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「さて、今日は久しぶりにグルに会うのか…。」
重い溜め息を着きながら鏡を見つめる。ある事がキッカケで現役時代から豹変してしまった外見にウンザリした。
と言っても太ったわけでもない。子どもがお腹に居るからでもない。髪の毛は長くなったが、着ている服は現役時代と変わらない。
たった1つ、その釣り上がりっぱなしの目を除けば…。
「まあ、目だけはメイクのしようが無いかなからね…。整形かあ…。」
また大きい溜め息を着き彼女は外へ出ていった。
「あ、ココ!もうアンタ最近何やってんだ?周りからクレームが来て対応に必死だよ。」
外に出ると、牧場のスタッフのオジさんが腕を組んで立っていた。最近は日常茶飯事になっている光景。厩舎の牝馬達も顔を引っ込める。
「あ?何?」
「太鼓がうるさい、夜遅くに大音量で音楽を聴く…」
「あ〜うるさいうるさい。」
「だって皆言ってるんだぞ。」
「そういうのだって「夢」を見て居たいんだからいいじゃないのさ別に!」
「それに、またそんなケバいファッションして!」
「良いじゃない!女の子なら化粧に命掛けるのも普通じゃない!今日日の高校生は皆そうなんの!この時代遅れ!」
「それは人間の話だろう!」
「は?同じ生き物でしょ。あ!時間が無い!じゃあね。夜には帰るわ。」
溜め息しか付いて出ない。牧場のスタッフが呆れるのほどの悪童っぷり。その馬は迎えに来ていた車の助手席に飛び乗った。
カリカリにチューンされマフラーはメチャメチャうるさい。その上やたら揺れる。そんなインプレッサはカボチャの馬車には到底及ばない。そして運転手も王子様とは到底言えない。
「…やれやれ…とんだお嬢様だこと…。」
「…お嬢様ねえ…懐かしい響きだわ…そんな事を言われてた事もあったわね。」
「栗東が長かったから関西系のオバちゃんになったって所か。」
「…でも劇的に変わったのはここに来てからね。」
運転手は退屈そうに車を走らせる。助手席の彼女はどこか寂しそうな瞳をしていた。それが気になってしょうがない。
「でも、ナルミもここに来てから随分変わったんだよ。」
後部座席から可愛い女の子が顔を出した。このまだ子どもにしか見えないのが副島 ナルミ(旧姓度会)なんと19歳にして結婚3年目。もちろん子どもは居ないが、副島との年の差は7年も開いている。法律こそは守ってはいるものの、周りからひんしゅく買っている事は言うまでも無いが、彼らは大恋愛の末に結ばれたのだ。もちろん俗に言う「できちゃった婚」ではなく、ちゃんとした恋愛結婚だ。
「ああ。ナルミちゃんは前居た場所は沖縄だっけ。」
「うん。コータとはダンススクールで知り合ったんだよ。いっつも「お兄ちゃん」って呼んでた。」
「ナルミ…俺達のエピソードは絶対言うな。恥ずかしいったらありゃあしない…。」
「えへへ〜。でもコータって女好きだよね〜。ココさんだろうが、オーシャン姐さんだろうが、隣に乗ってるのが女の子ならいっつも顔真っ赤にしてるもんね。」
「あ〜!副島さ〜ん?」
「いや!そんな事は無い!」
「あれ〜?アメリカでパツキンでボインのねーちゃんを抱いてたは何処の誰?」
「あれはダンスの演目の都合で…。」
「あれ?クラブで撮ってなかった?あの写真。」
「う…。」
「観念しなさい。副島さん。女はなんでもお見通しなのよ。ね?」
「ね〜!」
「お前等!あ〜はいはい。ほら着いたぞ!さっさと降りろ!」
「また後で苛めて上げるからね。バイバイ!」
「苛めないでね。バイバイ。」
こうして茶番は終った。なぜか副島は悲しそうな顔をしながら車を走らせ続けた。彼女の変貌振りが理解できなかった。
「…どうしてあんなになるんだろう…。絶対あんな風にはならない筈なのに…。」
副島は怒りをハンドルにぶつけた。彼は彼女が北海道に来て間もない頃を知っていた。成績優秀。オマケに血統は超が3つでも足りないほど優秀。オマケに超美人。性格もとてもしっとりとしていて、話しやすかった。
だが、春を迎えると彼女は大きく変わったしまった。今の面影には昔の彼女は居なかった。インプレッサのエキゾーストノーズが悲しく吼える。
「あと5分…う〜…グルはいっつも時間にルーズなのよね…おっとりというか、のろいというか、本当お嬢様って感じ。ムカツク!」
あるカフェで待ち合わせをしている栗毛の牝馬が居た。その馬の名前はスティルインラブ。2年前史上2頭目の牝馬3冠に輝いた馬だ。もっともそれ以降は振るわなかったが、水色と赤のリボンがとてもチャーミングな牝馬だった。
「…あら。ごめんあそばせ。」
後ろから物凄いオーラを出した馬が来た。まさにお嬢様とでも言っておくか。母には女傑エアグルーヴ。そしてサンデーサイレンスと言う驚異の配合。エリザベス女王杯2連覇、アドマイヤグルーヴ。
「…ハイハイ。ワカリマシター^^」
「…まあ私がそんな言葉使う事はほとんど無いって事ぐらいアンタ分ってるんでしょうが。」
「そうだね。グルがお嬢様らしくしてる所見た事無い。」
「まあママも礼儀正しくしなさい以外は強調しなかったからね。」
他愛も無い話をする。レースでは別だが結構仲の良い2頭。最高のライバルであり、最高の友達。
「ラブちゃん!グルちゃん!」
「ナルミちゃん!それにココさん!」
スティルが待ちかねたように言う。久しぶりの再会だ。
「お待たせ〜ごめんね〜遅れちゃって。」
「大丈夫ですよ〜。先輩!」
「じゃあ注文とろう!え〜っと…。」
とりあえず全員ケーキとコーヒーを頼んだ。ラブはグルーヴ経由でファインモーションと知り合った。もちろんグルーヴにとっては偉大な先輩である。引退してようやく北海道に帰ってきた。そして今日はファインからある相談を持ちかけられた。
「先輩、話ってなんですか?」
グルーヴはファインに問い掛けられる。表情が曇る。俯きがちのまま、彼女は何かを言おうと口を動かしている。
「ねえ…グル、ラブ、ナルミ…ちょっとこの事は内緒にしててくれない?」
彼らはお互いの目を合わせ、頷く。だが、ファインはそれを見ても暗いままだった。
「…グル…確かあなたの方が種付けの日早かったわね?」
「ええ…。それが何か?」
ファインは何か固い物を飲みこむように唾を飲んだ。集中する視線に緊張しながら言った。
「…相手はキンカメだよね?」
「はい。」
「…これを…。」
ファインは白い布に包まれた何かを出し、グルーヴの前に差し出した。グルは恐る恐る開けた。ラブもナルミもその何かに視線を注ぐ。そこのテーブルだけなんとも言えない緊張感が漂っていた。しかし、殆どの客はパソコンを開きデスクワーク、友人との会話に花を咲かせる人、読書にふける人…。彼らは彼らの時間を過ごしていたから、誰も彼女達の事を気付かなかった。
「……!!!!!」
彼らは言葉を失った。その包みの中身はジャックナイフだった。
「なん…うっ!」
ラブが叫びそうになったが、それをナルミが口を手で必死に抑え、声を塞いだ。
「…ココ姐さん…あなたどういうつもりでこれを…?」
ファインは俯いたままだったが、少し間を空けて搾り出すように言った。
「…殺して欲しい。そいつを!」
そこだけ時間が止まった気がした。沈黙がこの場を包む。幸い、ケーキは一口、二口口を付けただけで、コーヒーも同様だった。よってウェイターが皿を下げることは無い。それだけに時間が静止した気がした。
「先輩…!なんでこんな事を…。」
「聞かないで。あなた、それをしなかったら…縁切るわよ。」
まさに脅迫だった。その面影に現役時代の優雅な雰囲気は無い。恐ろしい目をしていた。グルーヴは断ることもできず、その包みをバックに入れるしかなかった。楽しいはずのティータイムは一変した。
副島に送ってもらってやっと思いでグルーヴは部屋に帰った。そのままの勢いで布団に突っ伏す。
「…もう何なの…最悪…。」
うっすら涙を浮かべながら呟く。その時真っ暗な部屋に灯りが灯った。
「もう、こんな時間に灯りも着けないで何をやってるんだか…。」
その時希望の光が見えた。
続く
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