カゼニフカレテ 〜競馬徒然草〜

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ナツノキセキ

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 『期待される事が…好きだった。なのに今は…期待される事が嫌いになった。』






 華やかだった現役時代。繁殖への期待も種付けをした馬から十分過ぎるほど分る…。だが……彼女を待ち構えていたのは悲しい現実だった。

 ある有名な馬との間に産まれた仔は、体質が弱く、体重もかなり軽かった。それゆえ彼女は走る事無く繁殖入り。血統で首の皮1枚だろう。

 そして2年目は世界的にも有名で、これを父に持つ馬は殆どと言って良いほど走る。母親の持つポテンシャル次第ではG1も余裕である。無論母は極上のレベルだった。走らないはずがなかった。

 だが…その馬は失明し、競走馬生命を絶たれた。

 彼女は悲しみに打ちひしがれると同時に、絶望感を抱いた。打ち明けても楽にはならない、これは自分自身の問題だからだ。

 そんな崩れ落ちそうな母に追い討ちを掛けるような悲劇が襲った。

 遠い国へ旅立った親友が去年死亡した。その死因は落雷だと言う。

 すべて人為的な物ではなかった。母は泣き崩れた。もう誰を信じていいか頼っていいか分らなかった

 残されたのは初仔の娘だけ。

 そんな母を知ってか知らずか、娘は母におもいっきり甘えた。自分も責任を感じて、いつも泣いてばかりいた。母同様、娘も責任を感じていた。

 娘と自分とよく似ている。そう感じた。

 決して自分の傷が癒えるわけではなかったが、母は悲しみを乗り越え、娘に優しく接し続けた。

 「大丈夫…あなたは悪くない…。」

 自分で自分を慰めるように、娘に言葉を掛けた。そして誰よりも大事にしようと思った。

 娘は唯一と言って良いほどの宝だったから。





 7月7日。その日の夕食に娘はある話題を持ちこんだ。

 「ねえ、お母さん。織姫と彦星って知ってる?」

 「うん、知ってるわよ。今日、1年に一度しか会えないんだよね。」

 「ロマンチックじゃない?」

 「そうね。誰が作ったか分らないけどね。」

 娘は何かを言おうとしたが言うのをやめた。

 『織姫見たく、母さんも会えれば良いのにね…。』

 娘はどうしても父と母を会わせたかった。今まで辛かった事を全部話して、心を楽にして欲しかったからだ。

 母は洗い物を済ませ、娘をお風呂に入るように促した。娘が入浴すると母はタンスの上にあったお菓子の缶を取った。

 その箱の中身を愛しそうに眺める。

 「ねえ、あなた…この手紙覚えてる…?」

 箱の中身は大量の封筒が入っていた。それらは全て1頭の名前の物しかなかった。引退してから僅か3年で急逝した馬だ。

 箱の中にはそんな彼との思い出が詰まっている。枚数はゆうに100枚を越える便箋の枚数がその絆を物語っている。

 恋愛感情を抱いたのは彼が死んでからだった。無性に彼の声が恋しくなった。産駒の成績からも誰かこの胸の内を開けたかった。彼なら全てを受けとめてくれる思った。でも彼はこの世にはいない。

 時々沸いてくる気持ちをこの手紙を見て静めた。何時も同じ文章でも構わなかった。

 「母さんお風呂あがったよ〜。」

 慌てて読んでいた手紙を箱に戻し、タンスの上に箱を戻した。娘の身長では届かない安全な場所だからである。

 「は〜い。」

 入浴し、2頭(2人)で布団を敷き、電気を消し就寝する。こうしていつもと変わらない1日が終る。

 「ねえ母さん、彦星と織姫…ちゃんと会えたかな?」

 「…会えたんじゃない。きっと。」

 「嬉しいよね…1年も待ったんだもん。」

 「そうね。」

 娘はさっきの事を言おうとしたが、やっぱり言えなかった。会話が途切れてしまった。

 「どうしたの?」

 それは何か言いたい事があるなら言ってほしいと言うサインだった。

 「…お父さんと…お母さんも会えれば良いのにね。」

 娘はやっとの思いで言った。しかし、母の返答は軽い物だった。

 「そうね。会えたらいいね。」

 「…お母さんはそれで良いの?会いたいんじゃないの?」

 母はしばらく沈黙する。

 「私が…お父さんと会う時は私が三途の川を渡らなきゃならないからね。」

 「お母さん…。」

 娘はしゅんとしてしまった。自分が母親を傷つけてしまった気分になった。そんなつもりで言ったわけではなかった。少し悲しい気持ちになった。

 『お母さんはそれで良いの…?』

 心の中で娘は母に問い掛けた。




 『会えるなら…会いたい…でもね…そんな事は有り得ない…。』

 母も心の中で押し殺していた気持ちがあった。

 本当は誰よりも会いたい、だけど会う事は不可能なのだ。夢を見ててもしょうがない。夢は叶える物だから。自分の手で掴むべき物だから。だから、こんな気持ちを持っててもしょうがなかった。

 死者が蘇る事は無い。これは絶対だった。たとえ居たとしてもそれは全く別の物だから。

 割り切って、悲しいのは誰よりも自分だった。布団に入り、たまに夢の中で彼と過ごした日々が流れてくる。目が覚めて現実に戻ると涙が止まらなくなってた事もあった。戻れないけど戻りたいそんな思いが見せる夢だった。




 この日もまた、同じ目覚めだった。



 ある一点を除いては。



続く

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