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最近、報道されなくなってきましたが、
韓国の客船事故は収束したのでしょうか。
当初連日のように、乗組員の責任や政府の対応の不手際が指摘されていました。
3年前の震災。津波それにと伴う原発事故のときにも
東電や政府の対応のまずさからいまだに故郷を離れ生活している方も多数いらっしゃいます。
しかし喉もと過ぎれば、原発の再稼動ありきの政府の方針です。
隣国を笑うことなどできません。
憲法第9条にしても、吉田茂首相(当時)は防衛するための軍備も放棄すると答弁しています。
朝鮮戦争があったから警察予備隊が作られ、それが自衛隊となりました。
間違いなく戦力でありながら憲法の拡大解釈を使い
自衛のためのもので専守防衛のみとせいふは言い続けてきました。
時代環境が変ったからと憲法解釈を変え、戦争のできる軍隊にしようとしています。
もっと国民的議論が必要です。
憲法とは権力を縛り、国民を守るもののはずです。
時の政府の閣議決定だけで自由になるものではないはずです。
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歴史
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12月14日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入りをした日です。
忠臣蔵はいろいろな人間ドラマがあって
何度詠んだり見たりしても飽くことがないです。
松の廊下で刃傷におよびそっこぅ切腹を言い渡され
お家は断絶してしまいます・
藩主の弟(浅野大学)をたててのお家再興の願いも叶わず
主君の仇である吉良上野介の首を取るといったお話です。
家族や愛する人との別れや
浪士のうちからいろんな事情があって脱落していくものの話など
涙をさそうエピソードがたくさんあります。
綱吉の時代ですから、それからずっといい告がれてきたことはすごいことです。
今宵は少し当時のことを想像してみることにします。
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一昨日、テレビでですが
日本の女医さんの第1号になった荻の吟子を紹介する番組を見ました。
若くして結婚し、そこで病気になり離縁させられました。
東京の病院で入院生活を送り
その後、医者を目指します。
女性として最初の試験を合格しての医師になります。
40歳の時に一回りから違う年下の男性と結婚。
理想郷を作るために北海道に移住します。
(再婚した相手は新島襄の教え子でクリスチャンでした)
当時の女性としてはすごく進歩的な人だったと思いますし
波乱万丈な生き方をした人のような気がします。
女性として医師の国家試験をパスするなど本人の努力ももちろんあったと思います。
でも、それを許してくれた実家の両親もまた、進歩的な考えの持ち主ではなかったのでしょうか。その頃は今のように女性にも教育が必要とは思わない風潮があったはずですから
環境にも恵まれていったんでしょう。
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福島 正則 豊臣 秀吉の家臣として、武断派の代表として有名です。 |

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昭和の初期に初めて東京に地下鉄が開通したそうです。 |

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