|
「会えて良かった。無事でよかった…」
大げさかもしれないが、再会の瞬間に涙があふれたという経験を
お持ちの方は少ないのではないだろうか。普段は「そこに居る」
ことが当たり前だと思っている両親や兄弟、または夫婦や子供。
二度と会えなくなった時に命の大切さを知り、本当の絆に気づく。
父が突然されてから二十三日ぶりに父と接見室で再会できた。
家族と再会できた瞬間、父は安心したのか父の目には見る見ると
涙があふれた。父の涙をハッキリと見たのは、この時が初めて
だった。父の涙を見て私は闘うことを決意した。
あれから八年…無実を証明したが、あの時の苦しかった夏を今も
忘れない。
普段は妻や娘達に家庭内では「ウザイ存在」として扱われる私み
たいな父親も多いのではないだろうか。
昔流行った「亭主留守で元気がいい」という言葉を我が家は実践
しているが、本当に私がずっと留守にしてしまったら妻や娘達は
悲しみに暮れて泣くかもしれない。いや、そうあってほしい。
大切な存在であることに普段は気づかないが、突然の事件や事故、
病気に遭遇した時に、初めてその人の大切さに気づくものである。
皮肉なことに大切なものは、失ってみて本当の大切さに気づくもの
なのだ。そこに居ることが当たり前となっていても、大切な存在
だからこそ、普段から優しくすべきなのだが…気づかないまま
今日も娘達は言う。
「あ〜近いよ、近い。お父さん、一メートル以上近づかないでよ〜。
あっちに行ってよ〜」
本当に大切な人だからこそ感謝の気持ちを心の中で思うだけでなく、
たまには声にして言葉をかけてみよう。
私:「いつもありがとう」
妻:「???なんば言いよるとね。暑さで頭がおかしくなったとや
なかね。シッシッ、邪魔だからあっちに行ってよ」
私;(やっぱり言わんほうがよかった…)
妻や娘達もこのブログを見ていない。よかった〜。
===========================
=========================−==
『いつか春が 〜父が逮捕された「佐賀市農協背任事件」〜』(不知火書房より発売中)
第四章 涙の再会 接見室 (本文より)
待合室には既に若い女性が一人、年配の女性が一人、それに一目で
そのスジの者と分かる男達が四人順番を待っていた。
やがて番号が呼ばれるたびに一人ずつ戸の向こうに消えて、ほどな
くして私たちの番になった。
戸を開けると目の前に金属探知機のゲートがあった。三人は次々と
金属探知機のゲートをくぐって危険物のチェックを受けた。それか
ら刑務官に指示された建物へと向かって歩き始めた。
接見場はカマボコ型の平屋の建物で、正面入り口には頑丈な鉄の戸
があった。その戸を開けると幅一メートルほどの薄暗い通路に沿っ
て鉄製の戸が並んでいた。
この部屋か……この向こうに父がいる。
指示された部屋の前で私はもう一度番号を確認した。後ろを振り返
ると母も家内も緊張して表情がこわばっていた。心臓がドクンドク
ン脈打つのを感じながら、私は戸のノブに右手をかけるとゆっくり
と開いた。
透明のアクリル板の向こうに二人の男性の姿が見えた。右側が父で
左側が刑務官。二人とも直立の姿勢で私達を待っていた。三人が中
に入ると、接見室は身動きが取れないくらい狭かった。
父が笑顔で、右手を軽く上げながらアクリル板に歩み寄ると、刑務
官は父の顔が見えやすいように端のほうに身を引いてくれた。私も
父に応えるかのように右手を上げながら、何か話しかけようとした
が胸が熱くて声が出ない。四人は部屋を仕切っているアクリル板に
互いの顔を寄せあいながら再会の喜びをかみしめた。
父の目からはみるみる涙があふれだして、顔がぐしゃぐしゃに崩れ
た。四人とも顔を寄せ合いながら、ただただ「うん、うん」とうな
ずくのが精一杯で言葉が出ない。父が泣きながらアクリル板に手の
ひら押し当てたので、私も手のひらを押し当てた。私の目からも堰
を切ったように涙があふれだした。四人は何か話そうとしたが、涙
があふれて言葉が出なかった。
父が涙声でやっと口を開いた。
「すまんなあ、お前達には心配をかけて……」
私はまだ胸がいっぱいで話せなかったので首を大きく横に振った。
母が声を詰らせながらやっと父に話しかけた。
「お父さん……きつかったねえ……どがんしとろうかと本当に心配
しよったよ」
少し落ち着きを取り戻すと私たちは椅子に座った。接見室は三畳ほ
どの広さで、真ん中が透明のアクリル板で仕切られていた。アクリ
ル板の下には空気孔みたいな小さな穴がいくつも空いており、そこ
から互いの声が聞こえるようになっていたので父の声がこもった感
じに聞こえた。
父の横には刑務官が並んで座り、横で私達の会話を黙って聞いてい
た。手元には何やらノートを広げ、時たま何かを書き込んでいた。
最初は刑務官の存在が気になって話しづらかったが、接見時間は十五
分と制限されていたので気にせずに話し始めた。
「お前達には本当に心配をかけてすまん」
改めて父が言った。
「ううん、そんな事は心配しなくてよかよ。お父さんのほうこそ体
は大丈夫ね?」
私はそう言いながら父の体を確認した。お腹がへこみ、いくらか痩
せたように見えたが血色は思ったよりも良くて、元気そうだったの
で安心した。
母が心配そうに父に尋ねた。
「食事はちゃんと食べておるとね」
「ああ、食べている。最初は麦飯に慣れなくてなあ。でも今は慣れ
たばい」
家内も心配そうに尋ねた。
「お義父さん、夜はちゃんと眠れていますか」
「ああ……ここにいるとね、いろんな事を考えてしまい夜もなかな
か眠れんでね。だから薬をもらって、毎晩それを飲んでから眠るよ
うにしているとよ」
真夜中に不安で眠れずにいる父の姿が目に浮かんだ。父にそれ以上
聞くのが辛くて私は何も聞かなかった。
父は身を乗り出すと、私たちに向かってしっかりとした声で話した。
「お父さんは無実ばい。絶対に不正融資などしとらんばい。信じて
くれ」
三人は黙ってうなずいた。
===========================
===========================
※この本のあらすじは「プロフィール」に記しております。
【この事件の特集番組を動画で見る場合はこちら↓】
■テレビ朝日「ザ・スクープ」 http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/
動画配信バックナンバー⇒ 2006年3月5日放送「検証!佐賀市農協事件」(前編・後編)40分
|
お父様やご家族のお気持ちを思うと胸が締め付けられそうになります。えん罪のために同じような苦しみを受けておられる方が今も多いのですね。自分たちの問題としてこれからも考えていきたいと思っています。宜しくお願いします。
2008/7/16(水) 午後 0:54 [ nanachan.umekichi ]
ありがとうございます。裁判は苦しみだけです。そして、その苦しみは裁判が終わったあとも続きます。変わってしまった人生をどうやって立て直すかです。頑張っていれば、きっと願いは叶うと信じています。なくしたものが多いけれど、今は素直に自分らしく生きたいと思います。
2008/7/16(水) 午後 1:30
この情景、なぜか私は頭に浮かびます。
私は、特殊な事情があり、三十代で養父母と実父(産みのの母は私を生んで他界した)亡くしている。肉親に情には極めて薄い男らも知れない。
その私が、親子の対面を感じ入っている。
涙の味わいとはこう言うものなのかもしれない。
今日もありがとうございました。
都度都度文体が変わりますがご容赦願います。
2008/8/7(木) 午後 10:16
ありがとうございます。
相馬さんもそんな想い出があるのですね。
これは経験しないと難しいかなと思いましたが、
伝わったようで嬉しいです。
2008/8/7(木) 午後 11:18
なきました。これが、家族なんですよね。
私の両親は、3ヶ月違いで還りました。親子の絆ほど純粋なものはないと思っています。だから、しっかり生きようと今日まで、生きてきました。もう、両親が旅たって、25年です。
2008/9/9(火) 午後 11:51
ごめんなさい、前半のカキコでぷっと吹き出してしまいました。
でも....
奥さんや娘さんとこんな会話ができるようになるまで
ご家族が明るさを取り戻したってことですかね(^o^)
会った瞬間泣き崩れるって....
やっぱりそんな経験はしたことないです....
家族は大事にせんとだめですね(>_<)
2008/10/3(金) 午前 10:04
らんらんさん、ありがとうございます。
普段は家族の絆など感じませんが、いざというときに
頼りになるのが家族。そう思います。
2008/10/6(月) 午後 9:21