクランク盤だ。ところが、その当時はこれがサッパリ理解出来なかった。ワンワンと響くばかりで音楽の芯が掴めない。
イメージ 2
それでは、と云う訳で次に手を出したのがワルター/コロンビア響であった。これは誠に落ち着き払った演奏で、巷間言われるような熱き血潮は感じられない。しかし、これも修行と思い、幾度も幾度も繰り返しワルター盤ばかりを聴いて居た。
それも限度があった。矢張りベートーヴェンの熱き血潮を感じたくて、レコード店に走り、トスカニーニ盤を入手した。最初の二発で決まった。「これだ!」と云う訳で、漸く私はエロイカが好きになる事が出来たのである。
イメージ 3


さて、そのトスカニーニのエロイカの衣鉢を継ぐのはカラヤン/BPOだと何かの本で読んだ。
これを聴かねば夜は寝られない、と早速にカラヤンを聴いた。
何と!これ程エロイカの似合う男は居るまい、と思った。これはカラヤンの曲だ。
それからと云うもの、私はカラヤンのエロイカは極力聴こうと努力するようになったのである。

ネット上を紐解くと、カラヤンのエロイカの音源は、映像物を含めて13種確認出来た。得体の知れない物を勘定に入れるともっと多い事であろう。
私の手元に有るのはその内の6種である。尤も音盤としての正規録音は網羅している心算である。
その6種類が今回のテーマである。収録、比較は1楽章と4楽章である。




カラヤン/BPO 53年録音 JOKER盤LP
これはBPOとの戦後初共演のライヴ盤である。会場は例のティタニア・パラストである。
フィルハーモニア管との正規版の方が1年程早い録音であるが、ライヴは如何せん音が悪く、正規
盤の良き音質の後に持って来るのは酷であるから、最初の登場と相成った。
音質は、まあ、前記事のメンゲルベルク盤と同程度かそれ以下と云う感じで、決して聴き易いもの
ではない。
しかし、矢張りこの時期のBPOのエロイカからは、フルヴェン先生の匂いが漂って来る。中々に
熱のある演奏ではあるが、如何せんこの音質でカラヤンの華麗な演奏を想像するのは難しい。一応、と云う事で参考程度の音盤である。




カラヤン/フィルハーモニア管 52年録音 SERAPHIM盤LP
MONO録音であるが、この盤は擬似ステ盤である。流石に英コロンビアの録音だけあって、良き音質
である。カラヤンの演奏は最低この位の音質でなければ聴いた気がしない。
擬似ステの所為か否かは判らぬが、BPOの演奏と比較すると音楽の芯が柔らかく、壮麗なカラヤ
ン、と云う印象からは程遠い。しかし、この当時、このオケでと云う観点では非常に良く纏まっていると思う。カラヤンらしさを感ずるのは、漸く終楽章のコーダになってからである。




カラヤン/BPO 62年録音 DG盤LP
これを聴いて、カラヤンにはエロイカがお似合いだと思ったのである。矢張りこうでなくてはなら
ない。カラヤンはDGでヘルマンス録音でなくては飛翔出来ない。
BPOならではの芯の強さと音の厚み、有無を言わせぬ緻密なアンサンブル。金管のハーモニーな
んぞはもうフルヴェン先生を軽く凌駕して居るではないか。
もう、これで良いではないか、と思わせる完成度なんであるが、一方では余りにもフルヴェン先生
を意識し過ぎて、堂々と落ち着き過ぎた感が否めない。カラヤンらしい一気呵成の切れ味が足りないと思うのは私のみか…




カラヤン/BPO 76、77年録音 DG盤CD
聴いた瞬間、これはヤバイと思った。この場合のヤバイと云うのは最近の語法で、凄く良い、と云
う意味である。オジサンは若い女性を好むもので、美味しいケーキなんぞを買い与えると「これヤバイ」と発する。当初、何がヤバイんじゃ、と思ったが良く良く聞いて居ると「凄く良い」或いは「メッチャ美味しい」と云う時に発する言葉だと理解したのである。
そんな事はどうでも良い。この演奏は徹頭徹尾私の求めて居たカラヤンのエロイカである。颯爽と
して華麗。緻密にして美麗。流麗にして堅固。これがカラヤンの全盛期のエロイカである。詰まり美味しいのである。終楽章のコーダなど身体が動き出すような興奮に陥る。実にヤバイ演奏だ。




カラヤン/BPO 84年録音 DG盤CD
デジタル録音になると、微細な音の動きまで克明に聴き取れるようになる。第1楽章の出だしの勢
いは76年盤と同様だが、何か物足りなさを感ずる。それは、あのハーモニーの美麗さが後退しているからなのである。その代り荒々しさが復活して、これはこれでエロイカらしい演奏には仕上がって居る。こうなると好みの問題だ。しかし…どこか緩みのようなものを感ずる部分があるのも確かなのである。
この一枚のみを聴く限りでは、大層立派な演奏には違いあるまい。否、立派な演奏である。流石は
カラヤンである。オケが少し緩んだだけなのだ…




カラヤン/BPO 82年収録 SONY盤DVD
これは以前にも記事にした事のあるBPO創立100周年記念コンサートのライヴである。この演
奏は恐るべき演奏である。2年後のDGの正規録音のような緩みは一切感じられない。流石に歴代の名手をズラリと並べた記念公演だけの事はある。何よりも演奏の熱が尋常ではない。時にカラヤ
ンの抑制が全く効かなくなる程の真剣勝負なのだ。本気のBPOが凄いと感じたのは、カラヤンを乗り越えて暴走し、踊り狂うBPOが見られる所である。しかもそれが高度に完成された形で着地するのであるから堪らない。物凄い迫力、と云う陳腐な表現しか思い付かないのだが、敢えて言う
なら一糸乱れぬ弩迫力と云う表現である。
4楽章は出だしから早くも全力全開である。徐々に盛り上げようなんぞと云う姑息な考えはさらさ
ら無いのだ。こうなると最早メンゲルベルクの域に達している。残念なのはこれが最後であったと云う事である。耳の先まで熱くなるような激しいコーダが終わった後、祭りの後の寂しさが襲って来るのを禁じ得ない。
それでも敢えて言おう。カラヤンはエロイカの最高に似合う男であった、と。










好きこそ物の上手と云う言葉があるが、gustav師匠のブログはそんなモンでは無い。唯事では無いのである。
私も一時は目標に、とも思ったが、とてもでは無い、足元にも及ばぬ。これを御読みの皆の衆も、師のブログを遡って御覧あれ。常人の技では無い事がお判りであろう。
師は、モーツァルトは宇宙人ではないかと言う。私もほぼ同様な考えであるが、師自身は何者ならんと思う。
御自身のブログ記事のみでも偉業認定されるべき処、当ブログの拙記事に対しても、実に懇切丁寧長文に亘るコメントを賜る。当然、他のブログ記事にも目を通し、コメントされて居る事であろうから、恐るべき集中力と忍耐力を有して居られると言わざるを得ぬ。将に超人の所 業である。
 
 
その超人gustav師は、最近デッカのVPOのBOX物を中心に聴いて居るとの事である。それで、当ブログの記事との絡みの中で、そのBOXのブルックナーの交響曲5番はマゼール盤だと云う事が解った。BOXの選曲者も中々やるわい、と思ったが、良く考えるとデッカ録音でVPOのブル5はクナ盤とマゼール盤位しか無い事に気付いた。それ処か、デッカ録音はVPOのブルックナー自体が思ったより少ないのである。
デッカ盤、ベーム/VPOの3番、4番が有名なので、もっとあるように錯覚して仕舞うが、5,6,9番は無いし、7,8番はDG録音である。
 
 
不思議な事に、好きな演奏が何故か同じレーベルに偏って仕舞う事がある。今回の表題のベートーヴェンのヴ ァイオリンコンチェルトも然りで、私の好みの音盤はPHILIPSに偏っている。
シェリング盤の2種とグリュミオー盤で、私がこの曲を聴く場合は大体がこの3枚のどれかと云う選択になる。稀には新しき録音のCDを聴かぬ訳ではないが、結局は口直し(耳直し)で上記音盤を取り出す羽目になる。
この曲の特徴は、ソロとオケが対等である処で、両者のバランスが悪いと詰まらない。録音も含め、両者の一体感が肝要なのである。
 
 
 
 
シェリング/ハイティンク/コンセルトヘボウ管 73年録音 PHILIPS盤 LP
シェリングの演奏は端正である。そして大らかで良く歌い、人の声で語り掛けて来るような独特の温度感を有して居る。ハイティンクのバックは、美しくオケを鳴らす事に努めて居るのが好ましい。私はこのオケの音色が聴きたいのである。
この時期VPOは爛熟期で、BPOも最も完成度の高い時期であるが、このコンセルトヘボウの頑固な美しさは異様な程である。この当時の音盤マニアは、コンセルトヘボウこそが最高のオケだ、と本気で思って居たのである。
 
 
 
 
グリュミオー/コリン・デイヴィス/コンセルトヘボウ管 74年録音 PHILIPS盤 LP
私はグリュミオーの弾くヴァイオリンの音色が好きである。何時如何なる時でも最上の美しさで期待を裏切らないのがグリュミオーだ。滑らかでシルクの如き艶と触感があり、刺激感が無く心地良い。デイヴィスも強い個性を打ち出す人ではないので、コンセルトヘボウの美しさと厚みが自然で、色彩感豊かである。しかしこのオケ、聴けば聴く程恐るべきオケである事が理解出来る。
この音盤は、回数で言えば、恐らく一番多く聴いて居る音盤だ。最後のたたみ掛けで胸を熱くして終わるのである。
 
 
 
 
シェリング/シュミット=イッセルシュテット/ロンドン響 65年録音 PHILIPS盤 LP
一番録音の古い盤を後ろに持って来るには訳がある。この演奏の後に、他の演奏を聴くと薄く感じて仕舞うからなのである。御題がベートーヴェンで、ヴァイオリン・コンチェルトと来れば、イッセル親父で悪かろう訳が無い。この人の伴奏、ちょっと聴きでは理解し難い処がある。要するに渋いのだ。であるから、音盤の悪さや、再生機器の状態で割を喰う羽目になる。
処が、一旦この親父の凄味を感受して仕舞うと病み付きになる。通のグルメ料理みたいな親父だ。
この録音も、ロンドン響か、と諦めるととんでもない。シッカリとイッセル親父の所業が捉えられた名録音だ。
シェリングは新盤よりは硬質感があるが、基本的には同じ路線で、端正で語りかけるような表現が持味である。伴奏に煽られて力が入って行く感じも好ましい。3楽章出だしのソロで、聴き手に「一緒にやろうぜ」と、語りかけて来るシェリングの味わいが堪らない。

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