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同じ空の下、走っていれば仲間じゃん

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市街地に出るな!戦争やめろ!自衛隊はいらない!
「東京23区はすべて今、区役所に自衛隊がいる。おかしいでしょう、こんなの?日本は今戒厳令が敷かれているんですか?」
「自衛隊は市街地に出るな!」
「戦争反対!」
「自治体訓練をやめろ!」
「軍事訓練強化反対!」
 
自衛隊の首都直下地震を想定した宿泊訓練です。
平和と人権大事な市民団体が自衛隊員に罵声浴びせてます。
観ていて怒りで頭の中真っ白になりました‼️ 絶対許せません💢

動画はこちら
   ↓
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日本人なら忘れもしない平成7年の阪神淡路大震災。
 
この時、陸上自衛隊中部方面総監で災害派遣の最高指揮官として災害救助活動の指揮を執っていた松島悠佐氏は著書『内側から見た自衛隊』でこう書いている。
 
「神戸市では自衛隊が防災訓練に参加したことがなく、自衛隊の災害担当者が県や市の防災会議に参加したこともありませんでした。関西方面には革新系の首長が多く、日頃から自衛隊との災害訓練に消極的でした。
 
熊本の師団長から転任したばかりですから、台風災害の多い南九州での自衛隊と自治体の連携体制と比較して心もとなかった。不幸にも神戸市を未曽有の震災が襲ったわけです。
 
自衛隊の災害派遣は県知事の要請の基づいて師団長や連隊長が部隊を派遣します。
 
県知事は自衛隊への災害派遣要請をどのようにすればよいか知らなかったようです。神戸市役所も自衛隊のことは何も知りません。自衛隊も神戸の町には入ったことがありませんでした。

連携不備な基盤に加えて、県庁や市役所も大きな被害を受け、電話は通じないし、道路は途絶して、連絡の取れない中で救助活動が始まったのです。
 
被災地に到着してからも役所と自衛隊の連携は混乱を極めました。平素から連携体制が出来ていたら、訓練を一緒にしていたら、…、悔しい思いをしました」
 
首長が左翼の反自衛隊だったために、自衛隊との訓練もせず、さらに救助要請も大きく遅れてしまい、本来、助かる命も失われたと言われた。
 
これさえ許せないのに、朝日新聞は「自衛隊の対応が遅れたために死者が増えた」と書いた。
 
対応が遅かったのは、要請することを知らなかった県知事であり、大地震の連絡を受けても何もしなかった村山首相にある。報道であればここを追求しなければいけない。
 
しかし、そこは触れずに自衛隊だけを貶めるのだ。
 

毎年起きる自然災害で、どれほどの国民が自衛隊の皆さんに助けられてきたことか。自衛隊には感謝こそすれ、いらないという国民はいない。

 
この反戦左翼は、東京直下の大地震で電気も水道もガスも使えなくなり、携帯電話もつながらず、お店も役所も閉まったままで、食料も何もかもが手に入らない状況で、建物などに生きたまま閉じ込められて救助を待つ人々がいても、「自衛隊は救助に来るな」「市街地に入るな」と言うのか。
 
大体、こういう人間に限って自分が被災すると真っ先に「助けてくれ」と大声で救助を求める。
 
腹立たしいが、こういう人でも自衛隊は助けるのだ。
 
前出の松島悠佐氏はこう書いている。
「命を懸けて日本を守る仕事をしているのに、『憲法違反』とからまれ、海外派遣の時は『人殺し』とののしられる。しかし、隊員達は、じっと耐えて仕事をしています」
 
国民を守るために本番さながらの訓練をしている自衛隊に向かって「自衛隊がいるのはおかしいでしょう?」と大声で罵っているが、誰が見てもおかしいのはお前達の存在である。

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ワイルドだぁろぉー


ワイルドだぁろぉー (^▽^;) って
どうする

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以前 鹿肉を頂いた方から
「トシオさん 鹿肉食うか」
と言われたので
てっきり 以前のような小分けした肉かと

持ってこられたのは これ
どうすんの
とぼやいてもしかたがないので
半解凍したブロックを解体

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スキナー持ってないので
ドロップポイントのナイフで
うぅーんかなり残ってしまった
もったいないけど

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小分けしてラップして

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ジップしました

正味6キロぐらいかなぁ

本格的 冬に備えて貯蔵します






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26:15〜


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日本はハルノートを無視して天皇陛下とルーズベルトが首脳会談すれば戦争にならなかった 〜青山繁晴〜
そもそも70年前に300万人死んだのは何のためですか?これは政治の結果ですよね。

しかもその政治の結果というのは、日中戦争とかアジアにおける戦闘ではなく、アジアには欧米の帝国主義勢力がいっぱい入ってきたわけですから、日本としては戦わざるを得なかった。

 
しかしアメリカとアメリカ領土であるハワイで戦う必要があったかというと、基本的にないんです
 
ハルノートなんて、そんなものはただの一外務大臣のノートに過ぎないんですから、「あっ、そうですか」と言って“ピン”とこれやっておけばいいんですよ
 
これをやった上で天皇陛下とルーズベルト大統領が首脳会談をやっていれば日米戦争の回避は十分にあり得たわけです
(平成301130日 「答えて、答えて、答える!」)
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青山繁晴議員のこの認識はどうか?
 
その前に「日中戦争」という言葉は戦後出来た言葉で、当時日本は「支那事変」又は「日華事変」と呼んで戦っていた。
 
これは日本と支那(国民党)は、戦争当事国には武器を与えない中立法のある米国から武器等を輸入していたため“戦争”ではなく“事変”と呼んでいた。
 
「日中戦争」という言葉には悪意がある。日本がシナ共産党と戦ったようにして日本がシナを侵略したようにされているが大きな間違いである。
 
さて、青山議員の「ハルノートを無視して天皇陛下とルーズベルトが首脳会談すれば戦争にならなかった」である。
 
なぜ日本が大東亜戦争を戦わざるを得なかったのか?
 
これは天皇陛下の「開戦の詔書」をよく読むと理解できる。
 
本来は学校の教育で「開戦の詔書」を読ませて、そこに書かれていることをしっかり教えれば、日本がやむにやまれず戦争に追い込まれたことが理解できる。
 
青山議員の言う”天皇陛下とルーズベルト大統領の会談”は、昭和16年に日本側から提案していたが、すでに日本と戦争を決めていたルーズベルトは、この時期に英国チャーチル首相と大西洋会談で対日参戦を話し合っていた。
 
この大西洋会談後、チャーチルは「ルーズベルトが平和か戦争かの問題を議会にかければ討論に3ヵ月はかかる。彼は戦争はやるが宣戦はしない。益々挑発的態度をとるようにする、と言った。戦争を起こすために何でもやることになったとルーズベルトが言った」と報告している。
 
また昭和17127日の英国議会でチャーチルは「極東において日本から攻撃を受けない場合でも米国は戦いを始める。そうすることで対独戦争を確実なものにするとルーズベルトと協議した」と述べている。

つまり米国の対日戦は決定していたのである。
 
昭和161126日のハルノートの段階で、米国は日本に禁輸や日本資産凍結、ABCD包囲網でケンカを売っていたのである。
 
日本は売られたケンカをいつ受けるかというだけであった。
 
たとえハルノートを無視しても、事態は米国有利になるだけである。
 
対日戦を決めていた米国は軍備増産を行っていたため、時間が経てば経つほど米国がより有利になっていくだけで、日本の不利は一層大きくなるだけであった。
 
この時、日米戦争を一番望んでいたのは苦しい戦いをしていた英国チャーチルではなく、対独戦をしていたスターリンであったであろう。
 
いまでは「ヴェノナファイル」や「クレムリン文書」「バシリエフノート」でルーズベルトの周りはコミンテルンスパイだらけであったことが明らかになっている。
 
にもかかわらず学校では「コミンテルン」を教えない。
 
コミンテルンを教えずに「なぜ日本は無謀な戦争に突き進んだのか」と言ってもわかるわけがないのだ。
 
そしてその裏にはユダヤ人がうごめいていた。
 
このことは元満州特務機関の門脇朝秀先生(昨年104歳で死去)と3年前と2年前に長時間対談した時に当時のことを詳しく教えて頂いた(下画像)。

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満州を仕切っていたのもユダヤ人であった。その名は「フェッテ」という。

(詳しくは保守の会会報『保守』第三号に書かれている)

 
戦後しばらくこの名前を出すことが出来なかったという。殺されるからだ。今もこの名前はどんな本を読んでも、ネットで調べても出てこない。

ゾルゲと会っていた門脇朝秀氏の動画→ https://www.dailymotion.com/video/x9m93c

昭和1610月、米国務次官補から「米国が凍結している日本の保有ドルは恒久的に封鎖される」と言ってきた。これにより横浜正金銀行ニューヨーク支店が破綻した。
 
横浜正金銀行ニューヨーク支店の破綻は日本の国際貿易の終わりを意味する。
 
参戦したい米国は完全に締め上げた日本と対等な日米同盟を結ぶはずがないのだ。

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1:00:33〜

「虎ノ門ニュース」(平成30125日)で「昭和の英雄が語る大東亜戦争偉大なる記憶」として、井上和彦氏が元海軍士官の深井俊之助さん(104歳)にお話を伺っていた。
 
今では当時を戦った方が非常に少ない中、大変貴重な証言である。
 
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昭和17年、第三次ソロモン海戦はガダルカナル島の付近で行われたが、深井さんはこの戦いで戦っていた。
 
「ソロモン海戦がミソだった。あれで負けて飛行機がなくなったから、あとはズルズル負け戦ばっかりだよ。悔しい、とっても悔しい・・・」と、今も悔しそうに語る深井さん。

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戦後日本はマスコミはじめ政治家も「反省」ばかりだが、昔の日本人、特に戦った軍人の本音は違う。
 
「悔しい」。これである!
 
これが真剣に戦った日本人の本当の言葉だと思う。今を生きる日本人として、この短い言葉の意味をよく噛み締めたい。
 
そして、レイテ沖海戦。深井さんは戦艦大和に副砲長として戦い、米国の駆逐艦2隻を轟沈させた。そしてレイテ島の外にある小さい島に戦艦大和をのし上げて、大和の砲弾をマッカーサーに撃ち込んでやろうとした。
 
深井さんは23発撃ったらマッカーサーは必ず白旗あげる。そうしたら停戦して、あとは外交交渉で講和の道を探る。日本はあんなに広くいらないんだ。アジアの占領地もみんな独立させればいい。日本がいるのは油だけなんだ」と、軍人として有利な条件で戦いをやめて、講和条約で終戦したかったと言う。
 
「日本軍は好戦的」というのが創られた嘘ということがわかるであろう。
 
ここで井上和彦氏は深井さんに「命を賭してレイテに突入を覚悟された。どんなお気持ちで戦われたんですか?」と聞くと、深井さんはこう答えた。
 
「なにしろ国を守らなければいけない。国を守るにはどうするかってことが頭の中にあってね、他のことは何も考えていなかった。
俺は死ぬんだと本当にそう思っていたんだよ。そうすれば家族も一般の人達も安泰になれる」
 
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実は、深井さんは海軍として昭和12年の南京攻略戦にも参加されていた。これも歴史的には非常に貴重な証言である。
 
「南京陥落して10日くらい経って我々が視察に行った時はね、中国の子供達が日の丸の旗を作って、それを振って歓迎してくれたんだよ。

後から『虐殺があったぞ』なんて言う話が出て『そんな馬鹿なことあるもんか』と言ってね。実際に僕らは子供に向かって『ああよしよし』なんてね。子供が街に出て旗振って遊ぶくらいだから静かなもんだったんだよ。

支那は略奪をやるからね。強姦平気でやるからね。日本人はしないからね。だから日本人はその頃には歓迎されていたんだ」
 
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TBS「報道特集」よ、NHKNHKスペシャル」よ、こういう真実を流すのが本当の報道である。

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入管法改正案7日採決
外国人労働者の受け入れ拡大に向け在留資格を創設する出入国管理法改正案をめぐり、参院法務委員会の横山信一委員長(公明)は6日の質疑終了後の理事会で採決を提案した。これに反発した立憲民主、国民民主、共産の各党などが委員長の解任決議案を提出し、6日の採決を阻止した。
 
与党は7日の参院本会議で解任決議案を否決する構え。7日中に参院法務委で改正案を採決し参院本会議で成立させる方針だ。
 
6日の法務委は6時間の質疑を実施し、このうち2時間は安倍晋三首相が出席した。首相は「生活・教育・就労に関する情報提供や、外国人を受け入れることができる基幹的医療機関の体制整備などを拡充する。お互いが尊重し合える調整社会の実現に万全を期す」と述べた。
 
野党筆頭理事の有田芳生氏(立憲民主)「『議論は尽くされた』とは冗談じゃない。議論すればするほど多くの問題が出てくる」と政府・与党を批判した。(平成30126日 産経新聞)
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昨(平成29)年1022日の衆議院選挙で自民党は圧勝して、自公で憲法改正に必要な3分の2を上回る議席を獲得することが出来た。
 
この時の選挙戦で安倍総理は憲法改正を訴えていたので、国民は憲法改正を望んで自民党に勝たせたともいえる。
 
しかし今の自民党がやっていることは憲法改正とは違う外国人労働者受入れや水道法改正である。
 
安倍総理は「外国人とお互いが尊重し合える調整社会の実現」と言うと、有田芳生は「議論すればするほど多くの問題が出てくる」と言った。
 
今の自民党政権がやっていることに対する野党の主張は最もだと感じるだろう。
 
しかし騙されてはいけない。
 
有田芳生は「共生社会」を望んでいる。

ならば安倍総理の「お互いに尊重し合える調整社会の実現」は支持できるはずだが賛成とは言わないのだ。
 
こういう国会では本質的議論が出てこない。
 
126日の「虎ノ門ニュース」で石平氏はこのように述べた。
 
「オリンピックのために建設が足りないから外国人労働者を入れる。しかし彼らは人間です。日本に来れば誰も大人しく帰りたくない。いろんな方法で日本に滞在する。合法的にできれば合法的に、合法的にできない者は不法滞在。
 
中国の場合は一族主義。一人で来たら一人で留まらない。見る見るうちに一族みんな呼ぶ。呼んでから中国人は一族中心の中国人達の社会をつくってしまう。
 
今後、日本人は多くの外国人と共生してやっていける自信があるのか?日本の国土に大量の外国人を受け入れる余裕があるかとか?いろんな問題があるんです。それを今の政治家は国家百年の計ではなく23年の計で考えている
 
簡単な話、日本で子供を産む場合はほとんどお金が要らない。政府の出産一時金でお金がもらえる。これは中国人民が日本に来たらみんな子供を産む。日本人は一家族12人しか生まない。外国人が来たら一家族56人産む。日本の社会福祉が外国人に取られてしまう。生まれた外国人の子供は日本で教育を受ける。
 
こういう社会になる覚悟が日本人にあるか?
3050年して日本人が少数民族になったらどうするのか?
そこを日本人が真剣に考えなければならない。
 
昔の日本人は20年後、30年後どうするかを考えていた。今の政界、財界はそういう考えの人はいない。・・・」
 

一時しのぎの労働者のつもりだった外国人が、期間が来ても帰らず、日本で日本人以上に子供をつくり、家族が形成され、外国人しか住まない地区がつくられる。
 
そうなると単純に外国人の人口が日本人の人口を超える日が来る。日本民族は日本で少数民族になっていく。
 
そんな日本社会が来ることを日本人は想像できているのか。
 
日本国は誰の国かわからなくなる。

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