一人の世界

一人の世界は、純白の雪の積もる如し

私の一人ごと

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ゴールデンウイーク

春爛漫・・・。かな?
毎年来てくれていたツバメが家の中には舞い飛んでくれるのだが、なかなか巣を造ろうとしてくれない。今日も去年のままの壊れかけた巣に寝そべっていた。・・・。やるきがなさそうだ。
なんだか、私と同じだなあ・・・。一昨日ぐらいから、とても体がだるいので、なんだろうと思っていたら、どうも風邪のようだ。今日は体のふしぶしが痛い。ま、たまには体の痛みも知らなければならない。
ゴールデンウイークになり、東京から帰省した昔の生徒君たちから電話がある。懐かしい声だが、もう彼らは大人になっている。
もう自分の年齢もあまりわからなくなった。あら、生徒・・・あはは、どっちが生徒かわからないような先生だったが・・その生徒たちと話すのは日常的だ。某企業に勤めている某君は、広報を担当している。
彼が会社から電話して、「右手の人差し指でボタンを押してください。・・・と注意書きするほうがいいでしょうね。英語はこれでいいですか」と電話をかけて来た。私が「何故、右手の人差し指と指示するの?・・・指でというふうに、広く書いたほうがいいわよねえ・・」と言うと、「なるほど」と言ってから「何故ですか」と尋ねた。「もし右手が使えない人だったらどうするの」
と私が言うと、また「さすが」と言う・・・。まったく二人で笑った。
彼らとはいい友人だ。もちろん彼らは二十代。話がツーカーと進む。

最近、とみに理屈っぽいことを考えなくなった。たまに私の頭は大丈夫かな・・と思うことがあるが、なんだか理屈が嫌だ。読み物も、口はばったいものはあまり読みたくない。最近は、なるべく小説を読むようにしている。

行動するのも独りが多い。何を考えているか・・・。まあ、たぶん、何かを考えてはいるのだが、昔のようにロジカルには考えていない。自分の気持ちを確かめているだけのように感じる。

することは沢山ある。だから時間が足りないというのは確かだ。
ちょっと体調をくずしたので、今日はのんびりしていた。楽器を弾いたり吹いたりしていることもある。JAの前を通過したらお花の苗が沢山売ってあったので、なんとなく花でも植えようかという気持ちにもなった。
もしかして、時間があればこれから行こうかと思っている。

友人とも電話で話すことが多い。
だいたい話の傾向は、最終的に何かいちばん大切なのか・・ということである。もう、そうそう仕事はしてきて、そしてこれから結局、何が自分にとって
大切なことなのか・・・。なんだかそういうことを話しているのに気が付く。

これからの時間のことだ。
自分のすることは、自分のスパンの中でのことなので、ここに書くようなことではないが、なんだかするべきことだけは見えて来た。
たんたんと、自分のやることをやりながら、自然と親しめる生活ができたらいいなあ・・と。

悩みは、あるといえばあり、ないといえばない。あ、なんだかふざけているが、いかりもない。いかり「怒り」である。これはある意味で、とても私にとって不思議なことだ。

今、雨が落ちてきた。ベランダを今ちらりと見たら、ツバメが座っている。
このツバメがいつ巣を造るのか興味がある。なんだかやっと二羽がうちのベランダに飛来した。毎年二羽でこのベランダに飛来するので、今度は本格的に座りそうだ。リアルタイムで書いている。

ま、そんなこんなで、独りの世界をこれからも楽しむことにしようと思う。
久しぶりの更新ですが、一人つぶやくことは今のところない。大きな声で叫びたいことはあるのだろうと思う。あ、まだ精神的には大丈夫かな。ところで、このブログには直接入力するのだが、更新直前にすべてが飛んだ。そういうことはよくあることだ。コメントを長く書いた途端に誰かから弾き返される。慣れました。人生のようですね。
さて、私は最近、自然と親しんでいる。だからいろんな音が綺麗に聞こえるようになってきた。鳥の声や虫の音、それに近所の物音。その物音もいいものと悪いものがある。たまに怒鳴る声・・夫婦喧嘩のような感じだなあ・・・。あまり聞こえていいものではないなあ・・
子供の声やおじさん、おばさんの立ち話・・。なんだか田舎の人は声が高い。^^
夜になると私一人の世界になる。静かなのでとても落ち着く。私の書斎は南と西側に窓があり、南の大窓を開けるとベランダに続く。机は西に向いていて常に窓を開けている。これが雨の時もあまり降り込まない。机に就くと山が見える。住宅街の平地だが、この山は気に入っている。山の彼方の空遠く幸い人の住むという・・あれ、?・・そうだったかな?カールブッセだと記憶している。

机に就くのは得意だ。何時間でも座っていられる。これが座っていて、するべきことではないその他のことを考え出すのが今のところ問題だ。その問題がやはり一番私を育てているものであることは間違いない。哲学的に走ることもあるし、単純に考えることもあり、理論的に分析したくなることもある。

ああ、これが一人の世界のつぶやきだ。
なんだか、この世は自分と自然とそれだけの存在だと思える夜は、星と月が綺麗でいてくれる。どれだけの人がそう思っているのかな・・・そう思うこともある。
人は、どうも気が付いていないようだが
誰しも自分の世界をもっている
だからわたしも同様、自分の世界がある。

これは口で言うのもむずかしい
頭の中なのか
心の中なのか
感覚の中なのか。

それにはいつでも出入りできるように
ドアがあるので、風通りがいい時は、まことに調子がよい。

自分の世界を非日常とするならば
やはり現実との行き来は頻繁にやっている
現実ばかりだと自分の世界観との差で、バランスがとれない。

自分の世界はかなり前から感じていたが、言葉では説明のできない
ものではあった。世界観というのは、自分がそれによって、どうこ
うというものでもなく、他に伝えるものではないからだ。
もちろん身近な人にもそういうことを伝えたことはない。
感覚ほど伝えにくいものはないからだ。

それを文字にしようとも思わないが、五感の模様が文字になること
はあるのかもしれないと思っている。

好きな人がいるとする。
その人のことをどういう人か説明するのはむずかしい。
それと同じだ。
自分の感覚できっちり捉えていることが多い。

うまくいかなくなっても、
うまくいくようになっても、
すぐわかる。

これは自分の世界のなかの感覚としか言いようがない。

めずらしく眠れない。

 めずらしく更新することになった。というのは、めずらしく眠れないからだ。昨夜はけっこう遅くまで野暮用だったのだが、ベッドに横になってもまったく眠たくない。というより、眠れない。まずベッドの部屋のクーラーの冷えが悪い。とうとう私は起き上がり、階下のリビングへ。クーラーを入れてソファーに横になったが、テレビにスイッチを入れてしまった。それからが大変だ。信じられないことだが、私はこの二年間テレビを見ていない。新聞は読むがテレビはもともと好きではない。映画好きだが、テレビ自体を触っていないのだから、ここ二年間は見ていない。あ、見たとすればベッドの部屋の小さいテレビでDVDを何度か見たかもしれない。
 ということで、それからが大変。リモートコントローラーが何本かあるが、どれなのかがわからない。二年間のブランクというのはすごいものだ。
この二年間は、いったい私は何をしていたのかと考えると、またまた眠れなくなってしまった。そして、メグライアンのDVDを見ていたのだが、これがまた英語にならない。本格的にすったもんだして、結局今になってしまって、まったくひどいナイトメアーな夜である。違う、朝である。
朝9時から仕事で、きつい日なのだが、寝れない。
体と気持ちは眠たいのに、頭だけが冴えている。
きっと今日はボケた一日になるだろう。
もう日が昇っている。
そんなこんなの一人ごとで、まったく失礼しましたという他ない。
しかし、この二年間テレビをつけていないという自分に、改めて愕然とした。
果たして、テレビを見ないのが、人間的なのかどうか・・・。
今からテレビっ子になるとは思えないが、なんだか、少し人間的になったような気もしているのだから、変だ。
・・・・・今頃から眠くなってきた。
しかし、メグライアンは可愛い。
未だに日本語から英語に変わらないので、イメージの狂ったメグライアンではあるけれど。

ぶつぶつ・・・。

 私は、あるいは、僕は、小生は、俺は、どっちでもいいのだけど、最近自分はせっかちな性格ではないだろうかと思い始めた。と言うのは、まどろっこしくて、よく分からない話を永遠に(永遠に聞こえるぞ)もしくは、要領が悪い人の話を聞いていると、「結論からどうぞ」と言いたくなる。不思議とイライラはしない。貧乏ゆすりも嫌いだ。


 しかし、どうしてもっと分かりやすく、言いたいことをきちんと言わないのだろうと思うことが多くなった。だから、俺、もしくは私は、途中からその話がわかりやすくなるために、いろいろ努力をする。(口を挟んで誘導する)無神経な人は嫌いなので、人に無神経なことはしたくないのだが・・・。


 自分の性格というのは、自分ではよくわからないと言われるが、俺、もしくは、私(いちいち煩い奴だ)は、よくわかっているつもりだ。とても静かでおとなしい。そう、とても静かでおとなしいのです。・・・・気分がいいなあ。私を知る人はいないので、「まさか・・」と言う人がいないからだ。


 私の友人にこういう人が居た。サークルのテーブルで、何やらハガキに黒のマジックで書いている。横目で見るとハガキ一面に「着」と書いていた。
私が、「それ、何」と言うと、友人は、すまして、「うん、おふくろに」と。
「だから、何故、着って書くのよ」と言うと、「送金してくれたから」と。


 私はいまだにそれを思いだす。田舎のおふくろさんが生活費を送ってくれている。それに「着」だけ。


 横着だなあ。


 でも、私はまどろっこしい話をする人に出遭うと、その友人の書いた「着」を思いだす。とてもクリアーだ。そして、おふくろさんがそれを一番に聞きたいというのも事実だ。無事に送金が着いたかどうかを心配している。


 友人が「ありがとう」と書いたかどうかは覚えていない。
 でも、きっと友人のおふくろさんは、まったくうちの息子は・・と思いながら、ふっと微笑んだのではないかと思うのだ。


 今日は、かなり眠い・・。「着」の夢は見ないことにする。

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