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この写真は刑事裁判が終わり、無罪が確定した翌年にテレビ朝日で特集
番組が制作された時の撮影の合間に、私が写した父の後姿だ。この頃までは
父はまだ元気だった。
最近、父の様子が変だ。元気がない。なぜ私には分かるのか?…私と父は
七年間も一緒に裁判を闘ってきた。親子であるけれど言わば戦友なのだ。
だから電話の声を聞いただけでも父の精神状態が分かる。声の太さや話す
スピード、話題の内容から元気なのか元気でないのかが手に取るように
分かるようになった。
父は事件当時からすると体重もずいぶんと落ちた。七十歳を過ぎても白髪が
ないのが自慢だったが、今では白髪も目立つ。この本が出版されて、本を
読んで下さった周囲の人たちの間では事件の真相をやっと理解してもらえた
ようで、長年連絡が途絶えていた人たちからもやっと励ましの声や慰めの
言葉をかけてもらえるようになった。
「まさかこんなひどい取調べが行われていたなんて知らなかった…大変やっ
たね」「事件の内容が今まではよく分からなかったけれどこの本を読んで
初めてよくわかったよ。ほんなこと大変やったねぇ」
やっと真実を世間に伝えることが出来た…。しかし、父が受けた心の傷は一生
消えない。最近は老いていくばかりだ。親が老いていく姿を見るのは辛い。
幸せに老いていくのでなく、心に傷を残したまま老いていく親の姿を見るのは
辛い。
「信じてくれ!俺は無実だ。検事がでたらめな取調べをして無理やりに犯人に
しようとしているんだ!俺は不正融資などやっていない。本当なんだ信じてくれ」
保釈後、父は取調室での恐怖を相手構わずに必死で訴えていたが誰も取り合っ
てくれなかった。
「検事がそんなことをするわけない」と内心は誰もが思っていた。あの頃の父は
必死だった。年老いてからの七年という裁判の時間は、私たちが生きていく
七年間とは違う。無実を証明する代償として父や母にとっては貴重な残された
時間を使い果たしてしまった。父は燃え尽きてしまったかのようだ。
今度、久しぶりに父に会いに行こう。
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分
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『いつか春が 父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」』不知火書房
第三章 犯人にされていく恐怖 (本文より)
この検事がやっていることは、取調べじゃない。自分の考えを押し付ける
ばかりで、こちらが何を言っても聞き入れようとしない。
「私に、私に責任がないとは言っていません。ただ、私は部下を信じて決
済したと言っているだけなんですよ」
勘三が反論すると、検事はさらに顔を近づけてきて大声で怒鳴った。
「お前は、そうやって部下に責任を押しつけているじゃないかっ!」
「違います!」
勘三が必死で反論すると、検事は立ったままいきなり右手を頭上に上げた。
「何をーっ、こん畜生!」
次の瞬間、「ぶち殺すぞおー!」という怒声とともに、右手の手刀が勘三
の前に振り下ろされた。
バンッ!
机が壊れるかと思うほどの大きな音が炸裂した。
勘三は思わず目をつぶった。心臓の鼓動が一気に激しくなった。
「この野郎、検察をなめるなっ! お前には第二弾、第三弾があるんだぞ!」
検事の怒声は止まず、再び手刀が振り下ろされた。
バンッ!
「嘘をつくなー! こん畜生、ぶち殺してやるーっ!」
ドーン!
今度は机がガタンと鳴って大きく動いた。
違う、違う! 嘘なんかじゃない!勘三は必死で首を左右に振った。
「馬鹿野郎! 嘘をつくな! 馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!」
勘三は、やめてくれと叫ぼうとしたが恐怖で声が出なかった。
検事の怒声は止まず、気が狂ったかのような大声でわめき続けた。
「法廷にはお前の家族も来るぞ! 組合員も来るぞ! 裁判官も言われるぞー!
検察は闘うぞ! 誰がお前の言う事など信じるか!」
バンッ!
「この野郎っ! ぶち殺すぞー!」
狭い取調室は怒声と机を叩く音が壁に反響して、勘三は耳の奥がキーンと
なって痛みを覚えた。目の前数十センチの距離で怒鳴られ、罵声を浴びせ
続けられた勘三は、恐怖で意識がもうろうとしてきた。
それでも検事の怒声は止まない。勘三は次第に、何かに心臓がわしづかみ
されたように締めつけられて息苦しくなってきた。
このまま心臓が破裂してしまう。殺される! 助けてくれ!
やめてくれ!
勘三は叫ぼうとしたが声が出なかった。
「なめるな、この野郎! 嘘つくな、殺すぞー!」
バーンッ!
勘三は意識がもうろうとなり、検事が何を怒鳴っているのかも分らなくな
った。恐ろしさのあまり目をつぶり「違う、違う」と頭を振り続けるだけ
だった。
検事の怒声と机を叩きつける音。勘三はひたすら下を向いて身をかがめて
耐えた。
「こん畜生、顔を上げんかーっ !顔を上げろーっ!」
今度は頭上から怒鳴り声がして、勘三の頭に検事の唾がかかるのが分った。
勘三は意識を失いかけて、下を向いたままグッタリとなった。
急に静かになって勘三が恐る恐る目を開けると、机の向こうに検事がしゃ
がみこんで勘三の顔を覗き込むような格好をしていた。
「この野郎、顔を上げんか! 顔を上げろっ! 顔を上げんか!ぶち殺すぞ!」
耳をつんざくような怒声。我に返った勘三の目には、目を血走らせて興奮
する恐ろしい検事の形相の顔が飛び込んできた。
「この野郎、否認するのかっ! 黙秘するのかっ! こん畜生っ!」
バンッ!
検事の罵声は止まず、声が枯れるまで二十分ちかく続いたように思えた。
明らかに検事の姿は異常だった。勘三は背筋が凍るような恐怖を覚えた。
「この野郎っ! こん畜生っ!」
ドンッ!………
検事の声が止んだ。勘三が目を開けて隣のK事務官の顔をのぞくと、目を
つぶったままじっと下を向いていた。勘三が恐る恐る顔を上げると、検事
は顔を紅潮させながらハアハアと肩で息をしていた。机に両手をつきなが
ら、それでも目だけは勘三を睨みつけていた。検事は呼吸を整えるためか
しばらく動かなかったが、やがて机から離れると、立ったまま手を後ろに
組んで天井を見上げた。
「よし、言うぞ。いいか?」
検事の枯れた声に、事務官が慌ててボールペンを握った。
検事はかすれ声で、それでも搾り出すような大声で独り言を言い始めた。
「えー……私は最初から……理事会を騙すつもりでいました……」
検事が天井を見上げながら話すと、事務官は検事の言葉を書きもらさない
ように必死でボールペンを走らせた。事務官の手は震え文字も躍っていた。
「えー……土地の担保額が不正に高くされていたことは知っていましたが
……えー、私は何としてでも融資を実行するつもりで理事会に臨みました」
事務官が書き終わるのを待って検事は話を続けた。
「私は……えー……私は融資をすれば返済は見込めないだろうと思って
いました。しかし……それでも私は……今回のAさんに対する融資を……
理事会を騙して融資することを決断しました」
勘三には最初、検事と事務官のやりとりが不可解であったが、この時点で
やっと二人が何をしているのかが分った。検事は勘三が証言したかのように
話し、それを事務官は勘三が話した言葉として調書に記録していたのだった。
勘三は慌てて大声で叫んだ。
「検事さん、私はそんなこと一言も言っていません。冗談じゃない。やめて
くださいよ」
その言葉に検事はすぐに反応し、再び怒声が部屋中に響き渡った。
「何をーっ、お前は否認するのかーっ!」
「私はそんなこと言っていませんよ。デタラメじゃないですか!」
「何だとっ、この野郎!」
また右手の手刀がかざされた。
「ぶち殺すぞー!」
バンッ!
「こん畜生―!馬鹿野郎―!」
バンッ!
検事は気が狂ったかのように大声でわめき散らし、手刀を振り下ろしては
勘三に怒声をあびせ続けた。
「嘘つくなーっ! こん畜生っ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿っ! ぶち殺す
ぞーっ!」」
声が出なくなるまで怒鳴り続けると、検事は肩を波打たせてゼエゼエと息を
しながら勘三をにらみつけていた。
ここは取調室という密室だった。震えながら下を向いたままの事務官。
誰も助けてくれる者はいない。何を言っても無駄である事をその時勘三は
悟った。
今のこの時代にこんな取調べがあるなんて……。悔しくて拳を握りしめる
と涙がにじんできた。でたらめだ。まるで拷問だ……。憔悴しきった勘三は、
もう反論する気力もなく、早くこの場から解放されたかった。
検事は立ったり座ったりしながら勘三の自白の言葉を考えているようで、
まとまると事務官に合図をして、勘三が供述した言葉として書きとめさせて
いく。勘三はそんな二人の共同作業を唇をかみしめながら見つめていた。
検事は事務官に書き取らせた調書が数ページ分出来上がると自分の手に取っ
て確認し、また事務官に書き取らせるということを繰り返した。
「私は……その罪を認めます。ええーそれから……申し訳ないことをしたと
思っています」
検事は腕を後ろに組みながら、事務官が書き終わるの待った。事務官が顔を
あげて検事を見た。
「よーし、今日はここまでだ」
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※密室での完全犯罪を法廷で証明するまでに、私は証人探しや証拠探しを
行った。この真実が裁判所に認められるまでに一年半かかった。
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テレビ朝日「ザ・スクープ」2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分
以前に見た記憶があります。
この時の担当検察官「市川寛」が横浜で三百代言(弁護士)なっていると言うから恐ろしい・・・。
2008/7/14(月) 午前 7:02
裁判員制度、えん罪について素人ですが、考え始めています。多くの方やご家族が理不尽な目にあっているのですね。
本を読んでみたいと思います。
2008/7/14(月) 午後 9:42 [ nanachan.umekichi ]
なまなましいです。
日本国内でさえ、こんなひどいことが行われるのですから、まして、外国だったらと思うと…
2008/7/15(火) 午前 5:00 [ hannreinakinisimo ]
hanreinakinisimoさん、このような人権を無視した取調べがすべての取調べで行われているはずはありません。立派な検事さんもおられるはずです。日本は人権についての認識がはたして高いといえるのかどうか分かりません。アメリカのほうが人権に対しての意識が高くて取調べにおいても人権に配慮するのではないでしょうか。
2008/7/15(火) 午前 8:37
w19*9t*kaさん ありがとうございます。
テレビを見ておられたのですね。新聞やテレビでは伝えることが出来る量に限界があると思い本を書いたのですが、彼にも本を読んでもらい、自分が行った行為を考えてほしいです。
2008/7/15(火) 午前 9:08
最近の記事から読んでいましたが、最初から読むことにしました。
権力の恐ろしさを思います。
以前サリン事件でも、永野さんだったか?無実の人がいましたね。新聞を読んだときは記事を信じましたもの・・・
2008/7/29(火) 午前 0:06
本の中では松本サリン事件や北朝鮮の拉致の方々に
ついても触れています。人の苦しみとは何かです。
心の中にある人としての苦悩…外からは見えませんしね。
報道にも誤りがあることを知っていただいただけでも
嬉しいですよ、ありがとうございます。
2008/7/29(火) 午後 1:22
この連載を読むことにして、拝読致しました。
すごい迫力でなまなましく迫ってきます。
筆者の怒り心頭が伝わるようです。
お気に入り登録ありがとうございました。
こちらもお気に入り登録をして、また伺います。
2008/8/2(土) 午後 9:48
このノンフィクションを読むことに決めました。
静かにかみしめながら読みます。
心が震える思いです。わかりやすい文章に感銘しています。
2008/8/4(月) 午前 6:25
相馬龍さま、ありがとうございます。
執筆にあたり苦労したのは「裁判」や「経済事件」を普通の
主婦や若い方たちにも理解して頂くために、心がけたのは
「難しい言葉」を極力避けて、分かりやすいように場面で
物語を繋いでいくという手法で組み立てていきました。
結果、気が遠くなるような原稿枚数(八百枚)になって
しまいました(笑)
文学的な表現として上手い下手は分かりませんが、同じ
モノカキを志す者として、本に託したメッセージを感じ取って
いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
2008/8/4(月) 午前 9:13
こんにちは。はじめまして。履歴からやってきました。
以前「それでも僕はやってない」という映画を見たのを思い出しました。
まだこの記事しか読ませていただいてませんが、
真実が気になります。
2008/9/6(土) 午後 3:18 [ ももさんご ]
こんばんは。一話を読みました。これから、全て読んでいきます。
どうぞ、お父様に寄り添われてくださいね。
お父様の心の傷が少しづつでも癒されていきますように、祈ります。
2008/9/6(土) 午後 10:03
Kayomiさま、ありがとうございます。
冤罪の実態を知っていただき何かを感じてもらえたら幸いです。
2008/9/7(日) 午後 6:14
取調べのやり方に問題ありって感じですね。
第三者を何人か入れたところでの取調べが必要な感じしますね....
2008/9/12(金) 午前 11:52
らんらんさん、密室での取り調べについてお分かりになっていただけたと思います。こうゆうことが今も実際に行われている・・・これが問題なのですよ。だから取調べの可視化(録音や録画)が必要なのです。
2008/9/12(金) 午後 2:47