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「美しき日本の自然」展 学芸員によるギャラリートーク
10/14 愛知県美術館 村田眞宏館長
今日 日本人の自然観が揺らいでいるのではないか。
どのようにこの列島の上で、自然と付き合い 何を感じて日本人は生きて、表現してきたのかを今回の企画展を通じて見つめてみたい。
先回の企画展「魔術/美術」においても 人間は科学では突きつめれない思いを、魔術や美術の中に心を写して「物語」を生きてきた。
システムの過信の崩壊 生活の足元から揺らいでいる。
日本の風土の根ざした自然観が最も反映されてきた美意識が、「秋草の美学」に込められてきた。
今回の企画展のテキストとして、源豊宗「日本美術史における秋草の表現」が元になっている。
源 豊宗著作集「日本美術史論究1
日本美術における秋草の表現-日本美術の様式的性格」
「日本の絵画、工芸、陶磁器は秋草の表現において日本人の情緒的思いがもっとも読みとれる。」
平福百穂の老松と秋草 犬山焼の色絵に紅葉と桜 志野焼の窯変を楽しみ景色を愛でる
これらの「わび さび」を良しとしてきた。それに対して、中国 宋は 白磁の完璧を目指し 歪みのない玉(ぎょく)こそ「美学」の基本とした。
「胸中山中」中国の山水画は理想の境地を画家が夢見 描いた。どこかドライなものを感じさせる。日本の山水画は文人画として、職業人画家ではなく、職業を持ちながらの余儀として、江戸、名古屋、京都で文人の「イキ」であった。そして、絵柄もウエットなものである。
浦上玉堂の二つの文人画を見てみよう。
まず、「秋色半分図」(1818)漂白とした風景のなかで木立に赤がさしてあるのが、じっくりと見える。「山紅於染図」(1810頃 重文)は例外的にカラフルに色濃いである。
安田靱彦「月の兎」(1934)
巻き絵全図が展示されている。
兎が飛び込む炎に僅かな金が使われ、墨で軽やかに描かれている。
大らかな線で芦と鷺が描かれる渥美焼「灰釉芦鷺文三耳壺 」(平安 重文)を囲む 花鳥図に詩・書・画で和歌を詠んだ自分の世界で描いた小杉放庵「 花鳥屏風 」(1946-1955) そして、中村岳陵「芦に白鷺鵜鴿図」(1921)
陶磁器の中の羽根を休めた鷺 囲むように花鳥図が展示室に広がりを持たせている。
伊万里焼「染付雪輪文瓶」を囲むように 小川芋銭の牛久沼の「沼四題」が見守る。
「時として自然が自分たちの存在を脅かす存在であることを理解しながら それでもなお 自然に寄り添って暮らしていた」日本人の情緒を 和歌の詩に詠み、筆を用い、書にし、画にし、土を探し、陶磁器とし、生活の繰り返しに 喜びを見出して 感じたものを描いてきた。市井の町人も 山間の閑人も 田畠の民も 自然と伝説のなかで、継ぎの世に連なってきた。
ーーー上記、文章は聞き書きによる文字起こししたもので、文面内容は私の責任によるものです。ーーー
それがもっとも由しとして、 さて、これからは・・・・。
展覧会会場は 照度も絞られ、ゆったりと作品を鑑賞できました。
参考
愛知県美術館友の会会報 空中回廊 35号
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2012年11月04日
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