カゼニフカレテ 〜競馬徒然草〜

画像がUPできない・・・IEが古すぎてorz

風を待ちながら

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

 北海道に梅雨は存在しない。大雨は滅多に無く、しとしと降るだけ。しかし、今日は大雨だった。見学に来ようとしていた人たちに申し訳ない気持ちで居た。

 今日も一日が終わる。そう思って彼はベッドへ潜った。その時電話が鳴った。電話の主はキョウエイマーチ。パールと同期でライバルだった馬だ。

 「シャトル君・・・パールが・・・死んじゃった。」

 開口一番。シャトルは飛び起き、インターネットで調べた。しかし、何処にもそんなニュースは無い。

 「ねえ?どこから回ってきたのこの情報?」

 「・・・んっとね、向こうの牧場から直接電話で。」

 「・・・英語で適当に聞き取ったんじゃない?」
 
 「違うもん。アメリカから来たママ(繁殖牝馬)が通訳して聞いたから間違いない。」

 シャトルは思考が止まった。まさかのまさかである。つい3日前に電話した時、彼女は至って普通だった。病気だなんて聞いてなかった。

 「死因はなんなんだよ。」

 「・・・落雷だって。」

 シャトルは思わず聞き返した。

 「・・・・・・・は?」

 受話器の向こうからマーチの嗚咽が漏れていた。マーチは「じゃあね」と涙声で電話を切った。

 彼はそのまま呆然としていた。

 翌朝の新聞のスポーツ欄に小さく彼女の死亡が報じられていた。それもたった2行。彼は何時にも増して、上の空だった。いつも彼はボーっとしている馬だが、今日はさらに磨きが掛かっていた。

 食欲も湧かなかった。何もやる気が出ない。取るものが、手につかない。地に脚が着いていない感じだった。

 遠い国での出来事であり、死んだ彼女に目の当たりにした訳でもない。だから彼女の死に実感が沸かなかった。西の空を見上げて、嘘なのでは、と思った。これが彼が最後にすがる事できる物でもあった。

 だがその期待は打ち砕かれた。

 さらに数日後の出来事である。この日は雨降りだった。そんな中で、マーチとドーベルは彼女の遺品を持ってきた。大きい箱の中には少しだけ遺品が入っていた。数日前まで愛用していたと思われるパソコンやらなにやら。細かい物ばかりだった。そして箱の隅に、ポツンと一個。寂しそうにしている見覚えのあるもの。

 それはあの時箱一杯に作って送った照る照る坊主だった。安田記念の後、捨ててしまった。と彼女は言っていたが、一個だけとって置いたのだった。その笑顔は全く変わらなかった。種付けや見学の合間を縫って、一つ一つ心を込めて作った物。それは彼女への想いも込めて作った物だ。それを見つけた途端、急に彼女の死が現実味を帯びてきた。

 涙がとめどなく溢れ、切なさが心の底から込み上げて来た。彼女がどんなに辛かったかと思うと胸が張り裂けそうだった。寂しがり屋の彼女が言葉も分からない国で生活していたか姿を思うと悲しくなった。そして自分の引退レースで美しい黒いタテガミを靡かせて追い抜いてく姿が思い出された。

 「・・・君はそうやって僕を追い抜いて・・・いくんだね。」

 大粒の雨が屋根を叩いている。いつも好きな雨が今日は好きになれなかった。






 それから、彼はその照る照る坊主を握り締め、固まっていた。気がつけば日は既に昇っている。スタッフから朝食を貰ったが、体調が悪いと言って放牧地に出ることを拒んだ。そして彼は便箋とペンを机に出した。

 彼は冷蔵庫に残っていた缶チューハイを開けた。酒の力を借りなければ思いを綴れそうになれなかった。その手紙の内容は、感情を書き殴った物だった。便箋も5枚近くになった。初めて出会った時の事、一緒に海外G1を勝った時の事、そしてアメリカに渡ってからの事、そしてずっと大好きだったのに言えなかった事。想っていた事を全て込めた。そして最後に「ずっとお元気で、さようなら」を書いた。涙をこらえて、外へ出た。夕焼けが綺麗だった。もう牧場の営業時間は終了して、放牧地には誰も居ない。自分の放牧地へ軽々と作を飛び越えて入った。

 そして封筒に入った手紙と照る照る坊主をじっと見詰め、夕焼けに染まる空を見上げる。きっと彼女はこの空を眺めていたのだろう。そしてこの空の中に彼女は居るのだろう。そう空に思いを馳せた。

 そして手紙を牧草の上に置き、盗んできた箱マッチを出す。ライターは蹄ではつけられまいと思ったからだ。

 あの空に手紙を届けるには、煙にして風に乗せる外無いと考えた。そして照る照る坊主を燃やして想いを断ち切ろうと、マッチを擦っていた。その時、

 「燃やしちゃったら、私が読めないじゃない。」

 聞き覚えのある声にハッとして振り返った。そこには死んだはずのパールが居た。白いワンピース姿、風に靡く黒髪、あの時と何も変わらない彼女が居た。

 「その手紙、私に宛てたんでしょ?だから私にちょうだい。」

 彼はおぼつかない足取りで近づき、手を震わせながら手紙を渡した。パールはその手紙を読み始めた。ゆっくりとは読まず、ざっと見る感じで。そして大事そうに封筒へ仕舞い直した。パールは少し微笑んで目を閉じた。幸せを噛み締めているように見えた。

 「ありがとう・・・これ、ずっとずっと大切にするから。」

 彼女は大事そうに手紙と照る照る坊主を胸に抱えた。

 「・・・死んだんじゃなかったの?」

 「・・・手を触ってみる?」

 彼女は片手を彼に差し出す。彼は恐る恐る、触った。

 「・・・ああ・・・」

 その手は冷たかった。

 「・・・ね?死んでるでしょ?」

 彼女は俯いて呟く。

 「・・・死んでるじゃ、ねえよ・・・。」

 彼は怒るように言ったつもりだが、そう聞こえなかった。正直、嬉しかった。最後に会えた事が本当に嬉しかった。

 「あなたに想いを伝えないまま死ぬのは嫌だから、神様にわがまま通して貰って、ここに来たの。」

 パールは沈み行く夕日を背に立った。

 「俺も伝えたい事があるんだ。笑わないで聞いてくれる・・・よな?」

 パールはシャトルを見つめた。

 「うん。」

 「俺は」

 シャトルは深呼吸をしてから言った。

 「パールの事が大好きだ!たとえ君が天国に行っても!何処に居ても、何があってもこれだけは変わらない!君が誰の物でも構わない!それでも俺はパールが好きだ!!!!」

 万感の想いを彼は叫んだ。

 「私も・・・シャトルの事大好きだよ!」

 彼女の目から真珠のような涙が、ポロリ、ポロリと零れ落ちた。そして彼女は彼の元へ駆け出す。

 「えい!」

 彼女は彼の首へ抱きついた。彼はかなりガタイが良かったのでよろける事なく彼女を受け止めた。そして抱きしめた。やっぱり彼女の体は冷たかった。だけど、冷たいと言う事はこれは夢なんかじゃないと言う事を証明させた。彼女は今、腕の中で「生きている」と感じさせた。

 「今度、生まれ変わっても、私はシャトルのそばに居たい。」

 「できればしばらく生まれ変わってくれないで頂けませんでしょうかね?生まれ変わったらあなたかどうかわからないから。」

 「ん〜〜〜じゃあ!シャトルが死んだら私が迎えに行くわね。」

 「それはある意味嫌だなあ。」

 「私がさらってあげる!」

 「そういう意味で俺はこの前電話したんじゃないぞ!ただ、なんとなく・・・。」

 そんな風に馬鹿な事を喋っていた。夢のような時間を過ごしていた。シャトルはずっとこれが続くのではないかとさえ思えた。
 
 「そうそう。私、お日様が沈んだら帰るように言われてた。」

 急に現実に戻された。段々と辺りは暗くなってきた。急にシャトルから笑顔が消えた。そんなシャトルを見て、体を離した。

 「でもね。風が吹いたら私のこと思い出して。ひょっとしたらその風に乗って会いに来るかもしれないから。」

 彼はこれが、あの時の電話のお返しだった事に気付いた。

 「じゃあ風が吹いたらパールの事を思い出すよ。でも雨が降っても思い出すかも。」

 「そうしたら、私は来ないわよ。私が雨嫌いなの知ってるでしょ?だから、はい。」

 彼女は彼にさっき燃やそうとしていた照る照る坊主を返した。

 「これを吊るして置けば、私が来れるかもね。」

 照る照る坊主の表情は変わらないままだった。しかし、首の辺りに真珠が一個ついていた。

 「これを君だと思って大切にするよ。」

 そして大分日も傾いた。そろそろパールが帰らねばならない時間が来た。

 「それじゃ今日の締めって事で。」

 彼女は背伸びをするように彼に口付けした。

 「それじゃ、またね。」

 「うん。」

 その瞬間、パールの背中に翼が生えた。常世の物とは思えない物を彼は見た。

 「今までありがとう!」

 彼女はそう言って空へと飛び立った。彼もそれを笑顔で見送った。





 
 
 

 ふと思う。あの日の出来事は夢だったのではないかと。昨日の事のように思い出せる夢を見ていたのでは?とか考えた。

 そんな事を考えながら、今日も朝を迎えた。カーテンを開けると、気持ちいいほどの青空。そして吊るしておいた照る照る坊主を見る。

 「お前やるなあ。」

 そう言いながら照る照る坊主の頭を優しく撫でる。真珠が朝日で輝いていた。

 いつもそれを見る度、あの出来事は夢じゃない。と思う。そんな光景を毎朝繰り返す。

 そして今日も日が暮れるまで風を待つ。

 また君に出会える事を信じて。


 〜END〜
 
 

「もしもし?」

 懐かしい声が耳に届いた。

 「もしもし・・・俺の事・・・覚えてる?」

 彼は胸を膨らませてそう言った。

 「・・・・・・あ、新聞なら間に合ってます。」
 
 その拍子抜けするような回答に転びそうになった。

 「どうして日本語で新聞の売り込みする必要があるんだよ!!俺だよ!俺だよ!」

 彼は受話器に怒鳴った。その声に放牧地に居たほかの馬もビックリしていた。

 「・・・もう!うるさい!そんなマジ切れしなくても良いじゃない!ちゃんと分かってるわよ。」

 「・・・ならおちょくるなよ・・・」

 「えっと、確かタ・・・タイヤキ????」

 「まあ、毛色は・・・近いものがあるかもしれん・・・。」

 彼は搾り出すように言った。

 「・・・俺はずっと忘れなかったのにな・・・」

 『パール。』

 何時になく優しい声で彼は言った。

 「ごめん、ちょっと言い過ぎた。私だって覚えてるわよ。」

 『シャトル。』

 それを聞くと彼の顔に笑顔が戻り、いつもの明るい声で切り出す。

 「そっちはどう?楽しい?」

 「まあね。とにかく大きいわ。呆れちゃうぐらいに。でもね、言葉が未だに・・・。」

 「6年ぐらいアメリカに居るんだろう?」

 「何か面倒くさくて、最低限しか覚えてないわ。日本語でメールを書いてる時の解放感がたまらないのよね〜。」

 「日本が恋しいか?」

 「そりゃそうよ!あ〜〜!あんみつ食べたい!」

 「それは流石にアメリカに行ったら食べられないよな。」

 「そうなのよ〜。でもさあ、私まだ帰れないんだよね。色々あってさ〜。」

 「所詮俺等はそんなもんさ。『自由』なんて無い。」

 「ねえ?シャトル種牡馬になって、こっちに来ない?」

 「俺はもう移動はフランスでコリゴリなの。知ってるでしょ?」

 「来ちゃいなよ〜!ボインの姉ちゃんがた〜くさん居るわよ。」
              
 「おあいにく様。俺は君みたいな胸のな〜い女の子が好みなの。」

 「うわぁ〜タイキシャトルってそういうのが好みなんだ〜。そういうのって確かロ・・・。」

 「ば、馬鹿!勘違いすんなよ!女の子の器量はそんな所じゃないって事を言いたかったんだ!」

 「嘘ばっかり。第一、私もう小さくないも〜ん!」

 「態度が小さくなればいいのに・・・。」

 「何か言った?」

 「いえ、別に。」

 それを境に妙な沈黙が流れる。言葉が続かない。時間は刻々と過ぎ、約束の時間がきてしまった。

 「なあ、パール。」

 「ん?」

 「お前今、幸せか?」

 「ぶっ!何を言い出すかと思えば・・・」

 しかし彼は至って真顔だった。その雰囲気を受話器越しから彼女も察知した。

 「・・・一応・・・ね。」

 シャトルはちょっと間を置いてから言った。
 
 

 『幸せじゃなかったら、何時でも言ってくれ。俺がさらってやる。』




 

 パールは部屋の隅の机でパソコンを付けてメールを打ち始めた。相手はもちろんタイキシャトルである。一昨日の電話の事に着いての文を書いていた。大分あのフレーズに驚いたが、正直な所、凄く嬉しかった。ここの生活はそんなに楽しくは無い。不自由ばかりだった。確かに何もかもが大きく広い。だが、彼女には広すぎた。寂しがり屋の彼女にはあまりにも広い異国の地だ。

 パールはこの前の電話の内容を思い出していた。やっぱりあのフレーズが頭から離れない。あの後、噴き出してしまってシャトルには申し訳ないと思った。シャトルも恥ずかしそうに何かもごもご言ってから電話を切った。もし、あの時真面目に言ったらどうなってたろう?そう思って今手を動かしている。


 ふと手が止まる。大分打ってたのだがどうしてもここに入れられない文があった。

 「シャトルは私の事好き?」

 それは友達ではなく、恋人として。ずっとずっと彼女は彼の事が好きだった。現役の頃から、アメリカに渡った今でもずっと。アメリカへ発つ前にその気持ちに区切りを付けた。しかし、数年前からメールアドレスを交換してもう一度関係が戻った事とホームシックで前よりも彼に引かれていた。しかし、今更これを言ったらどうなるか・・・それが彼女を思い留めていた。

 「・・・いいや!」

 彼女はメールをウィンドウごと削除した。彼女は苦笑しながら部屋を出て散歩に出かけた。空は鉛色。雨が降りそうである。彼女は雨が大嫌いだった。汚れるとかもあるが、走ると足元が危ない。その証拠に彼女は雨の日になるとてんで走らなかった。逆に彼は雨は全く苦にせず走った。しかし、彼女には雨の日には大切な思い出があった。

 それは99年に遡る。彼女の現役生活最後の年であった。その年の高松宮記念。彼女は一番人気だった。あのメンバーなら楽勝。そう競馬ファンは思っていた。確かに、あのメンバーで彼女と同等の力を発揮する馬は居なかった。彼女にとっての最大の敵は―雨だった。馬場状態こそは良馬場発表。しかし、彼女は雨にとても弱かった。そして彼女はこのレースに敗れてしまった。

 そしてその後の安田記念。出発する直前、引退して北海道に居るタイキシャトルからある物が送られてきた。

 それは段ボール箱いっぱいに詰まった照る照る坊主だった。顔は皆笑顔だった。彼が彼女に対しての精一杯の愛情を込めて作った物だった。彼女はこの好意を素直に受け取り、自分の馬房に全部吊るした。

 その甲斐あって、その日は快晴だった。しかし、彼女はそのレースをモノに出来なかった。その晩、彼女はシャトルに電話を掛け、とってつけたような感謝の言葉を述べた。照れ隠しと応えられなかった悔しさが入り混じった不思議な電話を掛けた。

 彼女は自分の放牧地に腰を下ろし、少し物思いに更けていた。空とは裏腹な心地よい風に靡く黒髪。ふと彼女は閉じてた目を開いて、振り返る。なんとなく彼の笑い声がしたからだ。空耳か、と苦笑しまた物思いに更けた。

 その時、顔に雨粒が落ちてきた。以外に大きい、大雨になる。彼女は慌てて立ち上がり駆け出した。夕立だった。雷もゴロゴロなり始めた。牧場のスタッフが何かを叫んだ。しかし、雷の音でそれは掻き消された。ジェスチャーからして早く戻れと言う事と察した。その時雷が落ちる音がした。大分近いかもしれない―

 それが彼女の地上での最後の記憶になった。





 

全1ページ

[1]


.
r_m*ki*9
r_m*ki*9
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事