みたまんま ねこまんま

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健康問題

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「美味しい」「快便」「ぐっすり感」これが健康3原則
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またがんばれるかも

すぐ前の記事の最後に「来年の夏は!」と書いたんですけど。

実は今年も、去年も
登るチャンスもあったし、体調もさほど悪くなかったのですが
富士山に登っていない私。
どうしてあんなに楽しめていたんだろうなぁ・・・

富士山だけじゃなくて、
家のことも、仕事も、最低限のことだけそつなくこなしてすませ
特に休日になるともうスイッチが切れて着替えもしないありさま…。

なんか自分がすごく怠け者に思えていたんですけど、

あんまり自分のこと責めないことにしました!!

…なんか年齢的にもそんな変化のあるトシだし(;^ω^)
職場もかわったし、仕事内容もかわったし、
何より大きいのは
息子たちが二人とも下宿生活はじめちゃったことを、誇りに思いつつも、
同時に正直に「ぽっかりしたさびしさを感じてる」っていうのを認めます!!

でも、私が彼らの歩きだすのを引き止めちゃいけないから
「こういうこと言っちゃいけないんだー」、
「思っちゃいけないんだー」…と思ってたんですけど
気持ちに蓋をするよりも、自分の情けなさを認めちゃったほうが


またがんばるぞぃー!┗(`・ω・´)┛
・・・って思えるような気がするのです。


この週末、友達が富士登山しててね。
その彼女の息子さんが、どうやらうちの次男と富士登山しているらしくて。

それを聞いたら
登山中のしんどさとか、知らない人との励まし合いとか
山頂の気持ちよさとか、下山後のお風呂とか、満足感とかを思い出したのです。
記憶っていうか、実感みたいな感じで。
・・・また登りたいなぁ。
富士登山だけじゃなく、いろんなこと納得してちゃんとやりたい。
自分の感情(うれしいとか楽しいとか)くらいは
誰かに頼らず面倒みたいと思うわけです。

こうやって自分の中から沸き上がるナニカを大事にして
過ごして行こうと思います。



・・・自分の覚書です。
でもね、ほんと、自分の中でなにか変化があるのを感じています。
イイ変化なのか、そうでないのかはわかりませんけどね♪


うーん、やっぱりずれてる…。
今の職場の根本的な違和感、これだな。…っていう相談が昨日ありました。

医療って、基本的には「ご本人の困り感」にねざしたものです。
(もちろん、公衆衛生の観点で施されるものもありますが。)

「落ち着きがない(注意散漫や多動)」
「カッとなりやすい」
「カッとなると他害行為におよぶ」
「反抗的になる」
「耐性(我慢力)が低い」

…そんな子たち、来年度の担当者は困るだろうから、
今のうちにDr.に相談して薬を増やしてもらおうという相談でした。

は?何言ってんの?(…とは言いませんでしたが脳内でこだましてました)

再度書くけど、医療って、「本人の困り感」にねざしたものであるべきでは?
担当者が困るだろうから薬を増やすって、どういうこと?
それが仕事でしょ?


「落ち着きがない(注意散漫や多動)」…で、集中できず本人が困っている。
「カッとなりやすい」…ことで本人が自己嫌悪に陥っている
「カッとなると他害行為におよぶ」…加害者という被害を得やすい
「反抗的になる」…本当は先生が好きなのに好きでいたいのに好かれたいのに
「耐性(我慢力)が低い」…どうしても長く頑張れない自分が嫌い


そんな時こそ医療の力が効果的なのでは?
学校の先生にとって都合のいい子になってもらうために
お薬処方してもらうわけじゃないでしょう?
「良くなりたい」という思いと、それに伴う行動があって
薬の効果って出てくるんだと思うんです。
飲めば変わる(飲ませて変える)なんて怖いですよ、そんなの「支配」です。


精神科も身体科も変わらないです。
辛くて、良くなりたいと思って、薬をもらって、適切な休息をとって
あるいは環境を調節して
その子(患者さん)が生活の質(QOL)をあげていくこと、
あるいはQOLをあげていく力を育てることが大事なのです。


相談の対象だった件の子は
今、やっともろもろの不安が解消されてきたことで
集団生活上での問題が顕著になってきたところ。
本人がそれに困って葛藤するのはここからです。
そういった葛藤に寄り添い支える、
子どもたちを「ちゃんと困る」を支えるのが私の仕事です。

それが仕事。つらいことたくさんあるけど(笑)




なぜ教え学ぶのか?

なぜ教え、学ぶのか?

別に偉そうに哲学を振りかざそうというわけではないのですが、
先日、私よりずっとずっと偉い方と一緒に仕事する機会があって
その方とちょっと話したときに聞かれたんです。
私より経験もキャリアも学識も給料も(…あ、余計か)ある方に。
その方は、ご友人の悩みにご自身が応えられなかったことを悔いていました。


「10年以上前のことだけど、
友人がすごく悩んでいたんだよ。

末期患者の生徒に
世界史を教える意味があるのか?”って

明日死んでしまうかもしれない子に俺は
なぜ世界史を教えているんだ?”って。

私は今もなんて応えたらよかったのか
わからないんだよ…」



…日本の学校教育には「病弱教育」という分野があって、
入院している児童生徒に学校(主に特別支援学校)の教員が病院に訪問したり、
病院に学校が併設されていたりして学校教育の機会が守られています。

そこで働く先生方の苦悩、なわけですが。
生徒が亡くなってしまう恐怖や喪失感に
先生方が直面したときに感じる無力感なのでしょう。

しかし。

本来、学校教育って「学びたい人」と「それを叶える人(教える人)」がいれば
成立するものじゃないでしょうか。
そんなこと言ったら、
五言絶句だって、微積分だって、役に立ってます?(笑)

その子が患者ではなく「学校の生徒」でいたいと思ったら
それを叶えられるのは「学校の先生」でしかないでしょう?

私は死ぬまで学び続けるなんて勇敢な生き方できそうにないけど
彼ら(子ども)が最期まで「学ぶ人」でいたいならそれを支えてほしいです。
病気にアイデンティティーまで侵されない勇敢な少年じゃないですか。
もし、孤独が怖くてそばにいてほしいなら
「じっとそばにいる」という教育をしてください。
Doing より Being です。


確かにターミナル期を迎えつつある子どもたちにとって
先生方の世界史や化学式は
期末試験には役に立たないかもしれない。
大学入試に間に合わないかもしれない。

・・・でもちょっと待ってよ。
そもそも先生方、大学入試のためにだけ指導してるの?
期末テストの区切りって、誰の基準ですか?


違いませんかね?
その子の「自己実現」のための特別支援でしょ?
その子の自己実現に医療が必要なら医師や看護師、薬剤師が
なんらかの福祉サービスが必要ならケースワーカーが
そして教育支援が必要なら、叶えてあげられるのは学校の先生だけでしょう?

治療中の子どもたちは怖くて孤独で辛くて痛くて寂しくて
そして社会から(学校から)見捨てられて除外されてしまったように感じてる。
「患者」としてだけでなくて
「生徒」であるというアイデンティティーを支えることが
学校の先生のできること、学校の先生しかできないことだと思います。

もし、まだその方が悩んでいらしたら
素晴らしいご支援をされていることを誇りに思ってほしいです。



…と、唾を飛ばして熱弁してきました。
その子らの命が終わってしまうかもしれないことよりも
その子らが勇敢に最期まで学ぼうとする姿をたたえたい。





急に熱く語ってしまいました〜〜(*´ω`*)
先週の水曜日の夜、帰宅すると既に次男が寝ている???
「ただいまー」と声をかけても起きず・・・
 
あれぇ〜なんか変だなーと思っていたら
夜中にノソノソ起き出してきて
「オレ、熱でたかもと。
 
測ると38度4分。来たか・・・
 
 
木曜朝、内科に行って即検査で、インフルA型罹患と判明〜!
我が家にもインフルエンザ上陸しました。
抗ウイルス薬ってリレンザとかタミフル、イナビルって聞いたことがあったけど
ラピアクタは初めて聞きました。
イメージ 1
点滴薬なんて初めてです。
 
1回で済むこと
効果が高いこと
・・・でおススメされました。
 
確かに怖いくらいによく効きます。
翌日には平熱にもどっていました。(でもまだウイルスが体内にいるので出席は停止です)
副作用は、自分で調べたところ
「下痢」
「腎臓に負担がかかるので持病があれば申告」
・・・などがありました。うちは大丈夫そう。
 
息子はどうやら下痢もなく経過しているようです。
ただ、インフルの検査、ホラあの綿棒を鼻の奥にさして粘膜とるの、
あの影響かな、翌日鼻血出してました〜
 
そんな季節ですね
みなさんもうがい・手洗い・充分な休息と栄養、でお気を付けくださいね〜
イメージ 2
 
 
 
今更かもしれませんが、
寝室と居間にはクレベリンを置いて、
上蓋のスリット全開です。
 
 
・・・ちょっと、夏のプールみたいな匂いがします♪
ちょっと重い話ですけど・・・
3歳の女の子の衰弱死のニュース、悲しかったです。
 
腸の中にはアルミ箔、ろう、たまねぎの皮などが残っていて
きっと空腹のために口にした、と報道されていました。
体重も平均にまったく届かず、
また体にはあざが多数あったそうですね。
 
若い母親は「娘には病気があって転びやすかった」「好き嫌いが激しい子」など
言っていると。
確かに子供に障害があったら一生懸命育ててもうまくいかないことはたくさんあります。
でもそのつまずきを虐待とは呼ばないですね。
 
このケース、少なくとも、育ち盛りの子供の体重が増えていないこと、
腸の内容物から「異食」という現実があったことだけ考えても
保護者はなんらかの支援を他者に依頼するべきでした。
医療でも、子育て相談でも、ママ友でも、自分の親にでも・・・
 
幼い娘の命のためにアクションが起こせなかったこと、
それこそがネグレクト(育児放棄)なんですね。
 
ただ忘れてはならないのは、
虐待の通告は、保護者や虐待者を罰するものではない、という観点です。
そうした関係性に陥った家族を助けるためのものなんです。
母子分離が必要なケースもありますが、それもいつかの再統合を目指して措置されます。
 
 
《うみさば!からのメッセージ》
 
発達や心身の健康に躓きをもった子どもさんを育てている方、
子育てに自信がない方、 (←みんな多かれ少なかれそうですが)
親になり切れない自分を感じている方、
あなたが虐待の加害者、という被害に陥らないために
誰かに相談してください。
市役所の福祉課、地域の保育園(在園してなくともOK!)、
児童相談所、保健センター、保健所、特別支援学校の相談窓口・・・
 
親が加害者にならない状況を周りのみんなで手伝わせてもらえたら
子どもも被害者にはならないんです。
相談してくれたら、自分達家族の状況にあなたが気付く勇気を持てたら
あなたも子供も不幸にならずにすむんです。
 
 
虐待は他人ごとではありません。
助けるべきは子どもだけではなく、その状況に陥っている親も、なのです。
子育てって、本当に大変なことです。本当にそう。
だから、
あなたが虐待の加害者、という被害に陥らないためにも
誰かに打ち明けてくださいね。
 
 
 
 
世界中で生きたいのに生きられない子がいます。
でも手立てを講じて成長できるチャンスがあるなら
私たち大人でそのチャンスを作っていきましょうよ。私たちの番です!
 
幼く逝った命に合掌・・・
 
 

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