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あいちアートプログラムのひとつとして、岡崎市で現代美術の制作・展示や演奏会などのイベント「岡崎アート&ジャズ」が11/1〜12/2に行われます。
みなさんおなじみの平川祐樹さん、浅井裕介さん、木村崇人さん、斉と公平太さんらも出展される予定です。
今回のあっとほっとピクニックは、この「岡崎アート&ジャズ」を訪れ、作品を見たりワークショップに参加したり、楽しくおしゃべりしようという盛りだくさんの内容です。
ピクニック当日はあいちトリエンナーレのアーキテクチャーでもある武藤隆さんが、ふるかわひでたかさんとユニットを組み「ヒネマガリ三立方」として、まちなか展開の醍醐味である「街歩きアートワーク」をされます。
その前に岡崎市美術博物館で開催されている「連携企画 光 陰 −ひかり、かげ、とき−」を見に行こうという企画です。
お昼からの「街歩きアートワーク」参加される方のために 午後13時15分の東岡崎駅集合も用意しております。
この機会に 岡崎へ行きましょう。
あいちアートプログラム
「岡崎アート&ジャズ2012」
【日時】 11月24日(土) 9時30分〜16時00分(予定) 【集合場所】 名鉄東岡崎駅 北口 【スケジュール】
8時33分 名鉄名古屋駅 豊橋行き特急 (ないしは 8時48分発) 9時30分 東岡崎駅北口バス乗り場1番 集合 9時54分 おかざきエクスプレス「中央総合公園行」発 10時24分 美術博物館前 下車 岡崎市美術博物館 企画展 「光 陰 −ひかり、かげ、とき−」鑑賞 12時37分 美術博物館前 乗車 13時07分 東岡崎駅 下車
お昼から参加の方は 13時15分 東岡崎駅北口 バス乗り場 集合 14時00分 シビコ6階 集合 「街歩きアートワーク」参加 16時00分 ワークショップ終了・解散 *時間の許す方は岡崎市内のまちなか会場を散策、その後のおしゃべり交流会などにもご参加ください。 【参加費】 無料(ただし、交通費および施設への入場等は各自ご負担ください。) ・名古屋〜東岡崎(名鉄電車) 1,300円(往復) ・おかざきエクスプレス(バス) 720円(往復) ・岡崎市美術博物館 入館料 500円(大人1名) 【お申込み・お問い合わせ】 Arts Audience Tables ロプロプ info@loplop.org 担当:古橋 |
今日
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「美しき日本の自然」展 学芸員によるギャラリートーク
10/14 愛知県美術館 村田眞宏館長
今日 日本人の自然観が揺らいでいるのではないか。
どのようにこの列島の上で、自然と付き合い 何を感じて日本人は生きて、表現してきたのかを今回の企画展を通じて見つめてみたい。
先回の企画展「魔術/美術」においても 人間は科学では突きつめれない思いを、魔術や美術の中に心を写して「物語」を生きてきた。
システムの過信の崩壊 生活の足元から揺らいでいる。
日本の風土の根ざした自然観が最も反映されてきた美意識が、「秋草の美学」に込められてきた。
今回の企画展のテキストとして、源豊宗「日本美術史における秋草の表現」が元になっている。
源 豊宗著作集「日本美術史論究1
日本美術における秋草の表現-日本美術の様式的性格」
「日本の絵画、工芸、陶磁器は秋草の表現において日本人の情緒的思いがもっとも読みとれる。」
平福百穂の老松と秋草 犬山焼の色絵に紅葉と桜 志野焼の窯変を楽しみ景色を愛でる
これらの「わび さび」を良しとしてきた。それに対して、中国 宋は 白磁の完璧を目指し 歪みのない玉(ぎょく)こそ「美学」の基本とした。
「胸中山中」中国の山水画は理想の境地を画家が夢見 描いた。どこかドライなものを感じさせる。日本の山水画は文人画として、職業人画家ではなく、職業を持ちながらの余儀として、江戸、名古屋、京都で文人の「イキ」であった。そして、絵柄もウエットなものである。
浦上玉堂の二つの文人画を見てみよう。
まず、「秋色半分図」(1818)漂白とした風景のなかで木立に赤がさしてあるのが、じっくりと見える。「山紅於染図」(1810頃 重文)は例外的にカラフルに色濃いである。
安田靱彦「月の兎」(1934)
巻き絵全図が展示されている。
兎が飛び込む炎に僅かな金が使われ、墨で軽やかに描かれている。
大らかな線で芦と鷺が描かれる渥美焼「灰釉芦鷺文三耳壺 」(平安 重文)を囲む 花鳥図に詩・書・画で和歌を詠んだ自分の世界で描いた小杉放庵「 花鳥屏風 」(1946-1955) そして、中村岳陵「芦に白鷺鵜鴿図」(1921)
陶磁器の中の羽根を休めた鷺 囲むように花鳥図が展示室に広がりを持たせている。
伊万里焼「染付雪輪文瓶」を囲むように 小川芋銭の牛久沼の「沼四題」が見守る。
「時として自然が自分たちの存在を脅かす存在であることを理解しながら それでもなお 自然に寄り添って暮らしていた」日本人の情緒を 和歌の詩に詠み、筆を用い、書にし、画にし、土を探し、陶磁器とし、生活の繰り返しに 喜びを見出して 感じたものを描いてきた。市井の町人も 山間の閑人も 田畠の民も 自然と伝説のなかで、継ぎの世に連なってきた。
ーーー上記、文章は聞き書きによる文字起こししたもので、文面内容は私の責任によるものです。ーーー
それがもっとも由しとして、 さて、これからは・・・・。
展覧会会場は 照度も絞られ、ゆったりと作品を鑑賞できました。
参考
愛知県美術館友の会会報 空中回廊 35号
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「美しき日本の自然」のギャラリートークでした。学芸員総動員でのギャラリートーク&おすすめの1点は
まだまだ続きます。どうぞおでかけください。→ http://t.co/U3CcshYW
愛知県美術館 学芸員おすすめの一点(展示作品説明会) 2
10/13 森田浩彰 「Clockwise」 中村史子学芸員 画像 は TOKYO ART BEATより
森田浩彰
2002 ロンドン大学ゴールドスミス校出身
1973生まれ
現代アートに多い 映像の作品 非常に見るものに忍耐力を強いる映像である。日常の文房具を使い、 時計を表示している。
何気なく通り過ぎると、「あ、マジックとかの文房具が散らばってる」で終わってしまう。でも、そこには作家のアイデア、発見が隠されている。 文房具は色彩に満ち、絵具のマチエールのごとくである。 文房具は1分ごと動き、回り、選ばれなかった文房具たちは静かに継ぎの1分を待っている。 森田はこの作品12時間 720分を3年半の歳月を掛け制作した。 どうしてこの作品に芸術価値、意味を見出して所蔵しているのか。 クリスチャン・マンレイの24時間 時刻を示す映画的表象を重ねてゆく。 映画の時刻の積み重なりに、見るものは映画ではないと理解しつつも気持ちを入れ込んでしまう。横浜トリエンナーレ2011では、閉館後も24時間の「上映」をしたという。 森田の作品は 鑑賞者によって作品になる「臨界点」を作り出している。 Clockwiseは「時計回り」と同時に「右回り」の意味 絵画は絵の本質を深く見て、理解しようとするが、この作品は客観的に時間が変わるだけである。 でも、時計であることを発見した瞬間に、スイッチが変わり、コンテンツであり、システムであり、アイデアであるというコンセプチュアルなアートである。 10/25から東京都現代美術館で「MOTアニュアル2012 Making Situations, Editing Landscapes 風が吹けば桶屋が儲かる」で 森田浩彰は出展している。
東京都現代美術館
田中功起などのコンセプチュアルアートのメンバーである。 2000年代のイギリスで学んでいるので、 マーティン・クリード ja.wikipedia.org/wiki/マーティン・クリード
に通じるものがある。
日常的行為の中に忍び込ませ、観賞の見え方を誘導する。
この日はClockwiseを11:02から0:00まで見た。 作家の作為の音も録音され、作家の出す刻まれるリズムや鳥の囀り 自動車走行音など 環境音が妙に目立ってくる。見ているよりも、何をやってるんだろうと、見るものが画面の向こうの音を聴いている状態に持ち込まれてしまった。 確かにジョン・ケージの世界なのかもしれない。 TOKYO ART BEAT
森田浩彰 「Clockwise」
2008年 東京 目黒 I 青山
ーーー学芸員の作品解説の聞き取りによる文字起こししたもので、
文章の責任は私に責任があります。ーーー
田中功起を見たときに感じた。
なにっと 入ってくる感覚がある。
見入っていると いろんなものが思い浮かぶ。
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美術館やギャラリー、あるいは街なかなど、アートを観る機会はさまざまです。
作品と向き合うときは誰もが観客(=オーディエンス)。
アートファンが集う「Arts Audience Tables ロプロプ」がお届けする 「オーディエンス筋トレテーブル」では今回、 そんな《アートの観客》について考えます。 アートの観客とは何か。《アートを観る》とはどういうことなのか。
その行為が、作品や作家やアートそのもの、 そして社会とどう関わっていくのか。 愛知県美術館学芸員・石崎尚さんをお招きして、
アートの歴史における観客の成り立ちと変遷について、 実際の作品を題材にお話を伺います。 ■講師紹介:石崎尚(いしざき・たかし)氏
昭和52年(1977)、東京都三鷹市生まれ。平成14年(2002)、多摩美術大学大学院修了(美術研究科芸術学専攻)。世田谷美術館、目黒区美術館を経て平成24年(2012)年より愛知県美術館で学芸員をつとめる。 ■参加費:500円 ■定員:40名
■会場へのアクセス:地下鉄「栄駅」7・8番出口から徒歩7分
地下鉄「矢場町駅」5・6番出口から徒歩5分 ※地図はこちらをご参照ください(⇒ 参照 )
■参加方法:本ページからお申し込みいただくか、info@loplop.orgまでご連絡をお願いいたします。
■主催:ARTS AUDIENCE TABLES ロプロプ※ご不明な点があれば、info@loplop.orgまでお気軽にお問い合わせください。
■協力:FILE-N開催概要
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「生誕100年記念 丸木俊展」
10月30日 一宮市三岸節子記念美術館
長い間 丸木位里 俊 については、ずーっと 悪い刷り込みしかなかった。
「原爆図」についての党派性があり、ここしばらくは忘れていたし、そのことも気にならなくなっていた。
今年の夏に戦争と平和の資料館 ピースあいち5周年記念 「原爆図展 丸木位里 丸木俊 」に行って、原爆図の何点かを見た。
見にゆく動機も、ヒロシマービキニーフクシマと昨年から繋がってきた。
見ておかないと という動機で、ほぼ最終日に駆け込んだ。
原爆の悲惨さなんて、当然、活写できない。
絵としてそこにあるのは、生きていた身体が致命的な被曝を受け、横たわっていること その瞬間の直前まで生身の身体を携えて生きていたことの 美しさや呼吸を彼女の絵画への姿勢で描いている。
「原爆の図」は 被曝を描いた絵画として記憶されてきた。
丸木俊は、本来、どんな絵を描くのか それを知りたかった。
いわさきちひろとの交友も興味を抱いた。
戦争と平和の資料館 ピースあいち
5周年記念 「原爆図展 丸木位里 丸木俊 」
そして、今回の「生誕100年記念 丸木俊展」が一宮市三岸節子記念美術館で開かれるという これは会期中に行かないと と決めており、この平日の空いた日程に車を飛ばした。この美術館への来訪は3度目である。企画展の魅力がないとなかなか立ち寄れない。
展覧会は、丸木俊の各時代の代表作や絵本の原画 公開されてこなかった戦時下の南洋諸島の女性たちを屏風に描いた「踊り場」(1941)や モスクワ時代の風景画、雑記帳を含む 110展が公開されていた。もちろん、「 原爆図 第二部 火 」(1950)があった。
南洋諸島で1940年に板に描いた「休み場」「アンガウル島」には署名と 当然、制作年が記されていた。が、「皇紀2601年8月」には驚いた。従軍画家でもなく、島の休息する女性たちを描いているのに 何故だろう。このことは聞けないままだ。
南洋諸島パラオ ヤップになぜ、俊は行ったのか。帝国教育出版などから1942年に書籍「ヤシノミノタビ」「ミナミノシマ」などを出版されている。
1937年のモスクワ滞在の絵 戦後1959年のソ連邦 アメリカでの水彩画は、その風景を端麗な筆で描いており、労働者とか。歴史認識から程遠い、市井の人、街である。
「原爆図」を持って、国内、海外での展示され、その折の海外でのスケッチであろうか。
丸木俊は、「時代の空気-社会主義的リアリズム」に翻弄されることなく、「前衛芸術」の旗手でもなく描きたいものを描いてきた。激情することなく、その面でも、今回展示されていないが、南京大虐殺、水俣、三里塚もどんな思いで描いたのか 知りたいと思った。
今回の展示の中で、もっとも丸木俊の画家としての立ち位置が現れているものが、
三点あった。
「裸婦(解放されゆく人間性)」(1947) 豊潤な女性を描いた豊穣の時 この肉体の美のモチーフが「原爆図」の女性たちなのだろう。
「自画像(飢え)」(1944)の唇に指を当て、世の中のホゾに苦みをたたえた顔 そして、「自画像」(1947)の左手に筆を持ち、口をしっかり閉じている顔 ともに、「言葉を発することへの抑制」が感じられる。
「絵は私の感性 時代のものでも 空気のものでもない。」と言い放つかのように 「時代」や「現実」のなかに生きているが、翻弄されたくない。要請されたものを描くのではないという表明といえる。
戦後の俊の絵は、「絵本のなかの絵」あるときは「プロパガンダの絵」と言われるが、彼女は「時代の絶望」の中には「身」を置けなかった。置かなかったのであろう。
三点の絵の並びに「スマおばあちゃん」(1950年代)がある。丸木俊が老いた丸木位里の母に絵を教えたという「おばあちゃん」の人物画である。
発すべきといわれる言葉にとらわれるのでなく、彼女の「自画像」にあるホゾを噛むような時代でも、
「いのち」の瑞々しさを描きたかったのではないかと思った。
私は、まだ、丸木俊を知らない。が、凄いとは絵からは思わなかった。
なんなんだろう まだ、距離がある。
今回の展覧会は 「原爆の図 丸木美術館」の所蔵品である。
原爆の図 丸木美術館
一宮市三岸節子記念美術館
RT;FILE-N004 丸木夫妻と非核芸術の現在 岡村幸宣(原爆の図丸木美術館学芸員)
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