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紙をカッターで切るために、長い定規を持ってきた。 カッター板とカッターを用意して、いざ切ろうと思ったとき、 持ってきたはずの定規がないことに気づいた。 「定規、定規・・・」 私は、書類をのけたり、カッター板を裏返したり、横や後ろを見回して自分が「つい置いてしまいそうなところ」を探したりしたのだが、一向に見つからない。 「あ、もしかしたら、定規を取ってこなかったのかもしれない」 私はいつも定規を置いている机の左端を探ってみたのだが、やはりそこにも定規はないのである。 そこで、私はあることに気づいた。 私は今、左手だけで懸命に定規を探している。 あれ?右手は・・・。 右手は、しっかり定規を握っているのだった。 この間、約30秒。 どれ程、長い時間であったかは、理解していただけると思う。 よく、 「メガネ、メガネ・・・」 と探して見つからないのだが、 実はかけていたという話がある。 まるで、そんな感じ。 マヌケなこと、この上ない。 メガネというと、私は普段メガネをかけている。 しかし、ほんのたまにコンタクトにすることがある。 そんなときに、お風呂に入ることなんかがあって、服(アンダーシャツなどボタンのないもの)を脱ごうとすると、 必ず無意識のうちに手はメガネを外しにかかる。 私にとって「服を脱ぐ」という行為は「メガネを外す」という行為とセットなのだ。 当然メガネはないのだから、目の横当たりで手が空振りする。 無意識にしている行為なので、これでもかってくらい「スカッ」と空振りする。 そんなときは「ああ、俺ってバカだなぁ」と思いながら、苦笑してしまう。 そして、改めて服を脱ぐのだが、またそのとき手は透明のメガネに・・・ メガネの空振りは、普段メガネをかけている方にとっては共感できるのではないだろうか。 いや、共感できると思いたい。 ・・・誰か、共感して。 この感じは、階段の「例のアレ」と似ている。 例えば、階段を上っているとする。 一定のリズムで、上っているのだ。 考え事をしていたり、話に夢中になっていたり、そういうときに、 本当はもう最上段まで来ているのに、もう一段あると思って足は上りにかかる。 そうすると、本当はない透明の階段を踏むことになって、見事なまでに「スカッ」と空振りする。 まぁ、あまりしない経験ではあるが、誰でも一度や二度くらいはあるのではなかろうか。 もともとが、定規の下らない話だったので、この話のオチの付け方に困っている。 さて、どうしたものか・・・。 メガネ、階段と脱線し、どんどん話が下らない方向に向ってしまった。 ・・・ちょっと、時間を下さい。 う〜ん。 こういうのは、どうだろう。 私たちは普段、幸せを探している。 それは、もう、みんな必死になって探している。 でも、たまには立ち止まって深呼吸でもしてみてください。 そう、もしかすると、幸せは、あなたの右手がとっくに掴んでいるのかもしれないのだから・・・ ・・・こんなオチが通用する程、オトナの世界は甘くはないわな。
オチないときは、私がオチます。 それでは。 |
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くっくっく…
らぼさん、一人で落ちないで。
うちのつれあいも、財布をもって、新聞もって、かぶっている帽子を捜してたりします(笑)
2007/9/1(土) 午後 4:13
おお、帽子もその仲間ですね!
私は帽子をかぶらないので、気づきませんでした。
2007/9/1(土) 午後 5:42