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ぐるりと見渡して見ても、シューベルトの交響曲について論じている文章は少ない。一昔前、イヤ昔は、クラシック音楽と言えば運命、未完成、悲愴、新世界と云うのが通り相場であって、運命の裏面は未完成と云うカップリングが主流であった。ロマンティックとか復活なんて全く知らない者でも未完成は知っていたのである。
他の作曲家に於いても未完成作品は存在するのだか、不思議と、未完成と言えばシューベルトなんである。ああ、ベートーヴェンが聴きたい!と思うと未完成がもれなく付いて来る、と云う時代があった。知らず知らずと未完成の所有枚数が増えると云う不思議な時代の話である。
今になると、みんな忘れてるよなぁ・・・と云うのがシューベルトだ。世の中世知辛く切羽詰って来ると、シューベルトの曲は甘過ぎて心に響かないのであろうか・・・
 
そんなのどかな時代、私の前に「ザ・グレート」と云うとんでもない曲が現れた。何せ名前が強烈である。どんなトンチキでも、自分の作品にこんなネーミングをするバカ者はおるまい。
調べて見ると、どうも英国の出版社が勝手に付けたネーミングらしい。同じハ長調の6番より規模が大きいので、区別する為に「ザ・グレート」としたと言うのだが・・・んじゃ「ザ」なんて付ける必要あるんかい?と思うのは私だけではあるまい。
しかし、今となっては多少便利ではある。何せこの曲、時には7番であったり、時には8番であったり、9番であったりと、全く尻の座らない事、甚だしいのである。特に「未完成」と呼ばれる8番と、「ザ・グレート」の8番は混乱の素である。イイ加減にせい!と言いたくなる。
と一人でほざいていても誰も決着を付けてくれないであろうから、当ブログでは、未完成は8番、ザ・グレートは9番とする事にした。
そしてこの曲、ストーリーがなかなか泣かせる。私の好きなシューマン先生が、尊敬するベートーヴェンとシューベルトの墓参りに行った帰りに、シューベルトの兄の家に立ち寄り「発見」した曲だと言うのだ。それを、メンデルスゾーンに依頼し、ゲヴァントハウス管で初演させたと云う感動のストーリー付きである。おお、聴きましょう。
聴いたのがセル/クリーヴランドOのレコードであった。・・・判らなかった・・・
で、そのグレートが本当にグレートだと感じたのは矢張りクレンペラー/フィルハーモニアの演奏を聴いた時である。それまで何となく聴き流していたセルの演奏とは全くの別世界。何と云う美しく大きな音楽。これは本当に「ザ・グレート」なんだと思った。クレ爺有難う!
2〜3年の間、授業中であろうがどこであろうが、この飛び抜けて美しい音楽が頭の中で鳴り止まなかった。(病気とも言う)
或る時、どうもフルヴェン先生の演奏の評判が高いのに気付いた。BPOとの51年盤の事である。フルヴェン先生と言えば、あの未完成が強烈に脳裏に焼き付いている。あの未完成とはVPOとの50年録音盤である。あのような深遠な演奏が繰り広げられるのであれば是非とも入手しなければならない。と、これはもう使命感にも等しい観念に取り憑かれていた。
しかし、これはどうも私には厳し過ぎた。物凄い底力であるし、迫力もある。しかし、シューマン先生が評した「天国的な長さ」と云うには当て嵌まらないような気がするのだ。天国に行きたい私は、どうしてもクレ爺の演奏から抜け出る事は出来ない。
「ザ・グレート」を聴くには何が良いのか・・・と迷っている方が居るとすれば、以下の演奏に答えが見つかると思う(多分)
 
 
●クレンペラー/フィルハーモニアO(60年録音)
最初にこれを持って来るのもどうかと思うが、私にとっては思い入れの強い演奏である。これがなければこの曲に惹かれる事は無かったかも知れないのである。シューベルトになるとクレンペラーのオケの対向配置が甚だしく効果的である。クレ爺は滅多な事では感情移入しない。出だしのホルンも実に淡々としている。にも関わらず曲そのものの美しさが次々と露わになって来る。このジックリとしたテンポがフレーズの美しさを浮き上がらせるのに効果があるのだ。
 
 
●ヴァント/ケルン放響(77年録音)
ヴァントのレコードは片っ端から買っていた時代のものだ。バリバリの新盤で限定プレスなんぞと言われたら誰でも即買いするであろう(私だけだろうか?)
ケルン時代のヴァントは只者ではなかった。ブルックナーにしろシューベルトにしろ深い味わいと潤いを持った演奏が多かった。これ位の緩みのある演奏がヴァントの良さが理解出来る。後年段々とキチキチの原理主義者になって行くのが悲しい。私はケルン時代がヴァントの黄金時代だと思っている。
クレンペラーの泰然自若とした演奏から比すると随分勇ましい。しかし単なる空騒ぎではなく地に足が着いた安定感がある。そしてごく自然に湧き出るカンタービレが懐かしいのだ。
 
 
●ヴァント/NDR(91年録音)
ヴァントの新旧盤を比較出来るブログはそうはあるまい。流石に録音が新しいとそれなりに美しい。NDRは本来このように渋く丸く厚い音だと思っている。旧盤と比べると矢張りオケは格段と上手い。これはもう大変立派な演奏である。しかしあのどことなく懐かしい郷愁のようなものは薄れて聴こえる。完成度の高さは断然この演奏の方が上であるが、ケルン盤の荒削りな魅力を知っている耳にはどこか物足りなさを感じる。それは贅沢だと云うのは重々承知なのだが・・・あとは好き好きの問題であろう。
 
 

●ケルテス/VPO(63年録音)
ケルテス・ファンには無くてはならない演奏だ。VPO好きにも堪らない録音であろう。出だしから他の盤とは隔絶したVPOの世界が広がり堪能出来る。とにかく歌いまくるVPOの弦。蕩けるような甘美な時間が流れる。しかし、ケルテスの演奏は決して老成はしていない。シッカリと張っている。この張りはケルテスには欠くべからざる要素である。巷間、ケルテス/VPOの新世界が大層評判が高いが、何の、私はこの「ザ・グレート」の方が断然魅力的だと断言しよう。やはりVPOはシューベルトに上手く噛み合うのである。この噛み合いとオケを鳴らし切るケルテスの「張り」がこの一曲に集約されている。良いものは良い。
※完全にブロックされました。悪しからず御了承ください。
 
 
●レーグナー/ベルリン放響(78年録音)
これは本当に長い。そしてデカい。発売当時からこの長さは話題になったものである。LP2枚組の「ザ・グレート」は後にも先にもこの盤くらいのものであろう。4面カッティングであるから当然音質面では有利である。それにしてもこの豊かな低音には参る。コントラバスがシッカリ鳴り切っているのを感じる事が出来る。しかも、あのクレンペラーを上回る長さ遅さである。残響が豊かなので、このテンポでも苦しくならない。クレンペラー盤のような名人芸はないものの、この分厚いホモフォニックな演奏には耳を傾けるべきだ。そして何より「イイ感じの長さ」なんである。
 
 
●ケンペ/ミュンヘンPO(68年録音)
お前、一体どれが一番好きなんだよ?と言われれば、この演奏なんである。そう、皆さんお待ちかねのケンペだ。誰がどう待ってるんだと突っ込みたくなるだろうが、私はケンペを嫌う人はそうはいないんじゃなかろうかと勝手に決め付けている。この演奏を聴いていると、これってやっぱりドイツだよな、と自然に納得している。この、どちらかと云うと質朴な部類の指揮者は、何か一つ吹っ切れなさを感じる事が多いのであるが、この演奏は実に伸びやかに吹っ切れたケンペの魂を感じる事が出来る。こう云うのをグウの音も出ないと云うのである。呼吸が深い。間の取り方が絶妙である。そして何より心から共感している。ケルテスがウィーン風であればケンペのはドイツ風である。ドイツの逸品である。ヴァントの場合は荒削りな感触であったり、過度に神経質であったりする所があるのだが、このケンペの演奏はケンペの思うままが、曲そのものと乖離無く寄り添い、オケがそれを充分に受け止めている。これは誠に稀有な名演である。

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