raccoon21jpのブログ

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承前、前記事で書き漏らしたので

《皇皇者華》の訳

原文
皇皇者華、于彼原隰。
'402;'402;征夫、每懷靡及。
 
我馬維駒、六轡如濡。
載馳載驅、周爰咨諏。
 
我馬維騏、六轡如絲。
載馳載驅、周爰咨謀。
 
我馬維駱、六轡沃若。
載馳載驅、周爰咨度。
 
我馬維'408;、六轡既均。
載馳載驅、周爰咨詢。 

古説流訳(使者説)

光り輝く華(はな)は高原にも湿原にも咲く、(その華ともいうべき王の信頼厚い)使臣は多数のお供を従え(使命を果たすべく)いつも思い悩んでいる。
 
我が馬は駒(驕、逞しい)、手綱さばきは鮮やかで濡(うるお)うがごとし。
あるいは馳せあるいは驅け、周(あまね)く問い計らって手落ちのないようにする。

我が馬は騏(黒あしげのよい毛並み)、手綱さばきは絲のごとし。
あるいは馳せあるいは驅け、周(あまね)く問い計らって手落ちのないようにする。

我が馬は駱(黒いたてがみの白馬)、手綱さばきは水のように馴れている。
あるいは馳せあるいは驅け、周(あまね)く問い計らって手落ちのないようにする。
 
我が馬は'408;(馬ヘンに因、白黒ぶち馬)、手綱さばきは整っている。
あるいは馳せあるいは驅け、周(あまね)く問い計らって手落ちのないようにする。

rac流訳(軍歌説)

光り輝くおおいなる華(たる周王朝の国威)は天下の隅々にまで行き渡る、あるいは戦場である荒野湿地でも行き渡る(次の《常棣》の原隰をご参照)。
沢山の戦車軍団は故郷家族を思わないではないがそれにもまして先を争う。
('402;馬ヘンに先、衆多というが、先を争うの意味もあるでしょう、笑い)
 
我が馬は駒(驕、逞しい)、手綱さばきも鮮やかで濡(うるお)うごとし。
載りて馳せ載り驅ける。(わが)周(王朝)は計画し選択する。

我が馬は騏(黒あしげのよい毛並み)、手綱さばきは絲のごとし。
載りて馳せ載り驅ける。周は計画通り謀略する。

我が馬は駱(黒いたてがみの白馬)、手綱さばきは水のように馴れる。
載りて馳せ載り驅ける。周は計画通り達成する。

我が馬は'408;(馬ヘンに因、白黒ぶち馬)、手綱さばきは整う。
載りて馳せ載り驅ける。周は計画通り獲得する。
手綱さばきが練熟度を増すと同様に周の戦争も結果を出し勝利する様子をもともとは歌っていたろうと思います。いまはすべて「はかる」と読むしかない文字も「咨=計画、諏=選択、謀=謀略、度=実現、詢=要求獲得」のような意味があったものか、あるいは文字自体を差し替えたのだ、と思います。


《常棣》

(じょうてい)、鹿鳴の什4
常棣之華、鄂不韡韡。
凡今之人、莫如兄弟。
 
死喪之威、兄弟孔懷。
原隰裒矣、兄弟求矣。
 
脊令在原、兄弟急難。
每有良朋、況也永歎。
 
兄弟鬩于牆、外禦其務。
每有良朋、烝也無戎。
 
喪亂既平、既安且寧。
雖有兄弟、不如友生。
 
儐爾籩豆、飲酒之飫。
兄弟既具、和樂且孺。 

妻子好合、如鼓瑟琴。
兄弟既翕、和樂且湛。
 
宜爾室家、樂爾妻帑。
是究是圖、亶其然乎。
読み下し
常棣(にわざくら)の華、鄂不(がくふ、はなのへた)韡韡(いい、光明華美のさま)たり。
凡(およ)そ今の人、兄弟に如(し)くはなし。
 
死喪の威(おそれ)、兄弟孔(はなは)だ懷し。
原隰に裒(あつま)るも、兄弟求む。
 
脊令(せきれい)原にあり、兄弟急難あり。
良朋ありと毎(いえど)も、況として(情況如何、比べて)永歎す。
 
兄弟は牆(かき、家ガキ)に鬩(せめ)ぐも、外にその務を禦ぐ。
良朋ありと毎(いえど)も、烝として(ひさしく;たてまつって)戎(たたか)わず。
 
喪亂既に平ぎ、既に安且つ寧(やすん)ず。
兄弟ありと雖(いえど)も、友生に如(し)かず。
 
爾(なんじ)の籩豆(へんとう、礼器)を儐(つら)ね、飲酒の飫(よう、宴会、飽食)す。
兄弟既に具わり、和樂し且つ孺(たの、こどものこと)し。 

妻子は好合し、瑟琴の鼓するが如し。
兄弟既に翕し、和樂し且つ湛(たの、ふか、水が深く清むこと)し。
 
爾の室家を宜しく、爾の妻帑を樂しむ。
是究め是圖る、亶(まこと)にそれ然り。
詩意
常棣(にわざくら)の華は鄂不(花のがくへた・ささえ)といっしょになって光り美しい。
凡(およ)そ当今人の世では、兄弟以上のものはない。
 
生き死にの威(おそれ)も、兄弟ならひときわ懐い強いものだ。
戦場で死骸を探しに集まっても、みなその(親子)兄弟を探すものだ。
 
脊令(せきれい、仲間を大事にする水鳥、が場違いにも)原にあって、兄弟に急難があったとき、
沢山の良き朋があっても(所詮他人であって)情況如何、比べて、永歎してくれるだけだ。
 
兄弟は牆(家の内)では鬩(せめ)ぎあっても、外に対しては共に防禦するものだ。
沢山の良き朋があっても、烝として(大事に奉ってくれても)戎(たたか)ってはくれない。
 
「喪亂平(たいら)ぎ既に安寧となれば、兄弟ありと雖(いえど)も友生に如(し)かず」(などというがどうか。)
 
お互いに籩豆(へんとう、食器、たべもの)を並べて飲酒の飫(宴会、飽食)するのは、
兄弟既に具わり和樂しお互い孺(こども)に戻っているからだ。 

妻子同士が好合し瑟琴の鼓する如くになるのも、
兄弟既に翕し和樂し且つ湛(たの、ふか、水が深く清むこと)しむからだ。
 
お互い行き来しお互いの妻子や財産を大事にしてお互い樂しむ。
これこそ(人生の)究極、これを(人生の)目標とする、亶(まこと)にそのとおりだ。

古説現代説ともに、兄弟(一族)の結束の重要をいい、古注新注ともに「兄弟燕(宴)会」用の詩といいます。現代説も同様です。

「周公(旦)が作ったもので召穆公がうたって周匕を諌めた」などと左伝他にあり古いもの(と強調したいの)でしょう。

古説現代説共に異論のない珍しい詩ですが、rac的に気になる点をいうなら
 嵋泙什の人」という以上、古い考えがあるはずでそれはどういうものか?
◆峽残錙廚楼貘欧汎匹爐戮と思うが、それでも後半は兄弟共有・兄弟相続を感じ周の西戎的慣習を思えるところ・・そういう意味で古い淵源を引いている詩と思います。


《伐木》

(ばつぼく)、鹿鳴の什5
伐木丁丁、鳥鳴嚶嚶。
出自幽谷、遷于喬木。
嚶其鳴矣、求其友聲。
相彼鳥矣、猶求友聲。
矧伊人矣、不求友生。
神之聽之、終和且平。
 
伐木許許、釃酒有藇。
既有肥羜、以速諸父。
寧適不來、微我弗顧。
於粲洒掃、陳饋八簋。
既有肥牡、以速諸舅。
寧適不來、微我有咎。
 
伐木于阪、釃酒有衍。
籩豆有踐、兄弟無遠。
民之失、乾'217;以愆。
有酒湑我、無酒酤我。
坎坎鼓我、蹲蹲舞我。
迨我暇矣、飲此湑矣。
読み下し
木を伐(きる、うつ)る丁丁(とうとう)と、鳥は鳴く嚶嚶(おうおう)と、
幽谷より出で、喬木に遷る。
嚶とそれ鳴くはその友を求める聲。
彼の鳥を相(み)るに、猶友を求める聲あり。
矧(いわ)んや伊(こ)れ人の、友生を求めざらんや。
神のこれを聽く、終(つい)に和し且つ平なり。
 
木を伐る許許(ここ)と、酒を釃(こ、したむ;濾酒、斟酒、分流)して藇(しょ、甘美)あり。
既に肥羜(ひちょ、肥えた子羊)あり、以って諸父を速(まね、すみやかにす)く。
寧(むし)ろ適(たまたま)來らずとも、我を顧みずとするなかれ。
於(ああ、ここに)粲として洒掃(さいそう、清掃)し、饋(き、目上にすすめるごちそう)を陳(なら)べること八簋(き、器、8品)。
既に肥牡あり、以って諸舅(しょきゅう)を速(まね)く。
寧ろ適(たまたま)來ずとも、我に咎(とが)ありとするなかれ。
 
木を阪に伐る、酒を釃(わか、濾、斟、分流)ちて衍(延長、多余)たるあり。
籩豆(へんとう、礼器)踐(せん;踏む、並べる、実行する)たるあり、兄弟遠からず。
民のを失うは、乾'217;(かんこう、乾米、糒;わずかな食べ物)を以って愆(あやま)つ。
酒あれば我に湑(しょ;濾酒、清酒、茂盛、露水)し、酒なくば我に酤(こ;買酒、売酒)す。
坎坎(かんかん)と我に鼓し、蹲蹲(そんそん)と我に舞う。
我が暇に迨(およ)んで、この湑(しょ、清酒)を飲む。
詩意
木を伐る音がトントン(斧か)と、鳥は嚶嚶(おうおう)と鳴き、
幽谷より(友を求めて)出で、喬木(高い木)に遷る。
嚶と鳴くのは友を求める聲だ。
鳥でさえ猶友を求めて鳴くのだから、
人が、友生を求めるのは当然だ。
神さまがこういう音や声を聽く、これこそ平和の極みだ。
 
木を伐る音がキュキュ(のこぎりか)と、酒を釃(こ、濾)した美味い清酒がある。
肥えた子羊の料理もある、以って諸父(一族のお父さん達)を速かに招く。
適(たまたま)來ないひとがあっても、我を顧みずというわけではないのです。
ちゃんと洒掃(さいそう、清掃)し、目上にすすめるごちそうを陳(なら)べること八簋(き、器、8品)。
肥えた雄羊の料理もある、以って諸舅(しょきゅう、母方のお父さん達)を速かに招く。
適(たまたま)來ないひとがあっても、我を咎(とが)めだてしてくださるな。
 
木を阪に伐る(阪で勢いづくように)、酒を釃(わか、分)ちて大いに盛り上がる。
料理の器をずずっと並べる、兄弟はとりわけ近しいもの。
「民のを失うは、乾'217;(かんこう、わずかな食べ物)を以って愆(あやま)つ。」との格言があるとおりでけちなことはやめよう。
酒が余れば我が飲み干しましょう、酒足りなければ我が買ってきましょう。
ぽんぽんとあなたと我、演奏しましょう、蹲蹲(そんそん)とあなたと我、一緒に舞いましょう。
我はその合間をみて、この美味い清酒も飲みましょう。

古説「朋友故旧を燕(宴)ずる樂歌」と、現代説も「友人一族兄弟を招いての宴会歌」と。木を伐つ音・鳥類のさえずり、谷から山手そして阪、神の和平、個々も身分の上下など感じさせない自然な宴会です。

なお、
 嵜澄廚六躔亶馼にはなく雅頌で13回(詩)に登場するがこれが初出;
∨尾でいくつか「我」は目的語になっているが酔っ払って主客相乱れての和やかな宴会風情を能く表現したものと読みます。


(つづく)

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