ウディ・アレン通信(&ロスト・シネマ通信)

16年、初夏刊行予定 ウディ・アレン最新評伝本・訳書「ウディ」

連載・病院で会ったフシギな人々

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 入院患者というと、つい体が弱った人を想像してしまうが、そんな人ばかりではない。

 元気な入院患者ということで、すぐに思い浮かぶ人がいる(何年か前のお話だけれど)。その人は大のサッカー・ファンのおばちゃんだった。

 実は私の家族もサッカー好きなので、その人が同室だったころ、いつも、サッカーの話で盛り上がったそうだ。

 私の家族はサッカー好きといっても、中継をテレビで見る程度だけれど、その人の応援ぶりは、はんぱではなかった。

 なんと、おばちゃんは、横浜F・マリノスの正式なサポーターで、私の家族も、会員になってほしい、と誘われたという(そこまでのファンではないので、断ったようだが)。

 当時、マリノスには、あの魔術的なキッカー、中村俊輔がいたのだ。実は私の家族も中村選手は嫌いではなかったので、このおばちゃんから、いろいろと会場で見た試合の話を聞かされたそうだ。

「ほんとうに、熱心だよー」

 私も、その人の話を、家族から聞かされた。病室に行くたびに、挨拶もしたが、たしかに元気いっぱい! 声もトーンが高くて、通りがいい。なんとも、愛嬌のある人だった。

 しかし、その時は、その本当のすごさを、まだ、知らなかった。

 ある国際試合が行われることになり、中村選手も出場することになった。その試合を私の家族も、そのおばちゃんも、自分のベッドの横のテレビで見ることになった。

 病院のテレビはイヤホンで観賞することが義務づけられているので、音は外にもれない。

 ところが……試合が始まって、数分が過ぎたころ、その声が病室中に響き渡ることになったのだ。

「いけー、俊ちゃん、それー!」

 その時、おばちゃんは病人ではなく、すっかり、マリノスのサポーターに戻っていたのだ。

「がんばれ、俊ちゃーん!」

 あまりの声のボリュームに家族は驚いたという。

 しかも、その応援の声だけではない。途中でサポーターのお約束事として、手拍子も入るというのだ。

「俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ!)。俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ!)」

さすがに、よく訓練されていた、とは、家族の証言。

 その日、同室の入院患者、6人全員がサッカーの試合を見ていたわけではないようだ。しかし、そのサポーターおばちゃんの声がフルボリュームだったので、中継を見ていなくても、途中経過が分かったようだ。

「ぎゃー、やったー!」

日本側に点に入ると、もちろん、そのおばちゃんは大コーフン。

 その後、中村選手は海外のチームに移籍し、今ではすっかり日本を代表する名選手のひとりになっているが、わが家で彼が出ている国際試合を見ると、いつも、このサポーターおばちゃんの話が出る。

「もう、その声がすごいのよねー。俊ちゃーん、と叫ぶんだけど、普通じゃなかったから」

 家族はその人の声と手拍子を何度も真似てみせた。

 そんなわけで、なんだか、中村選手の顔を見ると、その(本当は聞いたこともないはずの)“俊ちゃんコール”が即座に思い起こされ、なんだか、こっちまで、にわかサポーター気分になってしまう。

 俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ)! 俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ)!

 

 最近、どこの病院も看護婦さんが足りないという話を聞くが、家族がある病院に入った時、特にそれを実感した。

 かつてはその地区で有名な病院だったようだ。ところが、新しい病院が次々にできてしまい、いまではさびれている。

 夜の遅い時間に救急車で運び込んだので、こちらに選ぶ余裕はなく、気づくと、その知らない病院にいた。

 そして、最初は様子がよく分からなかったが、やがて、看護婦さんの数が極端に少ないことに気ずいた。特に夜はそうだ。

 そのかわり、介護士さんがけっこういる。年齢層もいろいろで、若い方からベテランまで、いろいろ。

 そんな中、ある中年女性の介護士さんがいた。

 家族の話によれば、ニコリともしない人だという。いつも、むすっとした表情で、無口。身の回りの世話をする係だが、病人に接触しても、その硬い表情をくずすことなく、キツイ態度だという。

 その人が夜勤の時はおそろしい、と家族は言っていた。そして、軍曹というあだ名をつけてしまったのだ。

 どんな人なんだろう、と、思っていたら、遂に対面。

確かにあいそがない人で、体つきもごつい。介護師の制服ではなく、軍隊の制服を着たら、若い軍人たちの教育係になれそうだ。

 背筋を伸ばして整列していないと、ピリシと鞭が飛んできそうな気もする。

 とはいえ、ふだん、家族がお世話になっているわけだから、私としてはなるべく低姿勢で、挨拶した。

「いろいろお世話になってすみません」というと、「はい……」とぶっきらぼうな声が返ってきた。

「あれは確かに軍曹だね」

 私が家族に言うと、そのあだ名、その病室中で受けているというのだ。

「でも、まあ、女性だから、せめて、天然記念物という名前にしてあげたら」

 すると家族は笑い出した。

「それもいいね。あんな人、確かにちょっといないよ」

 翌日、病室を訪ねると、家族は再び、その介護師のことを話題にした。

「あの軍曹の別の名前、どうしても思い出せなくて……」

「あ、天然記念物。でも、覚えにくいようだったら、軍曹にしたら」

 そんな会話を交わした夜、結局は軍曹という名前に戻ったその女性が夜勤となってやってきた。相変わらず、硬い表情のままで、身の回りの世話をしている。

 やがて病院に通ううちに、彼女の仕事が本当に大変に思えてきた。いくら仕事でも、病人たちのさまざまな要求に、時には徹夜でこたえるには(軍人並の?)精神力がいるかもしれない。

 その顔には笑顔の痕跡というもの発見できなかったが、厳しい態度で接しないと、やっていけない日もあるはずだ。

 その後も軍曹に何度か会い、そのたびに「いつもお世話になっています」と声をかけたが、「はい…」とぶっきらぼうな声が返ってくるだけだった。

 そんな軍曹のシゴキにたえる日々が、1か月半ほど続き、家族は無事、退院の日を迎えた。

 家族が別れの挨拶をしたら、その時、軍曹は(ほとんど初めて)まともに口をきいたという。

「ころばないように、気をつけて」

 病院の退院は意外にそっけなく、事務的な言葉だけで終わることも多いが、あの口の重い軍曹が最後の瞬間、いたわりの言葉をくれたことに家族は驚いたという。

 もちろん、お愛想笑いなどなかったようだが、それはベテラン鬼軍曹なりの精一杯の“贈る言葉”だったのかもしれない。

 最初、私の家族の隣には中年の女性がいた。かなり、重い病気らしく、彼女はベッドを動くことができない。

 ただ、寝たきりでも、そのお人柄は分かる。

 声がとてもステキな女性だと思った。やさしく、温かい声。顔も丸みを帯びていて、包容力を感じさせる女性だった。

 その方が起きている姿を見ることはできないので、声がキャラクターの一部になった。

 帰る時、私は彼女にあいさつをする。

 「気をつけて」

 いつも、彼女はそのひとことを贈ってくれる。その声が、本当にいい感じだった。アニメのキャラにたとえると、大きな牛のおかあさん、かもしれない。

 そして、彼女に「気をつけて」といわれると、無事に病院から家に帰れる気がしたものだ。

 やがて、彼女は大きな手術を受けることになった。手術の前日、彼女は私の家族と一緒にオルゴールを聴くことになった。

 なぜ、病院にオルゴールが?

 それは私が20年ほど前にロサンゼルスの雑貨店で買ったものだ。小さな安物で、(当時の金額で)6ドルという正札が貼られている。

 もう、すっかり古ぼけたプラスティック製のオルゴール兼小物入れだが、私の家族はその音がすっかりお気に入りだった。

 箱の外には3匹の猫の絵があり、これが、また、かわいい。

 私の家族は入院後に「あのオルゴールが聴きたい」と、突然、言い出した。音が出るものを病院で聴いてはいけないはずだが、小さなオルゴールくらいはいいかな、と思って運んだ。

 そして、隣の女性の手術の前日、オルゴールの手巻きねじをゆっくりまわした。

 かわいらしい音が流れ始めたが、私の家族はその曲のタイトルをどうしても思い出せなかったという。

「エリーゼのために、ね? 大好きな曲です」

 その隣の女性が、家族に教えてくれたという。

 こうして、ふたりはオルゴールのささやかな音の世界を漂った。

 家族にそんな話を聞かされ、いつも通り、別れの挨拶をしようと思った。翌日は手術で、それが終わると、別のフロアに移ってしまうという。

 ベッドをのぞくと、彼女はぐっすり眠っていた。

 「気をつけて」

 その日、無言の挨拶を送ったのは、私の方だった。

 家族が入院すると、いつも、ごくごく普通の6人部屋に入る。

 だから、そこには家族をのぞき、5つのLIFE STORYがあるが、すべての人々の物語が見えるわけではないし、中には1日か、2日かで、別の部屋に移る人もいる。

 でも、しばらく、一緒に暮らしていると、それほど口をきかなくても、なんとなく、その人のキャラクターや物語が見えてくる。

 今の病室には、ひとり、とびきりのキャラクターがいる。年齢は80代くらいのおばあちゃんだ。

 その人、とってもチャーミングで、みんなに愛されているようだ。

 見かけは、小柄で、なんだか、マスコットの日本人形みたいだ。性格もおだやか。

 どうやら、リハビリは受けているようだが、大半の時間をベッドですごしている様子。

 私が近づくと、おばあちゃんは、いつも、人なつっこい顔で大きく手をふってくれる。

 そのふり方が、とっても、いい感じなのだ。まるで招き猫の手のように、そのおばあちゃんの腕に招かれ、そばに行ってしまう私。

 「お元気ですか?」とあいさつをすると、「まあ、こういう体だけどね、でも、なんとかねー」と、笑顔で答える。

 なんでも、九州の出身らしい。そして、そのおばあさんの親族の中に、私の家族と顔がそっくりの人がいるそうだ。

 そんな話を聞くと、九州出身の私も、すごく親しみをかんじてしまう。その屈託のない明るさ、確かに九州人なのかもしれない。

 そして、私の家族が「(病院で)毎日、がんばってるよー」といわれた時は、ちょっぴり感動した。

 その言い方がとっても、優しかったせいだろうか。病人同士の共感というか、健常者の私には分からない実感がそこには込められていた。

 そして、その言葉をまっすぐに信じたいと思った。

 とりあえず、そんな人と同室になれた偶然に感謝したくなる。

 明日も、そのなごやかなおばあちゃんに会える、と思うと、その病室がちょっとは明るい場所に思えてくるのだ。

 

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