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入院患者というと、つい体が弱った人を想像してしまうが、そんな人ばかりではない。
元気な入院患者ということで、すぐに思い浮かぶ人がいる(何年か前のお話だけれど)。その人は大のサッカー・ファンのおばちゃんだった。
実は私の家族もサッカー好きなので、その人が同室だったころ、いつも、サッカーの話で盛り上がったそうだ。
私の家族はサッカー好きといっても、中継をテレビで見る程度だけれど、その人の応援ぶりは、はんぱではなかった。
なんと、おばちゃんは、横浜F・マリノスの正式なサポーターで、私の家族も、会員になってほしい、と誘われたという(そこまでのファンではないので、断ったようだが)。
当時、マリノスには、あの魔術的なキッカー、中村俊輔がいたのだ。実は私の家族も中村選手は嫌いではなかったので、このおばちゃんから、いろいろと会場で見た試合の話を聞かされたそうだ。
「ほんとうに、熱心だよー」
私も、その人の話を、家族から聞かされた。病室に行くたびに、挨拶もしたが、たしかに元気いっぱい! 声もトーンが高くて、通りがいい。なんとも、愛嬌のある人だった。
しかし、その時は、その本当のすごさを、まだ、知らなかった。
ある国際試合が行われることになり、中村選手も出場することになった。その試合を私の家族も、そのおばちゃんも、自分のベッドの横のテレビで見ることになった。
病院のテレビはイヤホンで観賞することが義務づけられているので、音は外にもれない。
ところが……試合が始まって、数分が過ぎたころ、その声が病室中に響き渡ることになったのだ。
「いけー、俊ちゃん、それー!」
その時、おばちゃんは病人ではなく、すっかり、マリノスのサポーターに戻っていたのだ。
「がんばれ、俊ちゃーん!」
あまりの声のボリュームに家族は驚いたという。
しかも、その応援の声だけではない。途中でサポーターのお約束事として、手拍子も入るというのだ。
「俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ!)。俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ!)」
さすがに、よく訓練されていた、とは、家族の証言。
その日、同室の入院患者、6人全員がサッカーの試合を見ていたわけではないようだ。しかし、そのサポーターおばちゃんの声がフルボリュームだったので、中継を見ていなくても、途中経過が分かったようだ。
「ぎゃー、やったー!」
日本側に点に入ると、もちろん、そのおばちゃんは大コーフン。
その後、中村選手は海外のチームに移籍し、今ではすっかり日本を代表する名選手のひとりになっているが、わが家で彼が出ている国際試合を見ると、いつも、このサポーターおばちゃんの話が出る。
「もう、その声がすごいのよねー。俊ちゃーん、と叫ぶんだけど、普通じゃなかったから」
家族はその人の声と手拍子を何度も真似てみせた。
そんなわけで、なんだか、中村選手の顔を見ると、その(本当は聞いたこともないはずの)“俊ちゃんコール”が即座に思い起こされ、なんだか、こっちまで、にわかサポーター気分になってしまう。
俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ)! 俊ちゃん、(ちゃちゃちゃ)!
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