|
前記事で触れた如く、Shuさんより一連のETERNA盤コンヴィチュニーが送られて来たので、そろそろ決着を付けるべき時が訪れたようだ。
何の決着かと云うと、コンヴィチュニーのETERNA録音の謎に就いて、である。 コンヴィチュニーと云う人は、丁度モノラルとステレオの端境期に全盛期が合致して居た事と、東独と云うややこしい環境下に在った事で、音盤愛好家の間では妙な「謎」が飛び交った。 曰く 「コンヴィチュニー/GOLのすべてのETERNA録音はモノーラルで、ステレオ録音とされるものは、モノーラル録音の擬似ステレオ化されたものである」 然も、この説には客観的根拠と称される言説が有って、徳間の関係者が、「ETERNAのステレオ機材導入は64年である」と言った、と云うのが根拠とされて居る。 で、要するに59年〜61年録音のベートーヴェンは全てモノラル録音で、ステレオ盤は全て擬似ステレオ盤である、と云うのである。 私にとっては将に青天の霹靂と云うべき「新説」で、幾ら徳間の何某の証言があろうと俄かには信ずる事が出来ない。 何せ私は長い長い間、コンヴィチュニーのステレオ盤ベートーヴェンをこよなく愛好して来たのである。しかも、第5番を除いて概ね満足出来る音質なのである。 こう云う「新説」或いは「珍説」を真剣にネット上で公開されて居る御仁が御出でになるのだが、私の如くリアルに60年代の擬似ステ時代を経験して来た者にすれば、「貴殿はお幾つ?」と問い掛けたくもなると云うものだ。 それ位擬似ステとステレオでは聴感上の違いがある。違いが判らないと云うのであれば、それは実際に聞いた事が無いと云う事に他ならない。 擬似ステと云うのは、ピンボケ、或いはソフトフォーカスで色気を出した写真のようなものである。音源がピンポイントで定まらないので、何と無く音源が拡がって聞こえるのである。 モノラルは1チャンネル再生であるから、スピーカーは1本である。此処迄は何の問題も無かった。しかし、ステレオ再生が一般的となってからは、概ね2本のスピーカーでモノラル音源を聴くようになり、本来のステレオ音源か擬似ステかの判別が付き難くなった訳である。 擬似ステとは、モノラル音源を左右の2チャンネルに分け、その時に一方のタイミングを何ミリセコンドか遅らせる事によって、脳が音場の広がりを認識する事を利用した再生方法である。簡単に言えば、ずれた音を反響音と捉えて仕舞うと云う事なのである。 従ってオリジナルの音の輪郭はボケて、それなりの女性でも美人に見えて仕舞う訳である。 対してステレオ録音は、最初からL・Rの2チャンネルで録音されて居るから、各楽器の音の輪郭はボケず、自然な音響の減衰がある。 最も大きな差異は各楽器の定位感が有る事だ。これはオーケストラのような大編成の場合に各楽器の位置関係が明瞭になる。それが故に立体音響なのである。 擬似ステは立体音響では無い。 尤も、モノラルであっても奥行き感は存在するので、擬似ステでエコーを付加すると、脳が空間の広がりを錯覚するので一定の効果はある。 しかし、あくまでピントがボケただけの錯覚美人である事を忘れてはならない。擬似ステがオリジナルを超えるなんぞと云う事は絶対に有り得ないのである。 で、コンヴィチュニーのベートーヴェンであるが、徳間の何某が何を言おうと、これはステレオ録音である。 今回のテーマはコンヴィチュニーのETERNA盤ベートーヴェンはステレオ録音であると云う事を、実際に聴き比べながら検証しようと云う事なのである。 以前の記事で、第5のモノラルの音が極めて優れて居た為に、一瞬、信念がぐら付いたが、これに就いても今回はジックリ考察したいと思う。 先ずはモノラルの音と擬似ステの音を聴き比べて、その違いを確認して戴きたい。 素材はフルヴェン/VPOの52年録音のエロイカである。 最初は英EMIのALP1060(MONO) 輪郭が確りとして、程良き奥行きがあり、何より音楽の生気が感じられる。 モノラル録音のモノラル再生(2チャンネル変換)である。 次は東芝音工盤AA7131 ブライトクランク(擬似ステ)盤である。 これが私が最も古くから聴き続けて居る音盤で、エバークリーンレコードと称する、所謂「赤盤」レコードで、見た目は頗る格好が良い。 然し、オリジナルで感じられた音楽の生気が後退し、妙に肥大した音響で落ち着かない。 オリジナル(ALP1060)を元に、私が擬似ステ化してみた。 Rチャンネルを80ミリセコンド遅延。 幾分左右に拡散されたように感ずる。上記のブライトクランクよりは自然で聴き易い。 更に上記の擬似ステにデジタルエコーを付加してみた。 こうするとエレクトローラのブライトクランクに非常に近くなるのが判る。 次にステレオ録音の確認。 62年録音の日コロのSUPRAPHON盤。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、ヨセフ・スーク/コンヴィチュニー指揮/チェコ・フィル これは明瞭なステレオ録音である。 チェコ・フィルとスークの柔らかな音色を生かしたコンヴィチュニーの名指揮者振りが見事である。繊細で優しい演奏であるが、一本筋の通った聴き飽きのしない名演だ。 コンヴィチュニー/ゲヴァントハウス管の擬似ステの確認。 日コロのeurodisc盤。58年録音のブルックナー交響曲第7番。 これは内ジャケにSIMULATE STEREOと表記があるので、嘘も偽りも無く擬似ステと考えて良い。 非常にウエットな感情に溢れた演奏で大らかな好演なのだが、如何せん定位感が全く無く、擬似ステとしてもRの遅延が抑えられて居て音場感は少ない。 モノラルに近い擬似ステであると言える。 此処から件のベートーヴェンに就いての検証。 Shuさんからは1番から9番までの全曲のETERNA MONO盤が送られて来たのだが、全曲を此処で検証する迄もあるまいと考え、1番(1楽章)、5番(1楽章)、6番(5楽章)、7番(1楽章)、9番(2楽章)の5曲に関して、ETERNA MONO盤とPHILIPS STEREO盤を比較する事とした。 この内、5番と6番は単売のfontana国内盤も確認する。 更に5番は64年のETERNA STEREO盤と、ETERNA MONO盤から擬似ステ化したものも合わせて確認してみる。 交響曲第1番・第1楽章 ETERNA MONO盤 第1番は第9の4面目に収録されて居る。盤が良いせいかハッキリクッキリと太く豊かな音が刻まれて居る。木管が弦群の後方で鳴って居るのはモノラルとしては上出来で自然なバランスだ。 交響曲第1番・第1楽章 PHILIPS STEREO盤 PHILIPSの全集からの収録。 定位感があり響きの減衰も自然で、完全なステレオ録音である。59年の録音ながら非常に優れた音質である。 交響曲第7番・第1楽章 ETERNA MONO盤 ややハイ上がりで高温がキツく耳に付く。同じ59年録音の第1番の自然なバランスとは違い、奥行きの出入りも少なく平板な印象は拭え無い。 50年代のETERNAのMONO盤と言えば一連のアーベントロートの素晴らしい音質が印象に有り、正規録音のコンヴィチュニー盤がこのバランスだと云うのは全く腑に落ちない。 交響曲第7番・第1楽章 PHILIPS STEREO盤 音量が上がっても高音が突出する事無く、非常に良いバランスであり、立体的に展開する非常に優れた録音と言える。誰が聴いてもこれが擬似ステであるとは言えぬであろう。完全なステレオ録音だ。しかも非常に優れた名演である。当全集の中で、私の一押しは、この第7である。 交響曲第9番・第2楽章 ETERNA MONO盤 やや高音が耳に付くが、第7のMONO盤よりは奥行き方向の深さがあり聴き易く感ずる。トリオの木管の絡みは非常に美しく、聴き惚れてしまう。 全体の出来としては、中域の充実感が足りず細身の神経質な演奏に聞こえて仕舞うのが残念である。 交響曲第9番・第2楽章 PHILIPS STEREO盤 MONO盤で気になった広域も柔らかく再現され良いバランスである。冒頭の次々と推移してゆく楽器の移り変わりも立体的で完全なステレオ録音と言える。 ファゴットの渋い音色や、古い皮のティンパニの質感も完全に捉えて居る素晴らしい録音である。トリオの木管の絡み、奥深い所からのホルンの美しい音色も充実して居る。非常に美しい音楽だ。 交響曲第6番・第5楽章 ETERNA MONO盤 60年の録音であるが、驚く程抜けが悪い。冒頭のホルンの神の声も、乾いて神々しさに欠ける。4:25からのヴィオラの活かし方はMONOと雖も明瞭に再現されて居て、それが唯一の救いだ。 交響曲第6番・第5楽章 fontana STEREO盤 fontana盤は中域の充実した昔乍らの落ち着けるステレオ音質だ。冒頭のホルンも渋く良い味である。4:25からのヴィオラは、左方のヴァイオリンと対話して非常に麗しい。このポリフォニックな表現が、コンヴィチュニーのステレオ盤を聴く大いなる喜びとなる。 交響曲第6番・第5楽章 PHILIPS STEREO盤 PHILIPS盤は抜けが良くなり、木管の美しさが際立って来る。冒頭のホルンは威圧的では無く、慈愛に満ちた優しく美しい響きだ。4:25からのヴィオラも強調するでは無く、自然と浮かび上がって来るのがバランスの良い証左である。 これが擬似ステだと言う者が居れば、相当な頓珍漢である。 交響曲第5番・第1楽章 ETERNA MONO盤(63年?) コンヴィチュニーの第5は61年のリリースで、今回のこの盤はジャケット上部の黄色の部分にM33マークがあるので、恐らく63年の盤と推測して居る。しかし、これが61年盤であろうと、驚く程の差異は無いと思う。 この当時のいい加減さと云うのは、ジャケットと音盤のレーベルにも Sinfonie Nr.5 c-moll op.67とCoriolan-Ouverture op.62の2曲が表記されて居るが、実際に音盤に刻まれて居るのは第5のみなのである。然も裏ジャケにはコリオランの詳細な解説付きであるから恐れ入る。 音質は抜けの悪さはあるものの、中低域が充実してMONO盤としては聴き易い部類である。 尚、この動画は米国ではブロックされて居るようである。 交響曲第5番・第1楽章 ETERNA MONO盤(67年) 64年からこの肖像画のジャケに変わって居る。64年と言えば、徳間の何某氏の「ETERNAのステレオ機材導入は64年である」と云う証言が気に掛かる所であるが、取り敢えず御聴き戴きたい。 63年盤に比して、圧倒的に帯域が広がって居る事に驚く。同じマスターを使って居るとすれば、カッティングマシンが変更されて居ると言わざるを得ぬ。 恐らく64年の時点でのステレオ機材導入と云うのはカッティングマシンの事であり、同時にモノラルの機材も新しくなったと推測される。 交響曲第5番・第1楽章 ETERNA MONO盤(67年)から擬似ステレオ化 上記67年MONO盤から私が擬似ステレオ化してみた。要するに「擬似ステ説」を検証する為に、モノラルの元ネタから擬似ステ化すると、この様な感じになるのだと云う実験である。 当然の如く音の輪郭はボケる。要するに乱視眼のようになり音が滲む分だけ音場が拡がって聞こえる道理だ。風呂場で歌が上手く聞こえるアレである。 然し、本来のステレオの楽しみである定位感は全く無い。有る様に聞こえるとすれば、それは脳内補正が働いて居るからに他ならない。 交響曲第5番・第1楽章 ETERNA STEREO盤(64年) 徳間の何某氏の言を信ずるならば、この64年盤がステレオ機材導入後の最初の音盤と云う事になる。以前の記事でも確認したが、68年の黒レーベル盤よりは明らかに此方の音質が優って居る。 音場は狭い乍らも音の輪郭は明瞭でボケは無い。何より楽器の位置関係が明確であるから決して上記のような擬似ステでは無い事が理解出来るのである。 交響曲第5番・第1楽章 fontana STEREO盤 国内盤のコンヴィチュニーのベートーヴェンは最初はfontanaレーベルであった。私が聴いて居たのは分売の廉価盤のfontanaのグロリア・シリーズである。 マスターの違いであろうと思うが、上記のETERNAのステレオよりは抜けが良く音場が広い。若干薄口の鳴り方であるが、当時の音盤とすれば上出来の部類と言って良い。 各楽器の位置関係も確り出て居て、ステレオ録音である事が確認出来るであろう。 交響曲第5番・第1楽章 PHILIPS STEREO盤 PHILIPSから全集が発売され、かなり無理をして入手した思い出がある。 然し、無理をした甲斐が有り、全体として音質は非常に良い。この第5が最も音質が悪く、満足出来る音を引き出すのに大変苦労をした。 今回の収録にはDENONのDL-103SAを使って、漸くGOLらしき厚みのある再生音が得られた。 上記のfontana盤よりは中域の曇りが取れて見通しが良くなった感じだ。マスターは良い音が入って居る筈なので、第7番のように両面カッティングで発売すれば優れた音質になると思われる。 さて結論であるが、コンヴィチュニーのETERENA盤ベートーヴェンの「擬似ステ説」なるものは流言飛語の類だと云う事が御理解戴けたものと思う。 同様にシューマンもステレオ録音だと云う事が判るのであるが、これは次の機会に回す事にする。 徳間の何某氏の言う64年説は、恐らくカッティング・マシンの事だと思う。 録音は、恐らくPHILIPSの機材を用いてステレオ録音され原マスターはPHILIPSが所有して居るものと思われる。fontana盤、PHILIPS盤の音質が、ETERNA盤より上回るのはその所為である。 更に、ETERNAのMONO盤に関しては、64年以降の方が音質が良い。これは64年にカッテイング・マシーンが変わったと云う証左とも言える。 今回は原始的な擬似ステレオ作成を試みたが、これは突っ込んで行くと中々に面白い。またぞろ新しき趣味が増えそうで、これは困惑頻りである。 |

>
- エンターテインメント
>
- 音楽
>
- クラシック




